第三十五話:文化祭・体育祭準備期間
とんとんかんかん、という音が響く。
おそらく、広い場所で、担当者が文化祭の看板制作やクラスの出し物に使う舞台セットなどを製作しているのだろう。
「やっと終わったー!」
声の主は双葉瀬先輩。
山のように積み重なっていた書類を、ほとんど休まずにずっと捌いていたのだ。
「桜ちゃん、ケーキ~」
「まだやることがありますから、コーヒーか紅茶辺りで我慢してください」
とはいえ、休憩しないわけにもいかないから、今いる面々にコーヒーか紅茶のどちらかを出すために、生徒会室の隅に付いている簡易キッチンへお湯を沸かしに行く。
ちなみに、双葉瀬先輩の私に対する呼び方は、生徒会の仕事を再開させたあの日からずっと『桜ちゃん』だ(おそらく、名字である『桜庭』から取ったものだろうが)。
「手伝おうか?」
「お湯を沸かすだけなので、大丈夫です。それに、ケーキとかを勝手に持ち出されても困るので」
「つまみ食いはしないから、ね?」
信じられないわけではないが、用心しておいてもいいはずだ。
「みんな、コーヒーと紅茶どっち?」
「任せる」
「コーヒーで。砂糖とかの調節は自分でしますから」
「紅茶」
双葉瀬先輩の問いに、一ノ瀬先輩、獅子堂君、そして何故かいる保険医が答える。
「僕はコーヒーで」
最後に双葉瀬先輩がそう言ってくる。
「了解」
一ノ瀬先輩のをコーヒーとして……コーヒー三の紅茶一、となるわけか。
「ところで、何で雪原先生が生徒会室にいるんですか?」
気になって仕方ないので、尋ねる。
顧問である水崎先生ならともかく、理由が分からないままだと、どうも落ち着かない。
「あれ、知らないの? 雪原先生、生徒会の副顧問になったんだよ」
「ま、今日みたいに、水崎先生がいない時だけは、こうして来るけどな」
「……」
大げさなリアクションしなかった私を褒めてほしい。
(つか、どんな手を使いやがった)
この人の場合、副顧問になれるはずが無いのだが。
疑いの眼差しを向ければ、気づかない振りをしながら書類を見ているし。
「……」
軽く息を吐いて、コーヒーと紅茶を淹れることに集中する。
「さすが。手慣れてるね」
「そう言っても、ケーキはまだ駄目ですよ」
「えー」
「双葉瀬、諦めろ。保健室で休めと言っても休まないような奴だぞ、そいつは」
思わぬ所から援護射撃が来たかと思えば、嘘を吐きやがって……!
「桜庭。フォークは食べるときに使うもので、殺気を出しながら人に投げるための物ではないんだが?」
「すみません。少し手が滑りました」
イラッとしていたせいで、思わずフォークを投げてしまった。
そして、そのフォークは、現在壁に突き刺さっている。
「……これ、抜けるのか?」
少しびびったのか、獅子堂君が顔を引きつらせながらフォークを見ている。
「とにかく、まずは淹れちゃおうか? ね?」
このままだと空気が悪くなると判断したのか、獅子堂君と同じように顔を引きつらせながら、双葉瀬先輩がそう言ってくる。
「そうですね」
返事をしながら、コーヒーから淹れていけば、周辺に香ばしい匂いが漂い始める。
「んー、良い匂い」
「気持ちは分かりますが、冷めるので先に持ってってください」
「あ、うん」
せっかく淹れたのに、冷めたら勿体ないからね。
「桜庭は何も飲まないのか?」
「私はまだ、こっちがあるから」
カバンからペットボトルを取り出して、面々に見せれば、なるほど、と頷かれる。
「では、少しばかり私は抜けますが、サボりすぎないでくださいね?」
そして、ペットボトルに口を付けた後、そう言って生徒会室を出る。
「さて、うちのクラスはどうなっていることか」
☆★☆
「あ、鍵奈!」
ひょっこり顔を覗かせれば、近くにいた真衣が気づいたのか、声を掛けてくる。
「少し様子を見に来たんだけど……」
「そうだと思った。でも、ちょうど良いところに来た」
首を傾げれば、真衣が背中を押してくる。
「あと、衣装を作ってないのは鍵奈だけなんだから、作らないと」
サイズを計りに行くよ、と真衣が背中を押しながら言う。
「ちょっ、自分で歩くからっ」
「じゃ、こっちに来て」
真衣の先導の元、廊下を歩いていくのだが、その途中で各クラスの出し物の準備にも目が行く。
「さて、ここなら誰も来ないし、この辺りでいいかな?」
くるり、と真衣がこちらに振り向く。
「私の異能は、服の作製。だから、計り次第、ちゃっちゃと作るよ」
「ちなみに、私の役は……?」
服の作製よりも前に聞いておくべきだったのだろう。
「ん? 王子役の片方だけど?」
「はい?」
「ちなみに、姫役は朝日とお姫様がやることになってる」
「えっと……?」
一体、どんな話の設定になっているのだ。
というか、『お姫様』って、まさか仁科さんのこと?
「いくつか聞きたいことがあるけど、もう一人の王子役は?」
「南條君」
うん、何となく組み合わせが見えた。
「姫と王子の組み合わせは?」
「鍵奈はお姫様、朝日は南條君」
「やっぱり?」
というか、仁科さんの呼び方は、それで決まりなんだね。
あと、組み合わせは予想通りだよ!
まあ、苛められないための措置だろうけど。
「台本は?」
「あるよ。主役だから量は多いけど」
大丈夫だよね? と聞いてきたから、「大丈夫」と返しておく。
そうこう話していれば、計り終えたのか、はい、と台本を手渡される。
「あ、真衣」
「何?」
「多分、当日は校内を歩き回ることになるだろうから、着替えやすさ優先でお願い」
「了解。ま、私としては、衣装のまま歩き回ってほしいけどね」
気持ちは分かるけど、不慮の事故とかで汚れても知らないよ?
「大丈夫。多少の無茶ぶりには対応できるようにしておくから」
不安が顔に出ていたのか、「だから、台詞を覚えることに集中しなさい」と真衣が安心させるかのように言うので、了解と頷いておく。
そして、そのまま二人で教室に戻ればーー
「やっぱり居たか」
予想通りというべきか、生徒会メンバーがいた。
「自分たちのクラスは良いんですか?」
「さっき見てきたから大丈夫」
あ、ヤバい。少し信用できない。
「それより、仁科さん。台詞合わせ手伝って」
「え、もう合わせるの!?」
「いや、だって、最初の方、もう覚えたし」
仁科さんが驚くのも無理はない。
教室に戻る途中で台本を軽く読んでみたけど(真衣が危ないから止めろと止めてきたから止めたけど)、最初の台詞は覚えられたし、こうみえて、記憶力は良い上に、根に持つタイプですから、私だけではなく、相手も嫌だと思った(であろう)ことはずーっと覚えてますよ?
「じゃ、じゃあ、やるけど、間違えたらごめんね?」
「大丈夫。間違えたらやり直せばいいだけだから」
こっちは劇の練習のやり直しなんて、何度も経験済みだから気にしないし、長い台詞でもないから、そんなに間違えないだろう。
「『パーティーなんて、退屈だわ。何が楽しいんだか』」
「『姫、お久しぶりです』」
「『貴方はだぁれ?』」
「『お忘れですか? 数年前に一度会っているのですが』」
とりあえず、通してみたのだが、何故だろう。視線を感じたので見てみれば、みんな固まっていた。
「さすが、きーちゃん! 推薦した甲斐があったよ!」
親指立てて、朝日がそう言ってくる。
というか、久しぶりに会ったけど、微妙にテンションが高くないか?
「……元“王子”」
「おいこら、京。私に喧嘩を売ってるのなら、いくらでも買ってやるぞ」
ぼそりと呟かれた言葉をつい拾ってしまうのは、もはや癖だ。
ちなみに、京の言った『元王子』は、中学時代に文化祭で今と同じ王子役をしていたために、あだ名のように呼ばれていたものだ。
でもそれは、以前のことなので、『元』が付くわけである。
「別に気にする事じゃないと思うけど?」
「というか、朝日が『きーちゃんが本気出せば、練習の比じゃないぐらい、かっこいいんだから』とか言ってたもんねぇ」
「ちょっ、和花も『鍵奈は姫というよりも騎士や王子タイプだもんね』って、言ってたじゃん!」
何やら聞き逃せない情報を聞いた気がするのだが。
「ちょぉっと、話を聞かせてもらえないかなぁ?」
「ちょっ、鍵奈。落ち着いて」
「京くん、ヘルプ!」
笑顔で尋ねれば、和花は顔を引きつらせながら宥めに来るし、朝日は朝日で京に助けを求めるのだがーー
「俺、呟いたこと以外は怒られるようなこと、してないから」
「見捨てられたぁっ!」
素知らぬ顔で無理と言われ、半分涙目である。
というか、京。自覚あったんだな。
そして、やっぱり、朝日のテンションに違和感を感じるけど、そのことについては、ついでに聞けばいいか。
「じゃあ、別室で事情聴取と行きましょうか」
「ひっ」
怯えても意味ないから。
だって、絶対零度よりはマシでしょ?
ただーー
「マジ切れしてないから、まだいい方だと思うんだがなぁ」
そんな京の言葉に、え、と固まる教室内にいた面々だった。




