第三十一話:新旧入り混じって
今回は鍵奈、岩垣視点
空白での視点切り替えがあります
「……これは、何の悪ふざけですか?」
生徒会室に戻ってきてみれば、前生徒会から引き続き役員を務める一ノ瀬先輩を筆頭に、獅子堂君と入れ替わるように、役員ではなくなった八神先輩、そして、仁科さんを加えた面々がいた。
一方で、私の放つ気に反応してか、岩垣先輩と有栖川先輩が顔を逸らし、仁科さんはどこか申し訳無さそうに俯いている。
「とりあえず、説明してもらえますか? 先輩方」
にっこりと微笑めば、岩垣先輩と有栖川先輩は土下座しそうな勢いで説明をしてくれた。
☆★☆
新たに副会長となった桜庭が休憩に入った(というか、有栖川が追い出したとも言う)。
彼女が生徒会入りしてから、自分たちが手伝っているとはいえ、仕事の能率は上がってはいるが、端から見ていても一番の問題は解決していないわけで。
「やっぱり、言い方が悪かったのかなぁ……」
頭を抱える。
副会長である桜庭だって、状況は理解しているだろうし、見ていれば仕事が大変なのも分かっている。
「でも、獅子堂を行かせるよりはマシだって言ったのは、お前だろうが」
「それはそうだが……」
有栖川の言葉に、はぁ、と溜め息を吐く。
「演説の時も思いましたが、桜庭とは知り合いなんですか?」
「中学からの先輩後輩の関係だとよ」
獅子堂の問いに、有栖川がそう返す。
「そうだったんですか。それじゃ……」
「失礼しまーす!」
納得し、続けようとした獅子堂を遮り、誰かが声を上げながら入ってくる。
……いや、声で誰なのかは理解しているのだが。
「って、あれ? 一人いない?」
「仕事しろと人に言っておきながら、本人が不在だとは……」
「お前たち。一体、何しに来た?」
双葉瀬と一ノ瀬の言葉に、思わず「お前らが言うか」と返してしまう。
そんな二人の後ろから、八神とやや俯きがちな例の彼女が入ってきた。
まあ、仕事をするつもりで来たのではないことぐらい、雰囲気で理解した。
「何って、様子見?」
「来たなら仕事しろ。お前たちがしないせいで、俺たちは受験勉強が進まないんだよ」
有栖川の言葉にどこか棘があるのは、仕方ない。
目の前の書類が、減ってるようで減っていないのだから。
「それと、いちゃつく目的で来たのなら、早く出て行ってよ? 桜庭が戻って来て、ブチ切れる前にさ」
はっきり言って、あの後輩がマジ切れしたときは、俺でも手に負えない。
あの冷たい、どこか見下すような視線と、放たれる絶対零度で死ねるんじゃないか、と思ったほどだ。
いや、冗談抜きで、氷属性を得意としている彼女の場合は洒落にならないし、荒れることだろう。
「先輩、随分と彼女の肩を持つね」
「別に、俺は味方をしてるつもりはないからな? あいつは、ちゃんとやることさえやっておけば、文句は言わないし」
笑みを浮かべながら言う双葉瀬に、そう返す。
確かに、やることさえやっておけば、他に何をしていても、桜庭は文句は言わない。
鍵依先輩が以前言っていたのだが、桜庭は根が真面目らしく、俺もその様子は中学の時に何度も見たほどだ。
「だから、この山を見て、何か思うことがあるなら手伝え。つか、来た以上やれ」
有栖川のやつ、直球だな。
「……そろそろ、戻ってくる頃ですかね?」
獅子堂のそんな呟きが聞こえた。
それとな、有栖川。どうするんだ、と言いたげに、こっちに目を向けないでほしい。
あ、ヤバい。今一瞬だけ足音が聞こえた。
そして、もうすでに扉の向こうには、人影が見える。
「……」
とりあえず、入ってきて早々、後輩がキレないことを祈っておこう。
「なるほど。つまり、あの人たちはせっかくの機会すら活かさない上に仕事をする気が無い、と」
岩垣先輩たちから事情を聞いた私は、そう結論づけた。
選んでくれた人たち。貴方がたの機会、この人たちはどうやら無駄にされたようですよ?
「言い掛かりだな。仕事なら、もう終わらせただろうが」
「この書類の山を見て、仕事が終わってると判断するのなら、その曇った目とともにさっさとここから出て行ってもらえます?」
岩垣先輩が「落ち着いて」とか言ってるけど、私は落ち着いている。
「何故、出て行く必要がある? こっちは役員だから、来ただけなんだが」
「それなら、役員として、きちんと仕事をしてください。一週間でやったつもりなら、甘すぎます。せっかく機会をくれた人たちからリコールされても文句は言えませんよ?」
もし、リコールされても、私は知らない。やらない人たちが悪いのだから。
「まあ、そうなんだけどさぁ。何か、有栖川先輩と言い方似てきてない?」
「気のせいです」
双葉瀬先輩にそう返す。
私は別に意識して言い方を似せてるつもりはない。
「それで、出て行くのか行かないのかどっちだ」
有栖川先輩が尋ねる。
「出て行くつもりはありませんよ」
一ノ瀬先輩が言う。
私が仁科さんに目を向ければ、彼女はびくりと身体を揺らす。
ふむ、自覚はあるみたいだけど、どうやら早く出て行きたいということだけは、理解できる。
(さて、どうしたものかね)
私が促せば出ていけるのだろうが、その前に仁科さんが怯えたことに対し、咎めるような目を向けてくる八神先輩をどうにかしなくてはいけない。
仁科さんにほとんど非はないのだろうが、私としても悪者にはなりたくないし、されたくもないが、彼女の異能のせいだとし続けた上に思い込むことにも疲れてきた。
それに、と時計を見れば、最終下校時刻である。
「では、時間も時間だし、私はもう帰るので」
「逃げる気か?」
帰ることを伝えれば、そんなことを言ってくる八神先輩。
「まさか。ちゃんと時間見てから言ってくださいよ。それに、私は皆さんと閉じ込められるのが嫌なだけです」
まあ、いざとなったら、異能で出ればいいだけだから、閉じ込められても別に構わないんだけど、あの面々と閉じ込められるのだけはごめんだ。
「あ、あのっ、桜庭さんっ」
帰り支度をし始めた私が本気で帰る気だと知り、チャンスだと思ったのだろう仁科さんが慌ててか声を掛けてくる。
「何?」
「わ、私も一緒にいい……?」
ぎょっとする役員たちに対し、私に向けられた目からは、断られたらどうしよう、という不安そうな気持ちが伝わってくる。
「……好きにすれば?」
別に断る理由も特に無いから、どちらでも取れる返事をすれば、安堵するような雰囲気が仁科さんから伝わってくる。
「ありがとう」
ふふっ、と微笑む仁科さんが、生徒会室のドアの前にいた私の所まで寄ってくる。
何か、親鳥に付いてくる雛みたいだ。
「それでは、先輩方。申し訳ありませんが、戸締まりの方をお願いします」
そう言って、今度こそ生徒会室から出て行く。
待て、だとか仁科さんの名前を呼ぶ声が聞こえてきたけど、困った顔をしたままの仁科さんすら無視して、私たちは昇降口へと到着する。
「……あの、桜庭さん。ありがとう」
先に靴を履き替えた仁科さんが、若干照れながらも、改めて礼を言ってくる。
「ああ、別に気にしないで。イライラしていたのは事実だし」
「そっ、か」
その後、また明日ね、という彼女に、同じように返し、私は自転車を取りに行くために、駐輪場まで歩いていくのだった。




