第四十話:波乱の文化祭Ⅴ(疑惑とお化け屋敷)
今回は三人称、鍵奈視点
前を行く後輩たちの背中を見ながら、一ノ瀬と双葉瀬の上級生組は歩いていく。
「どう思う?」
「どうって、何が?」
一ノ瀬の問いに双葉瀬は問い返す。
「分かってて言ってるだろう」
「まあね」
責めるような言い方をする一ノ瀬に、双葉瀬はあっさりと肯定する。
「ナイフを避けていた桜庭の動きなんだが……」
「うん、何か慣れていたよね」
二人の脳裏にあるのは、先程の光景。
普通なら、野次馬と化すか、手出しをせずに様子を見るかのどちらかであり、途中、看板が真っ二つにされたにも関わらず、退く姿勢を見せずに対峙していた。
「動きから察するに、あれが初めてじゃないんだろうな」
「しかも、無傷で避けきってる辺り、相当ああいうことに手慣れてるんだろうね」
双葉瀬の、鍵奈を見つめる目が細められる。
後輩の少女二人は、クラスの出し物が劇であるためか、姫と王子の姿をしているのだが、それがいやに似合っており、先程の光景が『姫を守る王子』に見えなくもなかった。
「調べてみるか?」
「別に構わないけど、出身中学の名前を出したがらないのを見ると、少し難しいかもしれないね」
彼女と会い、対峙した時のことを思い出したのか、顔を背ける一ノ瀬に、双葉瀬は苦笑する。
「ま、最初は役員権限で見られるデータベースから当たってみようよ」
「そうだな」
双葉瀬の提案に一ノ瀬は頷く。
千錠学園高等部の生徒会には、各生徒の個人情報があるデータベースにアクセスできる権限がある。
だが、仮にアクセス出来たとしても、分かるのは顔と生年月日、星座に血液型、好きなものや嫌いなもの、趣味や特技に使用異能、出身中学という簡単なプロフィールのような情報ぐらいであり、それ以上の情報は教師たちでなければ見ることは出来ない。
「せんぱーい、来ないなら置いていきますよー」
付いてきていないことに気づいたらしい鍵奈から声を掛けられ、気づけば彼女たちとの間に出来てしまった間を埋めるべく、二人は駆け寄りながら思う。
ーーとりあえず今は、この文化祭を楽しもうじゃないか。
「んー、置いていかれるのだけは嫌だなぁ」
せめて、みんなが頑張って用意してくれたこの文化祭ぐらいは。
☆★☆
先輩たちから、視線を感じる。
多分、さっきのことでおそらく疑われているんだろうけど。
「とりあえず、校舎外は見終えたから、校舎内に入ろうか」
「この人数だし、邪魔になったりしないかな?」
仁科さんが、外同様に中も混んでいるのでは、と思ったらしい。
「大丈夫でしょ。いざとなれば、役員たちを置き去りにすればいいんだし」
「えっ」
「桜庭。そういうのは、思っても言わないものだろうが」
固まる仁科さんを余所に、獅子堂君にそう返される。
「いや、そういう問題じゃないよね!?」
どうやら、生贄扱いされていることに気づいたらしい。
「可愛い後輩を思って、引き受けてくれてもいいじゃないですか。生贄」
「生贄って言っちゃった!? 今、生贄って、言っちゃったよね!?」
ああもう、双葉瀬先輩は毎回ではないにしても、本当にオーバーリアクションしてくれるから、からかいがいがある。
「桜庭。奈月をいちいち騒がせるな」
「そんなつもりは無いんですがね」
そんなつもり、もの凄い端っこに、あったりします。
さて、靴を履き替えれば、これから校舎内の見回りである。
「どこから行く?」
「うーん……」
パンフレットを見ていた仁科さんに聞かれ、唸る。
「決まってないなら、俺たちのクラスに来るか?」
一ノ瀬先輩がそう言ってくる。
「先輩のクラスの出し物って……」
「ん? お化け屋敷だな」
うわぁ、絶対に一ヶ所はやる定番かぁ。
「もし、二人ずつ入ることになるのなら、私と仁科さんがペアですからね?」
そう言えば、「えっ」とか「なっ」と反応する役員の皆さん。
「何でそうなる」
「誰が分かってて、仁科さんと二人きりにさせると思ってるんですか」
睨みつけてくる先輩方に、そう言い返す。
「あれ?」
「きーちゃん?」
「ん?」
呼び掛けられたので振り向けば、京と朝日がそこにいた。
「もしかして、お化け屋敷に入るの?」
「どの程度なのかなぁ、と思って」
さすが、実家が神社で霊も見える朝日である。
「それにーー」
「「あの三人のものに勝るお化け屋敷は無い?」」
朝日と声を合わせて言ってやれば、「お前らなぁ」と京が言ってくる。
そんな風に話していれば、背後から怒気を感じる。
「ほぉ、好き放題言ってくれるじゃねぇか」
「いや、でも、うーん……」
多分、鍵依姉たちが作ったお化け屋敷の方が怖いと思うしなぁ。
私の中じゃ、若干トラウマ化してるし。
「なら、試してみるか? 少しでも悲鳴を上げた方が負け、ってことで」
「ペアで入ったら、どちらの悲鳴か分からないじゃないですか」
朝日たちはともかく、私は仁科さんと組むのだ。
仁科さんに悲鳴を上げられて、私の悲鳴だと勘違いされては意味がない。
「そのための、男女ペアじゃない」
「一組、同性ペアになりますが?」
「気にしない、気にしない。はい、クジ引いて」
差し出されたのは、いつの間に作ったのか、小さい紙に書いて折り畳むタイプのクジだった。
何かデジャヴを感じつつ、とりあえず、異能を使って確認すれば、特に怪しいものは無いらしい。
「同じ数字同士がペアね。そして、入る順番でもあるから」
そんな説明を聞き、みんなでクジを取っては開いていく。
「あ、一番です」
「俺もだな」
トップバッターは、仁科さんと一ノ瀬先輩らしい。チッ。
「僕、二番だ」
「俺もですね」
同性ペアは、双葉瀬先輩と獅子堂君という先輩後輩ペアらしい。
ということは……?
「……三番」
「三番だな」
ラストは、私と八神先輩だった。
「クジのやり直しを要求します」
「つか、一ノ瀬。お前が代われ」
何で私たちを組ませた。
「えー、何度やっても一緒だと思うけど?」
そう言いつつ、クジをやり直してみれば。
「あ、また一番です」
「今度は俺か」
引き直しトップバッターは、仁科さんと獅子堂君。
「……二番」
「僕も二番だよ。桜ちゃん」
二番手は、私と双葉瀬先輩。
つまり、残ったのはーー
「また三番目か」
「おい、獅子堂。そこ代われ」
一ノ瀬先輩と八神先輩という二年生コンビ。
「っていうか、八神先輩。文句言い過ぎです。先輩が仁科さんとペアになるまでクジを引き続けるの、嫌なんですが」
「お前……」
こっちを睨みつけてくるけど、知った事じゃない。
「とりあえず、早く行くなら行きましょう。他の所にも行けなくなるので」
もうこうなったら、ペアは誰でもいい。
とりあえず、トップバッターの仁科さんたちをさっさと行かせる。
「あ、桜ちゃん。もし、怖かったらーー」
「いえ、結構です」
最後まで言わせる前に遮って、中に入っていく。
中は暗く、方向が分かりにくいが、『順路→』と書かれた紙だけは明かりに照らされていた。
「……ねぇ、桜ちゃん」
「何ですか?」
「もし、怖かったらーー」
「怖くはありません」
というか、何か出てくる度に「ひっ」とか声を上げるのを見ると、何か可哀想になってきた。
「……手と肩なら貸しますよ?」
そう言えば、無言でしがみつかれた。地味に痛い。
あと、前方からきゃーきゃー言う声が聞こえてきたが、無視だ。
『う~ら~め~し~や~』
「……凝ってるなぁ」
「ちょっ……」
そう言ってみれば、何故か幽霊役の先輩(女)に泣き出された。
「……もしかして、桜ちゃんって、心霊系って信じてない方?」
「いや、いるとは思いますよ」
実際、幽霊っぽい存在は側にいるし。
「それにしても、中々ゴールが見えないね」
その言葉に、足を止める。
「桜ちゃん?」
「双葉瀬先輩。一ノ瀬先輩に、もう出たか聞いてもらえますか?」
「え? 別に構わないけど……」
双葉瀬先輩が一ノ瀬先輩と連絡を取り始めたのを見て、私は周囲を確認する。
そもそも、このお化け屋敷は、教室を丸々使っているようで、少し入り組んだルートだとしても、そろそろゴールしていてもおかしくはないはずなのだ。
「あの、桜ちゃん」
「はい」
「律たち、もう出てるって……」
顔を引きつらせながら、今の状況で冷静になってきたのか、双葉瀬先輩がそう言ってくる。
「そうですか……」
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
異能で今いる場所を見てみれば、やっぱりというか、別空間を利用した別ルートらしい。
(脱出するのは簡単だけど……下手に壊すわけにも行かないし……)
本当、どうしたものか。
……いや、これが異能によるものなら、気にする必要はないか。
「……らちゃん、桜ちゃん」
「っ、」
「大丈夫?」
双葉瀬先輩が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「あ、はい。少しこの状況について考えてまして」
「なら良いんだけど、かなり強く握っていたから」
「あ、すみません」
無意識に強く握っていたらしい。
「それで、何か分かった?」
「まあ、いろいろと。とりあえず、ここから出ましょう」
どうするの、と言いたげな双葉瀬先輩に、「ちゃんと手を握っておいてくださいね」と言いながら、異能を発動する。
「……もう、出た?」
「はい。ゴールに行きましょう」
双葉瀬先輩はもう大丈夫そうなので、手を離して一人ゴールから出れば、廊下の眩しさに眼を細める。
「桜庭さぁん!」
仁科さんが飛びついてきた。
「……仁科さん」
「怖くなかった? 会長たちより遅かったから心配したよ」
「あーうん。大丈夫」
というか、お化け屋敷に関しては、双葉瀬先輩が怯えすぎてて、あの空間に関しては、あっさり対処できることに気づいたら、冷静になったし。
「良かったぁ」
安堵の息を吐く仁科さんに、私は肩を竦める。
それにしても、術者の標的と目的は何だったのか。
能力的には私たちの誰かが標的だったのは分かる。だが、目的は何だ? 誰かを閉じ込めるつもりだった、とか?
「……けど、実行する場所がお化け屋敷である必要があった? いや、それなら他にも同じ条件を満たす場所があったはずだし……」
「さ、桜庭さん……?」
ぶつぶつ言っていれば、目の前にいた仁科さんが頬を引きつらせていた。
「ああ、ごめん。少し考え事してた」
「そ、そうなんだ」
とはいえ、空間系の異能なんて、そうそう目にすることは無いからね。
きっちり、この目で視させてもらいましたよ。術者さん?
「あと、先輩。やっぱり、そんなに怖くありませんでした」
「お前……」
軽く手を挙げながら言えば、今度は一ノ瀬先輩が顔を引きつらせた。
中からは、悲鳴が聞こえてきているから、無理もないとは思うけどさ。
「……そこは嘘でも良いから、怖いと言っとけよ」
「きーちゃんが嘘をつかないのは良いところ!」
京は頭を抱えて、朝日は良い笑顔でそう言うけど……お二人さん、フォローにも慰めにもなってませんよ。
「お前ら……」
どうやら、一ノ瀬先輩も察したらしい。
「ほ、ほら次行こうか」
これ以上、空気が悪くなる前に、仁科さんがそう促す。
「それもそうだね」
「空気悪くした張本人が同意してんじゃねーよ」
そんな会話をしつつ、私たちのクラスの出し物の宣伝と見回りはまだまだ続くのだった。




