第五十五話:こちらも波乱な体育祭Ⅳ(暴走)
何故、こんなことになっているのだろうか。
「……っ、」
背後をちらりと見てみれば、腰が抜けて動けないのか、仁科さんがガタガタと震えていた。
目の前にいる植物生物の攻撃を、“物理強化”だけでなく“物質強化”も追加した小枝一本で防いでいるが、それも時間の問題だろう。
ーーああもう。これは仕方ないかな。
そして、改めて対峙する。
「暴走異能ごときに殺られるような私じゃねーぞ」
☆★☆
『学級別男女混合リレー』を終えて、席に戻る。戻るのだがーー
「何で桜庭までこっちに居るんだ」
「いや、君さ。私の出場競技、知ってるでしょ」
『生徒会役員席』から『出場者ゲート』に行くまで、どれだけ掛かることか。
それに比べたら、『応援席』から行った方が、時間短縮できるんよ?
「出場競技の大半がリレーとか、大変だよねぇ」
朝日がそう言いながら、下敷きで風を送ってくる。
ちなみに、分かりにくいが、風峰君も風を送ってくれたりしている。
さて、私たちが応援席に居るということは、彼女ーー仁科さんも居るのだが、そんな状態で生徒会役員たちが静かな理由。
単純明快、この場に不在だからである。
「キャー! 一ノ瀬くーん!」
「頑張ってー!」
「双葉瀬くーん!」
『学級別男女混合リレー』(二年生版)に出場中だからである。
そんな上級生の先輩方から声を掛けられる先輩たちだが、届いてないらしいーーあ、いや、双葉瀬先輩には届いていたらしい。手を振り返してる。
ちなみに、可哀想なことに、御剣先輩や香宮先輩も参加中である(香宮先輩に関しては、偶然見つけた)。
「先輩。是非勝って、あの二人の悔しそうな顔を、私たちに見せてください」
「……君、本当にあの二人のこと、嫌いだよね」
出場者ゲートに向かおうとしていた御剣先輩に言えば、そう返された。
……否定はしませんよ。やるべきこと、やらない人たちですから。
「とにもかくにも、勝ってきてください」
「きーちゃんは、先輩を応援してるんですよ」
「ああ、そういうこと……。分かりにくいなぁ」
朝日のフォローらしきものに、納得したらしい御剣先輩だけど……応援していないと反論すると、朝日から「素直じゃないんだから」と言われそうだし、反論しないと肯定しているようで嫌なのだが、仕方ないので何も返さないことにした。
「桜ちゃん、僕はー? 同じ役員だよね?」
「先輩の応援はしませんよ」
「断言された上に即答!?」
そんなこんなで二年生の『学級別男女混合リレー』は始まったというわけだ。
ただ、双葉瀬先輩と御剣先輩が同じ第四走者だったのには、びっくりしたが(ちなみに、香宮先輩は第一走者)。
「いやー、先輩たち。足速いなー」
「凄い棒読みだな」
うっさいよ、京。
だが、足が速いと思ったのは事実だ。
「で、君はこっちに居るつもり?」
「一人で居るよりはマシだからな」
それについては、否定も肯定もしない。
「ところで、獅子堂君」
「何だ」
「今ってさ、庶務の人いないじゃん。どうするんだろうね」
目は先輩たちに向けたまま、獅子堂君に尋ねる。
「さあな」
「先輩たちのことだから、仁科さん推してきそうなんだけど」
「だろうな」
先程から返事が似たようなものばかりだが、無視して続ける。
「誰でも良いから、手を貸してくれないかなぁ」
横から視線を感じるが、無視である。
そして、遠くから声が聞こえる。
競技が終わったから、先輩たちが戻ってきたんだろう。
ーー次は、三年生たちの『学級別男女混合リレー』だ。
☆★☆
全学年の『学級別男女混合リレー』が終われば、次は『チーム対抗リレー』である。
「あれ、きーちゃん。珍しく本気モード?」
私が髪をポニーテールにしたから、朝日がそう判断したのだろう。
「ちょっとした用心と保険をね」
「やっぱり、何かあった?」
朝日がこっそり聞いてくる。
「大丈夫。大事になっても、ちゃんと対処するし、されるから」
だから、そんな不安そうな表情をする必要は無いんだよ。
「それじゃ、行ってきます」
そう言って、出場者ゲートに向かう。
「……ん?」
何やら騒がしい。
「どうかしましたか?」
「あ、副会長……」
出場者ゲートに居た担当の先輩から、困ったような表情を向けられる。
「実はね、先程走っていた先輩に、足元が何か変だと言われて……」
「足元、ですか」
これから私たちが走るっていうのに……
「先生には?」
「何かあるといけないから、一応、報告はしたんだけどね」
確かに、今は先生たちが確認してるみたいだが、確認だけで感知できるかどうかは別である。
「ちなみに、どの位置ですか?」
「ああ、今先生たちの居る、ちょうどあの位置ーー」
「そうですか。じゃあ、私が確認も含めて、走りますよ。先輩の違和感が間違ってないのなら、大変ですし」
やっぱりそうかと思って返せば、先輩は不服そうな顔をする。
「けど……」
「大丈夫ですよ。最悪、自己責任ってことで構いませんから」
それでも納得できなさそうな顔されたけど、最終的に出場者だから、で押し切りました。
「やれやれ……結果発表までは出てきてくれるなよ」
そう口にしながら、息を吐く。
かといって、今出てきてもらっても困るだけだけど。
スタート位置に着く。
チーム対抗……それも、一年生である以上、第一走者か第二走者になるのは仕方ない。
だから、せめて後に待機している先輩たちのためにも、頑張らなくては。
「用意ーースタート」
スタートを告げるピストルが、鳴らされる。
ちなみに、この『チーム対抗リレー』、異能の使用が許されているため、他者への妨害などはルールの範疇内でもある。
逆に、自分や別のチームに関係なく、他の走者を援護するのは駄目とされている。
例を挙げると、自分たちのチームで、すでに走り終わった第一走者が後の第二走者や第三走者などを援護するのは禁止、また他のチームのーー自分が第二走者なら、第二走者以外のーー走者への攻撃も禁止というわけだ。
これではもう、『リレー』ではなく、『異能バトル』である。
「ちょっ、何で当たらないの!?」
「誰がそんな殺気の籠もった攻撃を受けるか」
まあ、この程度なら、嫌という程やってきましたから、避けるぐらいなら朝飯前です。
そのまま避け続け、第二走者にバトンを渡す。
「……にしても、これだけ騒がしくされておいて、よくもまあ、文句を言いに出てこないものだ」
ある意味、感心してしまう。
先輩たちが(ある意味、物理的な)火花を散らしながら、バトンを回し、ゴールに向かっていく。
第一走者は走り終わると、競技終了まで応援以外やることが無くなってしまうため、暇になってしまうのだが、異能の使用が解禁状態の今、私は『視る』のに忙しい。
「おおっ、レア異能。まさか視られるとは」
貴重な異能、ゲットである。
「あっちはあっちで、面白い使い方してるなぁ」
とにかく、飽きない。普通なら、飽きるかもしれないが、私は飽きない。
何なら、全員で『異能バトル』とか……って、それは夏休みに他校も交えてやっていたっけ。
そうこう異能観察していれば、同じチームの先輩がゴールしていた。
「ま、何も無かったし、良いか」
全競技は終了し、残すは閉会式と表彰式のみ。
それでもーー何事もなく終わってほしいときに限って、騒動というのは起こるんだから。
「あ、桜庭さん。おかえり」
来るのが分かっているのに、他人を囮にしてまで、罠を掛けたくはないし、掛けようとも思わない。
「あー……うん」
出迎えてくれた仁科さんにそう返す。
三年生には悪いが、おそらく我がチームの結果は優勝ではないと思うんだ。
「あれ? あの面々は戻ったの?」
「ああ。ほら、何だかんだで荷物は自分の席に置いていたみたいだから」
私の疑問に、朝日が返す。
それでよく、こっちに居られたわけだ。盗まれとっても知らんぞ。
「ーー鍵奈、来るっ!」
和花の叫ぶような声と私がそっちを見るのは、ほぼ同時だった。
あと少しで体育祭が終了できるっていうのにーー
「本っ当、面倒くさい」
『キシャアアア!!!!』
「なぁっ!?」
地中から飛び出してきた、植物のような何かを認識したのだろう。閉会式の準備をしていた面々の手が止まる。
「何だよ、こいつ。いきなり現れやがって……」
植物のような何かを見た彼の気持ちも分からなくはないが、さすがにこのままにしておくわけには行かない。
「朝日、防壁。和花、操作はーー」
「もうやってる!」
被害を抑えるために、朝日に防壁を展開させ、和花には植物のような何かーー面倒くさいから『植物もどき』でいいかーーの行動操作を頼む。
操作系なら京に頼むところだが、相手が植物系でもあることから、今回は和花に頼んだのである。
だが、一番近くに居たからだろう。付近の生徒たちに向けて、蔓のようなものが一瞬で伸びる。
「ったく!」
「おわっ!」
とっさに被害者になりそうだった男子生徒の襟を掴んで、その場から退避するが、私たちが先程まで居た場所は、蔓により抉れていた。
「厄介だな……」
ちらりと我がチームを見る。
朝日や京、和花は慣れているためか、そんなに慌ててはいないが、風峰君は何を考えているのか分からないし、仁科さんは小さく震えていた。
どうにか出来るかどうか問われると、答えはNoである。
いくら防壁を展開できる朝日や植物を操れる和花が居るとはいえ、限界もある。
「だから、許可出せって、何度も言ったのに……!」
愛刀なら手数も増えたのだが、数時間前のことを嘆いていても仕方がない。
「出来る範囲でやるか」
髪を纏めといて良かった。
「きーちゃん! あそこ!」
朝日に言われ、そちらに目を向ければ、『植物もどき』の蔓に捕まったらしい生徒たちが宙吊りになっていた。
「こんなの、冗談じゃないって……!」
まさかあの『植物もどき』は私たちを餌にしようとしているのだろうか。
「食虫植物ならぬ食人植物とか、笑えない」
ああもう、顔が引きつりっぱなしだ。
「策は何かあるの?」
応援席にまで戻れば、生徒会役員たちが勢揃いしていました。
「とりあえず、あの宙吊りにされた人たちが厄介だね。人質にでもされたら、どうすることも出来ない」
「じゃあ、吊してる蔓でも切るか?」
和花同様、『植物もどき』の蔓による被害が抑えられるように操作している京が聞いてくる。
「それは考えなかったわけじゃない。けど、距離が一番の問題。近づくか遠距離にするべきか」
「というか、君たち。助ける前提で話してるよね? 逃げるという選択肢は無いの?」
双葉瀬先輩が今更な事について突っ込んでくる。
「何言ってるんですか。助ける以外の選択肢が有るとでも?」
「下手をすれば死ぬぞ?」
「でしょうね。でも、その辺は彼女たちがサポートしてくれますから」
ちなみに、朝日たちが裏切るという考えは毛頭無い。
「だから、何とかなると思いますよ」
そう話していたのが、数十分前のこと。
蔓だけではなく、大きく太くなった根を、『植物もどき』は私たちの方まで伸ばしてきた。
その勢いは馬鹿に出来ず、私たちが捕まった生徒たちを解放すれば、その穴埋めでもするかのように、捕まる生徒も増えていった。
「っ、」
「鍵奈、どうするつもり?」
和花が聞いてくる。
「きゃっ」
「くそっ、来るな! 来るなぁっ!!」
転ける女子生徒や椅子などを振り回して必死に抵抗する男子生徒。
「おいおい、マジかよ……」
「さ、桜庭さんっ……」
考えろ考えろ考えろ。
自分に出来ることを。
持ちうる手札を。
そして、信じろ。
私の異能を。
私の仲間をーー
「きーちゃん!」
「鍵奈!」
幼馴染たちの声がする。
「朝日、京。ギリギリまで私が何とかするから、ヤバくなったら逃げなよ」
「ちょっ、何を言ってーー」
「朝日、諦めろ。こいつの頑固さは俺たちが一番知ってるだろうが」
京が朝日をそう宥める。
「だって……!」
が、長年の付き合いで、いくら分かっているからと、そう簡単に朝日が納得するわけがない。
「朝日の気持ちは分かるし、文句は俺にもある。けどなーー」
この現状を変えられる奴がどこにいる?
そう京は朝日に尋ねた。
「但し、絶対に死ぬなよ」
「誰に向かって言ってるの」
こっちは対異能の異能持ちだぞ。
京に向かってそう返せば、呆れたような目を向けられる。
「任せたわよ」
「死なない程度に頑張るよ」
言葉だけでもありがたいよ。和花。
「え? え? 何でもう見送る気でいるの!?」
「邪魔になるので、先輩たちもさっさと避難してください」
双葉瀬先輩の言い分は無視する。
「桜庭さん……」
「そんな顔されても、一緒には行けないから」
仁科さんにはそう言っておく。
「や、やっぱり危ないよ」
「じゃあ、どうすればいい?」
「それは……」
案も無い上に、言い返せなかったからか、仁科さんが俯く。
「ーーじゃあ、僕も一緒に残ろうか」
「はい?」
何を言い出すのだ。この先輩は。
「後輩を一人で残すわけにも行かないでしょ」
「気持ちはありがたいですが、先輩が残る必要はありませんよ? 別に一人になるわけでもないので」
戦闘系異能だとしても、おそらく双葉瀬先輩の異能は今回の件には不向きな気がする。
「あのさ、桜ちゃん。人の厚意は、素直に受け取るべきだと思うよ?」
どこかの誰かに言われたような台詞である。
「素直に受け取れというのなら、私もそのまま返します。安全を考えるなら、先輩たちが避難するべきです」
「先輩方。その子は頑固ですから、説得は諦めた方が良いですよ。それにーー鍵奈、限界」
双葉瀬先輩たちの後に、私に向かって放たれた言葉の意味すること。
それは、つまりーー
「全員、逃げろぉぉぉぉおおおおっ!!!!」
この時の声は、おそらく今までで一番の大声だったと思う。
「きゃっ!」
「麗!?」
「仁科!?」
逃げることに精一杯で、足下を見てなかったためか、仁科さんが転けたらしい。
「ほら、手を貸して」
「は、はい!」
双葉瀬先輩が手を伸ばし、仁科さんが慌てて受け取ろうとするが……
「きゃああああ!!」
伸びてきた蔓に邪魔された上に、彼女が『植物もどき』の方へと引っ張っていかれる。
「っ、ああもう!」
次から次へとーー
「きーちゃん!?」
「鍵奈!?」
近くにあった枝を数本適当に拾って突っ込みに行く私に対し、無茶だと言いたげに朝日と京が声を上げるのが分かる。
「ーー“物理強化”、“硬化”」
枝の数本が刃のように鋭くなるのを確認すると、仁科さんに巻き付いている蔓に向かって放つ。
「再生能力とか厄介な」
けれど、“植物の再生能力”、確認完了。
「じゃあ、これはどうする?」
“物理強化”と“硬化”。そこに『属性』が加わればーー
『キシャアアア!!!!』
「そう簡単に再生させねーよ」
付与したのは『氷属性』。
私が一番得意とする属性だ。
生成した氷の刃を、仁科さんを掴んでいた蔓へと放つ。
「ーー彼女は返してもらうよ」
「え? きゃあああっ!?」
氷の刃により、ばっさり切られた蔓とともに仁科さんが落下する。
「立てる? 立てなかったら、無理してでも立って」
「う、うん……」
何とか立ち上がろうとする仁科さんに目を向けていれば、和花の叫ぶ声が聞こえた。
「鍵奈、来るっ!」
「分かってるよ」
蔓と強化した細い枝がぶつかり合う。
「あ……あ……」
「っ、」
刀さえ寄越してさえくれれば良かったのにーー
「これで、もし死んだら、化けて出てやる」
こうして、冒頭へと繋がるのだ。




