第三十九話:波乱の文化祭Ⅳ(食い逃げ犯との一騒動)
仁科さんといることで、生徒会役員たちが付いてくるのは想定内だ。
けれど、納得できないこともあるわけで。
「……」
目立つのはまだ良い。宣伝になるから。
けどさ、主役なのに、それ以外が目立つのって、どうなんだろう?
そう思っていれば、背後から悲鳴や叫ぶ声が聞こえてくる。
「何だ?」
面々も気づいたらしい。
とりあえず、私は異能で状況把握をしてみる。
「誰か、そいつ捕まえて!」
「食い逃げだから!」
なるほどね。
しかも、そいつは私たちの方に向かってきているらしい。
捕まえるのは面倒だけど、放置すればもっと面倒くさいことになりそうだしなぁ。
「仕方ないか」
まずは、持っていた看板が壊れないように強化をして、と。
あとは食い逃げ犯を待つだけである。
「何か、こっちに近づいてきてない?」
気づくのが遅いよ、先輩方。
「っ、と」
「うわっ!」
食い逃げ犯らしき男の足を引っ掛ける。
意識を他に向けていたから、仕損ねそうになったけど、うん、走ってきていたから、多分間違ってはいないと思う。
「っ、このガキっ……!」
起き上がった食い逃げ犯(仮)が、どうやら私が足を引っ掛けたことに気づいたらしい。
「私のことですか?」
「テメェ以外に誰がいる」
私だけじゃなくて、周りにたくさんいますがねぇ、とは言わない。
食い逃げ犯(仮)は思いっきり睨みつけてくるけど、あんまり効果ないかなぁ。だって、私はこれより怖いの、知ってるし。
ま、これで震えてる人がいるぐらいだから、効き目はあるんじゃないのかな?
だが、どうしたものか。
「そうですね。目撃者はいっぱい居ますが」
「あくまで白を切るつもりか」
「さあ、どうでしょうね。食い逃げ犯(仮)さん」
相手の顔が引きつる。
挑発するつもりはなかったんだけど、仕方ないよね。
「さ、桜ちゃん」
挑発してどうするの、と双葉瀬先輩が不安そうな心配そうな表情で声を掛けてくる。
「クソがっ……!」
食い逃げ犯(仮)がナイフを取り出したことで、周囲から悲鳴が上がり、息を呑む気配もあった。
「ナイフ使ったら、こっちの正当防衛成立するけど?」
面倒のレベルが一上がったから、そう返す。
「知るかよ」
うん、ナイフ持ち、マジめんどい。
でも、どうしよう。先生と風紀、警察かぁ。どれが一番楽かね。
けど、そんなことを考えてる場合じゃなかったらしい。
「うわっ!」
何とか避けたからいいけど、食い逃げ犯(仮)がナイフを振り回し始めたことにより、取り出したときよりも大きい悲鳴が上がる。
「う~ん……」
どうしよう。
さすがに、この格好で大立ち回りはできない。
どうすればいいのかを考えていれば、「なぁ」と獅子堂君が話しかけてくる。
「手伝うか? 別に代わってやってもいいが」
「それは有り難いけど、結局無意味になりそうなんだよねぇ」
食い逃げ犯(仮)は私に怒っているわけだし。
「ま、自力でどうにかしてみるよ。挑発したのは私だし、回収役もいないし」
回収役? と獅子堂君は不思議そうな顔をしていたけど、別に分からなくても構わない。
「あと、なるべく仁科さんを遠ざけておいてくれると有り難いかな」
「いいのか、それで」
当たり前だと、返されるかと思ってたから、思わずその確認に驚いた。
うん、けどね。
「大丈夫。というか、衣装の修復を二着にするよりはマシだと思わない?」
そもそも、修復しなくてもいいように、食い逃げ犯(仮)と戦わなければいいだけなんだけどね。
「桜庭さん……」
「私は大丈夫だし、危ないから先輩たちと一緒にいてもらえない?」
「……うん」
それでも心配そうな仁科さんに、苦笑いする。
「副会長!」
「ん?」
悲鳴を上げるかのように呼ばれたので、そちらを向けば、ナイフを振り回していた食い逃げ犯(仮)がこちらに向かってくる。
「また後で受け取るから、少し持ってて」
「は?」
近くにいた獅子堂君に宣伝用看板を渡すと、食い逃げ犯(仮)のナイフを避けるのに集中する。
「千錠の生徒に危害を加えるとか、よっぽど余裕なんですね」
良い所の子息令嬢も通う千錠に手を出すとか、普通は有り得ない。
「……って、あれ? そこに通いながら今こうして対処してる私も、もしかして有り得ない?」
自分で言っておいて、今気づいた。
あとさ、野次馬の皆さんよ。
「誰か先生を呼びに行くとか、してくれない?」
先生たちが来る気配がない。
「おしゃべりしてる場合か?」
「早く止めてくれません?」
私が笑顔で返せば、食い逃げ犯(仮)は顔を引きつらせる。
「そもそも、私だけ武器無しってのも不公平だよね?」
とりあえず、獅子堂君の近くにまで戻ってきたから、さっき預けた宣伝用看板を受け取る。
「おい、桜庭。まさか……」
うん、そのまさか。
だって、腰にある剣って紙だし、刃物に勝てるわけがないし。
「桜庭。もし、それを壊したら弁償な?」
「それは分かってますけど、自分たちで作らせておきながら、完成した途端に学校の備品扱いになるの、どうにかなりません?」
そこが納得できない。
「無茶言うな。俺たちにだって、出来ることと出来ないことがあるだろうが」
「まあ、そうなんですけどねぇ……」
看板を強化し続けながら、一ノ瀬先輩と話す。
「選択ミスしたな!」
食い逃げ犯(仮)がナイフを振りかぶる。
「桜庭さん!」
仁科さんの声が聞こえる。
とりあえず、受け止めてみようか。
だが、その結果は、予想外のものだった。
「うっそぉ……」
持っていた柄と文字と絵が書かれた看板板が真っ二つにされ、思わず顔が引きつる。
「……マジ弁償?」
一ノ瀬先輩たちに目を向ければ、うん、と頷かれる。
「マジかぁ……」
看板板を獅子堂君に預けると、棒となってしまった元柄を軽く振ってみる。
「でもまあ、いっか」
直せないほどではないし、と帽子を被り直しながら思いつつ、食い逃げ犯(仮)に目を向ける。
「まさか、それで反撃するつもりか?」
「さあ、どうでしょう?」
使う異能も、攻撃する際の予備動作も、大体把握した。
つま先を地面にこんこん、と二度つつく。
「ただの棒でも、武器になることはあるんで」
「ふざけんなーー」
もう、何度目なのだろうか。
食い逃げ犯(仮)により、振り上げられたナイフを避ける気満々だったのに、唐突に私が動く必要は無くなった。
「高校生の女の子相手に、大の大人がキレてナイフで脅すとか、褒められへんよ?」
絵で描く狐のように細目の男が、ナイフを持っていた食い逃げ犯(仮)の手首を握り、その動きを止めていた。
「それにしても、これ、どないするん? 警察に突き出す?」
「それは……もしかして、私たちに聞いてます?」
「あくまで参考意見やな」
「じゃあ、先生たちに意見を仰いでください」
別に、私たちが警察に突き出すことも出来るけど、その場合、私は絶対に同行しないといけない気がする。
「そうするわ。ちょうど来たみたいやし」
異能を使わないと気づかない私に対し、相変わらずの聴力である。
「……おい。お前ら仲良く渦中の中心か」
「私は巻き込まれただけです。というか、ここにいる野次馬の大半は巻き込まれてます」
「僕は……ほら、功労者的な?」
私と狐目の男ーー知り合いを見て、二人来た先生の内の一人である雪原先生がうんざりしたような表情をする。
「それ以前にこの人、食い逃げ犯(仮)なんですから、取り調べはそっちから頼みますよ?」
「ああ、分かったよ」
(仮)? と首を傾げられるけど、無視だ。
私たちがそう話していれば、警備の人たちもこちらにやってきた。
「いや~、でもまさか、こんな会い方するとは思わんかったわ」
解散宣言をする先生と食い逃げ犯(仮)を見送りながら、狐目の知り合いは近づいてくる。
「それで、止めた理由は?」
「ん? お前が本気出したら、この辺一帯使い物にならんくなるやろ」
それは否定しないが、こんなとこで本気を出すつもりは無いんだけど。
「で、目的は?」
「泉原から直接渡せって頼まれてな」
「泉原……ああ、彼女か。渡せって手紙だけ?」
確認すれば、狐目の知り合いが頷く。
確かに、宛名は『桜庭鍵奈様』、差出人は『泉原莉子』となっている。
「まあ、届けてくれたことに関しては、お礼を言います」
「気にせんでええよ。それより文化祭、頑張りや。副会長さん」
何が書いてあるにしても、届けてくれたお礼をすれば、そう返される。
「あ、あの、桜庭さんっ」
「ん? ああ、皆さんご一緒で」
「いやいやいや、何平然としてるの!?」
仁科さんと双葉瀬先輩が心配そうな顔をしている。
「大丈夫。全部避けていたから、無傷だよ?」
「そうじゃなくって!」
うーん。もしかして、無茶したことに怒ってる?
けど今は、個人的にそのことより、こっちなんだよな。
「やっぱり、弁償ですかね?」
「だろうな。生徒会の経費で落としてやりたいところだが、無理だろうな」
折れた看板板とその柄を見ながら、一ノ瀬先輩とそう話す。
いざとなれば、給料を前借りするなり、シフト増やすなりすればいいだけだし。
「そ、それも大切かもしれないけどさ」
仁科さんが話しかけてくる。
「桜庭さんは主役なんだから、何か遭ったら大変だったんだよ?」
「うん、だから衣装にも注意して、避けてたんだよ。さすがに、看板が壊れたのは予想外だったけどね」
強化していたはずなのに、食い逃げ犯(仮)の異能により壊された。
ーーたとえ、異能で強化したものでも断ち切る異能。
まあ、そのお陰で私は食い逃げ犯(仮)の異能をこの目で視ることが出来た。
「けどまあ、それでも無事やったんやから、その辺は喜んでやってもいいんちゃうか?」
「……まだ居たんですか」
離れる気配すら無かったからおかしいとは思ったけど。
「えっと、話を聞いていると……知り合い?」
双葉瀬先輩が困惑した表情で、そう尋ねてくる。
「知り合いっちゃ知り合いやけど、微妙に違っとるな」
「正しくは、私の友人経由で知り合った知り合いです」
「泉原を友人と言うか」
「私たちの関係を、それ以外にどう説明しろと?」
私たちの関係をこの男は笑うが、私と泉原さんの関係は、そう簡単に説明できない。
「まあなぁ」
どうやら、納得してくれたらしい。
「さて、僕はそろそろ行くわ」
「そうですか」
「またな」
ぽんぽんと軽く私の頭を撫でると、狐目の男は去ろうとして、足を止める。
「おお、忘れるところやった」
そして、戻ってくると私の手にあった柄と獅子堂君の手にあった看板板を「ちょっと借りるで~」とその手に取ったかと思えば、異能を発動した。
「再生の……というより、復元の異能ですか」
「さすがやな」
そして、看板板と柄が元に戻れば、私たちのクラスの看板として復活した。
「これで、使えるようになったやろ?」
「まあ、視てましたからね」
彼の言葉に頷けば、看板を手渡される。
「それじゃ、今度こそまたな」
「はい、ありがとうございました」
いろんな意味で。
「何か、凄い人でしたね……」
仁科さんがそう呟く。
確かに、あの人は凄い。
「仁科さん、宣伝続行するよ」
「っ、あ、はい!」
息を吐き、宣伝の再開を促せば、我に返ったのか、仁科さんがぱたぱたと付いてきて、横に並ぶ。
出来ることなら、文化祭中には、もうこの様な問題には遭いたくない。




