第四十三話:波乱の文化祭Ⅷ(合流)
「久しぶり~。鍵奈~」
岩垣先輩のクラスに着いて早々、抱きつかれた。
変装してるとはいえ、私のことを知っていること(朝日たちも居たのに真っ先に私の所へ来たことから本人だろう)と声だけで十分、我が姉だと分かる。
「鍵依姉、苦しい」
「ああ、ごめんごめん」
苦しいと訴えれば、解放してくれた。
「朝日ちゃん、京君も久しぶり」
「お久しぶりです。鍵依さん」
「お久しぶりです」
鍵依姉と二人が挨拶をする。
「朝日~」
「すみません、鍵依さん。愚兄と一緒に来てもらって」
夜空さんの呼び掛けをスルーして、鍵依姉と話し続ける朝日はさすがだと思う。
「鍵奈ちゃん、朝日ちゃん。約半年ぶり」
「本当、約半年ぶりですね……」
会うのはあの時以来だから、笑えない。
「で、朝日をストーキングしてたのはどいつだ?」
「あの、夜空さん。ここにはいませんし、本人とは話しもし終わりましたから大丈夫ですよ」
「そうは言うけど、相手を脅したもんねぇ」
鍵依姉、笑って言うことでもないよ。
あと誰だ。夜空さんに朝日がストーカーに遭っていたのを話したのは。
「……ああ、なら大丈夫か」
何か納得されたし。
「大丈夫か、ってどこをどう判断したんですか」
「いやだって、君たち姉妹に脅されたとか、相手が可哀想だけど、鍵奈ちゃんたちが側にいるなら、手出ししてこないだろうし、どうせこっち側に巻き込んだんでしょ?」
それは間違ってはいませんが、説明にはなってませんよ、鍵理さん。
「……鍵依さん、お久しぶりです」
「お久しぶりね。和花さん」
互いに笑みを浮かべる姫二人。
ちなみに、鍵依姉が年下である和花にさん付けしているのは、立場が一緒だからである(そして、私が和花を呼び捨てにしているのは、同い年なのもあるが、それ以外の理由ももちろんある)。
「それで、君が風峰君だね」
「あ、はい」
鍵依姉の目が風峰君に向く。
「これからよろしくね」
主語を付けないのを見ると、多分私とのことを指してるんだろうけど、いつもならからかいの部分もある鍵依姉の目が笑ってないんだよなぁ。
「鍵依姉」
「ん?」
「多分、職員室か保健室に居ると思う」
「分かった」
予想できる雪原先生の居場所を教えれば、どこか嬉しそうに微笑む鍵依姉。
「なーんか、私と会うよりも嬉しそうなんだけど」
「拗ねない拗ねない。二人とそんなに会ってなかったんだから、会うのを楽しみにしていたのは事実だし、まだ私を知る後輩がいるからさ」
確かに、鍵依姉と雪原先生の立場を考えれば、『婚約者』というのは隠した方が良いのかもしれない。
だから、鍵依姉なりに会う順番とかも考えてきたのだろう。
「まあ、劇を見終わり次第帰るからさ」
「うわっ、余計にミスできないじゃん」
そう返せば、鍵依姉にふふ、と笑われた。
「そういや、まだミスコンとかあるのか?」
「ありますよ。ってか、今日やります」
「きーちゃん、司会進行任されたもんねぇ」
思い出したように聞いてくる夜空さんに、あることを告げれば、朝日が余計な情報を追加する。
「なら、見ていった方がいい?」
「見なくていい。それに、司会進行は押しつけられただけだし!」
というか、いろいろと嫌な予感がするから、見ていかないでほしい。
「投票権は来校者にもあるんだっけ?」
「あるにはあるみたいだが……まさか投票する気か?」
学園祭のパンフレットを見ながら答える京だが、訝る目を鍵理さんに向ける。
「いや、確認だけだ。お前らの中で誰かが出るなら、話は別だが」
出る気は無いけど、出ないとははっきり言えない。
ここで出ないと言っておきながら、推薦されたら出場しないといけないだろうし、もし出たとしても責められはしないだろうけど、絶対からかわれる。
「それで、劇は何時から?」
「午後の部の最初だから……一時だね」
「じゃあ、塁に会ってからでも間に合いそうね」
パンフレットと現在の時間を確認しつつ、鍵依姉もなるほど、と頷く。
「鍵依姉、昼はどうするの」
「何か適当に買って食べるわよ」
「そっか」
まあ、夜空さんと鍵理さんも一緒だから、何かあっても大丈夫だろう。
「そういえば、みんなは劇で、どんな役をするの?」
「どうせ見に来るつもりなんだし、それまでは楽しみにしておけばいいじゃん」
主役の王子役とは絶対に言わない。
「朝日ちゃんたちも教えてくれないの?」
「あー、私も言えませんねぇ」
「俺も無理です」
二人も黙っているつもりらしい。
正直、鍵依姉たちが来ようが来なかろうが別に構わないのだが(楽しんでもらえればそれでいい)、私のミスできないハードルが上がっただけだ。
「それじゃ、みんなの役、楽しみにしているからね」
「私たちが隠してる時点で大体予想ついてそうだから、見てもそんなに驚かないだろうけどね」
鍵依姉のことだから、当たっても外れても笑ってそうだ。
「でも、本当に元気そうで何よりだよ。鍵奈」
「いきなりどうしたの」
「朝日ちゃんや京君に対する夜空や鍵理みたいに、側にいられるわけじゃないから」
ああ、そういうことか。
鍵依姉からだけではなく、私自身も連絡しなかったから、何だかんだで気にしてたんだ。
しかも、連絡したらしたで半年前のような件になるから、鍵依姉も心配になるんだろう。
「大丈夫。無茶しすぎないようには注意してるし、朝日たちもいるから」
「ならいいけど、あんまり心配させちゃ駄目だからね?」
私もあんまり近くにいられないんだから、と頭を撫でられる。
「ほら、鍵依姉。時間無くなるよ?」
雪原先生の所に行くんでしょ、と促せば、苦笑いされる。
「そうだね。じゃあみんな、また後でね」
「京も。また後でな」
「ああ」
「朝日、絶対また後で会おうな?」
「うっさい! 早く行って!」
鍵依姉が挨拶をし始めたことで、鍵理さんも京に声を掛けるのだが、名残惜しそうな夜空さんには、朝日が今にも外へ蹴り出しそうな雰囲気で追い出そうとしていた。
朝日が絡まなければまともなのに、本当残念な人である。
「ああもう、恥ずかしい……」
顔を覆う朝日には悪いが、私たちは苦笑するしかない。
「話は終わった?」
「すみません、場所を借りてしまって」
岩垣先輩が声を掛けてきたので、場所を貸してくれたことに対するお礼と一部を占領(?)した謝罪をする。
「気にしないで。俺も有栖川も、元気そうな鍵依先輩たちを見られただけで良かったから」
「けど、話さなくても良かったんですか?」
「いいんだよ。元気そうな姿が見られたのなら、それでいい」
「何ですか。そのファンみたいな心理は」
いくら憧れの先輩とはいえ、せっかくの機会だったんだから、生徒会の先輩後輩という関係でも利用すれば良いのに。ある意味、特権なんだから。
「し、仕方ないだろっ。何話していいか分からないんだし……」
「鍵依姉たちが居なくなってからとか、いろいろ話のネタはあるでしょうに」
そういえば、有栖川先輩が笑みを浮かべる。
「そうなると、君が仕事を押しつけられたことも、倒れ掛けたことも、うっかり話す可能性もあるけど」
「有栖川先輩が近くにいるなら、問題ないのでは?」
「おや、意外。かなり信頼されてるなぁ」
「新旧生徒会役員の中では、今のメンバーよりは、まだお二人を信用してますからね」
こればかりは、印象の差だろう。付き合いの差もあるのだろうが。
「私たちも、そろそろ行きますね。失礼しました」
私が代表で改めてお礼をして、この場を出ていった後、ここから先は私の知らないことだがーー
「信頼はされつつあるんだろうが……」
「何だかんだで前途多難だな。あいつら」
一人の少女に夢中になる後輩たちを思い、二人はやれやれと言いたそうに、話すのだった。




