第五十三話:こちらも波乱な体育祭Ⅱ(午前の部、終了)
今回は鍵奈、獅子堂視点
空白での視点切り替えとなっています
スタートを示すピストルが鳴らされる。
そして、一斉に走り出す走者たち。
「ーー……ははっ」
コースを進む途中で、変な顔をした私は悪くはない。
現在の競技は『借り物競走』。
私、桜庭鍵奈は、その競技に参加中である。
☆★☆
『借り物競走』とは言ったが、内容を見れば、これは『借り物競走』とは言えないのではないのだろうか。
『家族または親族』。
そんな『お題』を引いてしまったわけだがーー
「どーすりゃいいんだよ、これ!」
鍵依姉がまだ学校に居たのならともかく、そもそも今日の体育祭には来ていない。
我が婚約者でもある風峰君や鍵依姉の婚約者でもある雪原先生は、まだ家族とは言いにくいし、関係者だとバラすわけにはいかない。
(そもそも、共働きだから、うちの両親も来てねーよ)
なんて、言えるはずもなく。
……誤魔化しちゃう?
「というわけで、和花。一緒に来て。私の精神を慰めると思って」
「というわけで、ってどういうわけよ」
「該当者が誰も居ないんだよ! うちの事情、知ってるでしょ!?」
「……ああ、大体何を引いたか、分かった気がするわ」
私が頼んだのは、和花である。
朝日や京は幼馴染として知られているから、一番カモフラージュ出来そうなのが、和花だったのだ。
事情を知る彼女なら、話を合わせてくれそうだし、という期待もある。
「つーか、『人』を選択肢に入れるなってんだ」
ぼっちな人が引いていたら、どうするつもりだったんだ。まあ、私は違うからいいんだけど。……違うからね?
そして、あっさりと許可してくれた和花とゴールを目指す。
「あの、副会長?」
「お題にはちゃんと従ってるからね?」
「あ、いや、えっと……」
「あと、内容考えた奴に伝えといて。『人』は含むな、って」
「同級生を脅すんじゃない」
ゴールし終わると、待っていた担当者に少しばかり説明するのだが、和花が後頭部にチョップを落としてきた。
「それで、私はどうすればいいの?」
「あ、競技終了後に戻ってくれて構わないよ」
ご苦労様、と『借り物競走』の『借り物』置き場に案内される。
「……やっぱり、『人』は間違ってるよ」
「それもそうだけど……誰よ。『銅像』なんてものを引き当てたのは」
借りられてきた『もの』たちの中で、和花よりも目立つソレーー『銅像』が、そこにはいた。あった。
「いや、和花。もう、ここまで持ってきたことを褒めようよ。戸惑うのが普通なんだから」
「そうね。……鍵奈。『人』だけじゃなく、『重量』についても言っとくべきなんじゃない?」
「うん、来年の学園祭の議題にでもしておくよ……」
来年、私が居るか居ないかはともかく、学園祭実行委員には言っておこう。
冗談であろうと無かろうと、これはさすがにマズいからね。
こうして、『借り物競走』が終わるまで、二人でのんびりと話し合っていた。
ちなみに、『銅像』を持ってきたのは、怪力の異能持ちの男子で、競技終了後には、きちんとあった場所に戻しに行ったのですがーー
「何で、俺まで行かなきゃならない。行くなら、お前一人で十分だろ」
「うるさい人ですね。見届けるのは、生徒会の役目でもあるんです。ギャーギャー喚かずに少し黙っててください。バ会長」
そのことについては、会長と私が証人として見届けました。まあ、会長に関しては、騒ぐ会長の襟を引っ張って、ですが。
「バ会長って……お前、俺の方が年上だぞ?」
「それがどうしました? 会長みたいな人は、ずっとやるべき仕事をせずに、告白する前から仁科さんに振られればいいんです」
それでやるべきことをやってくれるのなら、私としてはありがたい。
「……桜庭。お前は本格的に俺を敵に回したいらしいな」
「私の言い方が悪かったのは認めますが、私はまた倒れたくもありませんし、受験生である岩垣先輩たちを呼ぶような状況だけにはしたくないだけです」
以前、似たようなことを言った覚えがあるが、恋愛事で犯罪レベルにならなければ、それでいい。
「まあ、やらなければやらなくても構いませんが、仕事は増えるし、仁科さんに会う時間が減ることを覚悟しておいたほうがいいですよ」
庶務がいない今、雑用も自分たちでしなくてはいけないが、崩壊一歩手前まで行った中学時代の生徒会よりは、少しばかりーーいや、まだマシな方か。まさか、そう思う時が来るとは思わなかったけど。
「別に、会長が戦えと言うのなら戦いますが、やるからには手を抜きませんし、負ける気もありませんから」
私には、絶対に勝たないといけない奴がいるから、こんなところで負けている暇はないのだ。
「それでは、会長。私は先に戻りますが、せっかくみんなが用意してくれた『生徒会役員席』なんですから、無駄にはしないでくださいよ」
そう言って、会長の前から去ると、『生徒会役員席』に戻る。
「会長たちは?」
「さあ? 先に戻って来ちゃったからね」
真面目なのか、一人で座っていた獅子堂君に、そう返す。
「仁科の方から連れ戻さなくていいのか?」
「いいんじゃない? 何なら、君も仁科さんたちの方に行ってくればいいよ」
こちらに居るのが嫌なら、向こうに行ってしまえばいい。
さすがに、何度も同じことを言っていると、反抗期の子供よろしく反撃してくるからね。
「いや、ここに居る」
「そっか」
ちなみに、獅子堂君との距離は、何人か分の席を空けているため、隣同士というわけではない。
「……」
「……」
ピンポンパンポーン、という音が響く。
『これにて、午前の部を終了します。午後の部は一時からとなりますので、皆さん、時間にはお気をつけください』
「……あ、昼休みだ」
「……だな」
午前中の部の終了を告げる、三崎先輩によるアナウンスとチャイムが鳴り響く。
やれやれ、ようやく朝日たちとまともに話せるのか。
「じゃあ、また後でね」
「ああ……桜庭」
「ん?」
呼ばれたので、振り返ると、何やら言いたそうな、言いにくそうな表情の獅子堂君と目が合う。
「……いや、何でもない」
「そう。ま、何かあったら言って」
「ああ……」
獅子堂君が何を言おうとしていたのかは分からないが、言いたいことがあるのなら、私は話だけでも聞くつもりではいる。
そんな彼の返事を聞くと、私はその場を離れた。
「いくら何でも、無理ですって」
彼女が去っていくのを見て、溜め息を吐く。
いくら会長たち上級生よりも同学年である自分の方が信頼されているからと、何故、頼まれて、あっさりと引き受けてしまったのだろうか。
『僕たちよりも、薫の方が信頼されているみたいだからね。だから、僕たちが桜ちゃんから信頼されるまでは、質問とか代わりにしてくれない? まあ、そんなに聞きたいことも無いんだけど……どうしても、これだけはね』
そう言う双葉瀬先輩には悪いが、ああいう質問は、やっぱり自分たちでするべきだと思う。
だってーー桜庭のことだから無いとは思うが、俺が質問した途端に、彼女の信頼を無くしたくはない。無くしたくはないが、その問いは、俺も疑問に思うことでもあり、先輩たちも似たようなことを思っていたのかと、少しばかり驚いたのだが。
『ーー君は、何者なのか、って』
俺や顧問である水崎先生を見るときはまだ良い。副顧問である雪原先生にも親愛が有るように見えるのだが、先輩たちは違う。
彼女が先輩たちに注意したりするときの、時々放たれるソレーー殺気のようなものは、普通の学生が放てるものでもなく、慣れても来たのか、それを向けられた先輩たちは特に反応しなかった。
「……」
桜庭について聞きたければ、いつも一緒にいるメンバーに聞いた方が早いのだろうが、何せ学校祭前の出来事のせいで話してはもらえないのだろう。
となると、はぐらかされるだろうが、やっぱり本人に直接聞くしかない。
「……ああもうっ!」
悩んでいても仕方がないので、昼食を食べるために、『生徒会役員席』を離れた。




