第三十八話:波乱の文化祭Ⅲ(彼女から見た桜庭鍵奈という少女)
今回は仁科視点
前を歩いていく彼女の黒いポニーテールが揺れる。
クラスの出し物である劇の王子役をしている彼女ーー桜庭鍵奈さんは、現在王子役の衣装のまま、私の前を歩いていた。
「さて、宣伝と言っても、こうやって二人で歩いているだけで、十分宣伝になるし……各出し物を見て回ろうか」
「いいのかな……?」
「少しぐらい、大丈夫でしょ」
クラスメイトでもある桜庭さんのことを説明するのなら、クールで文武両道というべきだろう。
勉強に関しては張り出される試験結果で分かるし、運動に関しては体育の授業を見ていれば分かる。
一学期は視線を感じることはあっても、特に気にすることはなかったんだけど、二学期に入ってからは顕著というほどではないにしろ、桜庭さんと関わることは増えたと思う。
「飲食系は衣装を汚さなきゃ、セーフだろうし」
「それは……」
どうなのだろう。
もし汚してしまったら、衣装を作ってくれた木下さんに申し訳ないと思う。
「それじゃ、まずは校舎外から行こうか」
外から中の順に回った方が楽だから、と桜庭さんはそう言った。
彼女と知り合うきっかけは、大体分かってた。
制御しようにも出来てない異能の影響か、生徒会役員の人たちと一度話しただけなのに、彼らはその次の日からやるべき仕事を放棄し、私と話しに来るようになった。
それが続いたことが、おそらくきっかけ。
私の異能に引っかからなかった生徒会会長の先輩は、桜庭さんに助っ人を頼むと、引き受けた彼女を数日後には自身の権限を使って、庶務の先輩とともに副会長に就かせた。
もちろん、彼女が副会長になるまで、他の役員である先輩たちが反対しなかったわけじゃないし、生徒会のファンクラブの先輩たちも見定めるかのように、桜庭さんを見ていたというのもある。
役員選挙の途中で私に関することも少しばかり出てきたみたいだけど、彼女は特に気にした様子もなかった。
ただ、桜庭さんが副会長になったその後、一週間ぐらいで相も変わらず役員の先輩たちが私に会いに来るようになり、生徒会室に一緒に行った時には、申し訳ない気持ちで一杯だった。
けれど、桜庭さんが下校時刻だから帰ると言ったときは、この場から抜け出すチャンスだと思って、必死に声を掛けてみれば、遠回しな許可が出たため、その日は彼女とともに昇降口を出た。
彼女が無茶をしたせいか、保険医である雪原先生から話を聞いたらしい宮森さん(たち)に、桜庭さんが倒れたと教えられた。
それでも、自分たちに非はないと告げた一ノ瀬先輩に、私は思わず引っ叩いちゃったけど、その後先輩たちは生徒会室に状況確認をしに行ったようで、それを見送った宮森さんからは桜庭さんは大丈夫だと教えられた。
ただ、この一件で、生徒会役員たちが仕事をするようになったのを喜ぶべきなのか喜ばざるべきなのかは、微妙な所なところだけど。
「ヤバい。あちこちから良い匂いが……」
桜庭さんが、ふらふらと何かに吸い寄せられるかのように歩き出す。
「副会長ー。うちのクラスの、食べません?」
「良ければ、うちのクラスのもどーぞ」
左右両方から風に乗った焼きそばとたこ焼きの良い匂いがする。
「じゃ、それぞれ買うから、代わりに劇見に来て。来てもらわないと、何言われるか分かんないから」
ちゃっかりお客さんを得ている辺り、凄いと思う。
それにしても、副会長になってからそんなに経ってないはずなのに、みんな信頼するかのように、桜庭さんに話しかけている。
「それにしても、似合ってますね。その衣装」
「というか、似合いすぎ?」
そう言われ、桜庭さんの表情が引きつる。
「あー……、うちの衣装担当が気合い入れすぎたみたい」
「衣装担当……もしかして、その担当って、木下さん?」
焼きそばを出店していたクラスの子が尋ねれば、桜庭さんが不思議そうな顔をする。
「あれ? 知り合い?」
「うん、同じ内部生だったから」
「彼女の衣装とかって、いつ見ても凄いんですよねぇ」
焼きそばを出店していたクラスの子が頷けば、たこ焼きを出店していたクラスの子が当時のことを思い出しているのか、顔をやや上に向けながら言う。
うん、私もこの衣装を見たときは、正直驚いたから、気持ちはよく分かる。
「だろうね。この衣装とかからもよく分かるし」
桜庭さんが自分の着ている衣装と、私の着ている衣装に目を向けてくる。
「ん、それじゃ、そろそろ行くことにするよ。邪魔になりそうだし、そもそも私たち宣伝担当だから」
「頑張ってねー」
二人に見送られ、私たちは再び歩き出す。
「仁科さん。たこ焼き、食べる?」
「あ、うん。貰うね」
先程貰ったたこ焼きを、「熱いから注意しなよ」と、桜庭さんから差し出される。
「あーっ! やっと見つけたー!」
「ーーっつ!?」
「うげ……」
いきなり聞こえてきた声に私が驚けば、桜庭さんが嫌そうな顔をする。
「捜したぞ」
「あの、えっと……」
これ、どうしよう……。
「あれ? 二人してコスプレ?」
「違います。劇の宣伝のために、歩き回ってるだけです」
双葉瀬先輩と桜庭さんがそう話しているのが聞こえてくる。
「へー。仁科ちゃんが姫役で、桜ちゃんが王子役?」
「そうですよ」
桜庭さんが肯定すると、私に目を向けてくる。
「どうする? もし、この人たちと回るなら、教室に戻って着替えないと駄目だけど」
「桜庭さんはどうするの?」
「校舎内も見て戻るつもり」
「だよね」
桜庭さんも最初に校舎外を見てから、校舎内を見るって言ってたし。
「私も、最後まで付き合うよ」
「後ろのを引き連れて?」
「それは……」
確かに、私が桜庭さんと一緒に行けば、先輩たちも一緒に行くことになる可能性は低くない。
「ま、いいんだけどさ」
「……?」
桜庭さんがどこかに目を向けた気がしたけど、どこに向けたのかは分からなかった。
「先輩方。自分たちのクラスの方は、大丈夫なんですか?」
「大丈夫!」
「……そうですか。せめて、一ノ瀬先輩か獅子堂君辺りから、返事を聞きたかったんですがね」
「遠回しに、僕が信用できないみたいな言い方は止めてよ……」
桜庭さんの返事に、双葉瀬先輩が落ち込む。
「それじゃ、さっさと宣伝終わらせて、解散しよう」
「ねぇ、もしかして、桜ちゃんってさ。僕のこと嫌い?」
双葉瀬先輩のその問いに、
「さあ? どうなんでしょう?」
桜庭さんは小さく笑みを浮かべて、そう返した。




