第二十九話:生徒会役員選挙(本番)
かつん、と靴音を鳴らし、現時点までの生徒会役員が壇上に並ぶ。
それが、真横からでなければ、私だってもっと違う感想を言えたかもしれないのだが。
(ああ、みんなの視線が痛い……)
そりゃあ、男六人の中に女一人なら目立つに決まってる。
そして、人数の事だが、私は数え間違えてはいない。だって、反対側から来た面々の中に、同学年の男子がいたから。
それを見て、そうきたか、と岩垣先輩と有栖川先輩は呟いていたけど、どうやら予想通りだったらしい。
え、何。いつの間にか内部分裂でもしてたの?
「桜庭には悪いけど、『推薦枠』を発効するから」
「……はい?」
岩垣先輩からすれ違い様に言われ、思わず咄嗟に聞き返してしまった。
岩垣先輩は何事も無いかのように、前に立って話しているけど、有栖川先輩の表情は笑顔よりは遠く、厳しめである。
どうやら、先輩方は何かの危機感を察知したらしい。
ただ、その危機感が何なのか、私には分からないけど、副会長たちが役員権限で私と同学年の彼を捩じ込んできたのではないのか、というのは二人の推測。
(まさか、仁科さんじゃなくて、私を生徒会に入れようとしたから?)
でもそれだったら、権限を使って仁科さんを生徒会に入れればいいだけのこと。
……いや、今気にするべきはそんな事じゃない。
岩垣先輩の挨拶ももうすぐ終わるし、これからが勝負なのだ。
私もそろそろ切り替えよう。
千錠学園高等部、生徒会役員選挙の選挙演説の開始である。
☆★☆
先に言えば、いろいろと厳しかった。
何が、と言えば、役員たち(岩垣先輩と有栖川先輩を除く)の演説内容もそうなのだが、いくら生徒会役員のファンたちでも、現在の目と意見は厳しかった。
そもそも、千錠の生徒会役員選挙は少しばかり変わっており、投票権を持つ生徒たちの代表数名と質疑応答形式で話すことになっている(今見ている限りでは、投票権を持つ生徒側の疑問に対し、役員側が答えているようなものだが)。
『大体、一人の女子に現を抜かす貴方たちに、役員と今の仕事が務まるとは思えません!』
おお、はっきり言うなぁ。あの先輩。
何人かが同意したのが分かる。
『だから、挽回の機会を……』
『挽回する機会なんて、山ほどあったでしょ!?』
『っ、』
あらら、黙っちゃった。
だが、あの人の言う通り、機会なんて山ほどあったはずだ。
仁科さんに会いたければ、さっさと仕事を終わらせてからにすればよかったものを、それをやらないから、やらなかったから、責められても文句は言えないのだ。
『とりあえず、この件は長引きそうなので、一度彼女の件に移りたいのですが、よろしいですか?』
隙を見て、代表者であろう(おそらく)先輩に岩垣先輩がそう尋ねる。
『構いません』
どうやら相手の先輩も長引くと判断したのか、少しばかり話題を変えることにしたらしい。
一歩引いた岩垣先輩に対し、有栖川先輩がこっちに視線で促してくる。
はいはい、分かってますよー。
『先日の張り紙の件もありますが、生徒会長から副会長に指名された一年の桜庭鍵奈です』
とりあえず、爆弾は落としておく。
私が前に出た時点で女子の先輩方から厳しい目を向けられたけど、中には見定めるかのように目を細める人がいるのにも気づいた。
『そう、貴女が……』
うん、何か怖い。
『私、貴女にいくつか聞きたいのだけど』
『何でしょう?』
やっぱり生徒側の代表なのか、ずっと質疑応答をしていた先輩に目を向ける。
『一つ。貴女は指名される前に、生徒会の仕事を手伝っていたようだけど?』
『あれは、手伝いを会長に頼まれたから、引き受けたまでです』
これは事実だ。
全生徒の代表に頭を下げられたら、引き受けるしかないではないか。
それに、証人ならうちのクラスメイトたちがいる。
というか、手伝っていたのが私だと、よくご存じですね。先輩。
『何故、引き受けたのかしら?』
『以前、お世話になった先輩だったので。借りを返したまでです』
まあ、その借りはたーっぷりとあるから、少しずつ返す必要がありますが。
『では、次です。役員を引き受けた理由は何かしら?』
『先程と同様、先輩に借りを返すためです。一度で返しきれる程度のものではないので』
岩垣先輩からの借りは多い。
だから、私は数回に分けて、返すしかないのだ。
『そう。貴女の真面目な部分は分かったわ。けれど、私たちの妨害があるとは思わなかったの?』
『思いましたよ? けど、やられたらやり返せばいいだけなので』
質疑応答担当の先輩が顔を顰めた。
一方で、頭を抱えてる面々がいるのも理解した。
多分、朝日たちだろう。部分的に暗いから、はっきりとは分からないけど。
『それに、反対派がいるのを分かりながらも前に立つ以上、危害を加えられる覚悟は必要だと思ってましたし。危険異能の持ち主でない場合なら、私一人でも何とかなると思ってますから』
事実、どうにかできる。まあ、そのほとんどは時と場合次第だけど。
でもこれで、ある程度の人を敵に回したのかな?
『私たちが貴女の反対派だと、知ってたの?』
『誰がいるのか、何人いるのかは知りませんでしたが、先程までの会話である程度、把握することはできました』
『そう』
どうやら、この件については納得してくれたのと同時に、選挙に関係ない無駄な争いも避けてくれたらしい。感謝します。
『じゃあさ』
でも、横から声が入り込んできた。
『僕たちがいつも一緒にいる例の彼女のことは、どう思ってる? 生徒会役員にしようとしていたら、どうする?』
声の主は双葉瀬先輩だった。
例の彼女とは、仁科さんのことだろう。
でも、この問いを向けられたのは?
『それは、どちらへの問いですか?』
『両方』
ふむ。
『私としてはどうでもいいです。先輩方が彼女と一緒にいようがいまいが、きちんとやるべきことをやってくれるのなら、私には関係ないので』
仁科さんを役員にしたければ、すればいい。反対派を抑えられるのなら、だけど。
って、あれ? 岩垣先輩だけでなく、有栖川先輩まで頭を抱えた?
他の人たちも顔を引きつらせている。
『ぶれないなぁ、君は』
『呆れを通り越して、他の何かになっているような言い方ですね』
岩垣先輩の言葉に、思わずそう返してしまった。
『それで、彼女の生徒会入りは認めてもらえるのかな?』
『まあ、『推薦枠』ではないとはいえ、『権限』で指名されたのなら仕方ありませんね。有効期間は次の選挙までですし』
代表である先輩の言葉を聞いていたのであろう生徒たちがざわめいた。
『まずはーー』
「認めませんわ!」
代表である先輩が続けて何かを言おうとすれば、マイクにより放たれる声に負けないほどの声により遮られる。
『……えっと?』
先輩たちが戸惑ってる。
せっかく、問題が一つ片付きそうな雰囲気だったのに。
『大体、一年生で生徒会とかよろしいんですか!?』
『確かに気持ちは分からなくはない。だが、一年生でも二学期からなら立候補などが可能となることは、君たちが知っているはずだが?』
いつの間にマイクを手にしたのか遮った人物の疑問に、岩垣先輩がそう返す。
まあ、外部生ならともかく、内部生がそれを知らないのはおかしい。いや、みんながみんな、知っているとは限らないが。
『ええ、確かに知っています。ですが、もし彼女が役員たちに近づくために役員になろうとしているとしたら、どうなんです?』
ふーん、そう来たか。
みんなの目がこちらへ向くが、その種類はバラバラだ。
真偽を知るための目。
どうするのかと尋ねるような目。
どちらでもなさそうな、傍観姿勢の目。
少しばかり息を吐く。
『ありえません。というか、地位とか今はどうでもいいです。頼まれたから引き受けた。引き受けたからにはやり遂げる。それでは駄目ですか?』
知り合いなら分かると思うが、私の優先順位は家族以外だと朝日と京がダントツだ。
身内や仲間、それなりに顔見知りでない限り、私は必要だと判断しなければ自分からあまり動かないし、興味を持たない。生徒会だって、入学式の時に見て、岩垣先輩がいるなぁ程度だったし。
だから、役員たちを警戒していても、面倒だと思っていても、あっさりと引き受けてしまった部分があるのかもしれない。
(……って、あれ? それって何かマズくない?)
確かに落差が激しいこともあるけど、いろいろ頼まれて断れないタイプだと思われても困る。余計なことまで引き受けざるをえなくなる。
結局、やることは変わらないがな!
『……つまり、彼らに興味はないと?』
うん? 何か雲行きがおかしい……?
『興味云々とはーー』
『とりあえず!』
私が答えようとすれば、今まで様子を見守っていたのか、代表である先輩が声を上げた。
『貴女の働きは、文化祭と体育祭の盛り上がりで判断させてもらいます』
……うん?
確かに成果次第では、私は一般生徒に戻れるわけだし、もちろん、全力で盛り上げるつもりではいるけど。
それに、文化祭と体育祭で、ってことは、その間は役員として動くことが認められたってことでいいんですかね?
『分かりました』
私はこれで更に引き返せなくなった。
さて、意図的に逸らしたのかどうかは分からないけど、先輩に遮られ、私の返答を聞くことができなかった彼女はどうしたのか。
話しているときに、先輩が何かを探っているような気配はあったけど。
というか、先輩。さっきのは遮られた仕返しですか?
「何か、厄介なことになったな」
岩垣先輩が小さく舌打ちしながらそう告げ、どうすんだ、とこちらに目を向けてくる。
「どうもしませんよ。ただ、彼女のせいで犠牲が出るのだけは防ぐつもりでいますが」
規模次第では、私のことーー異能とかが露呈しても仕方ないと思うけどね。
「一体、どうするつもりだよ」
そんなの決まってる。
でも、そこで本番直前の有栖川先輩の言ってたことを思い出す。
『あと、派手なパフォーマンスなんて、考えなくていいからな?』
いや、時と場合次第では、これは絶好の機会ですよ。先輩。
「全ては相手次第ですがーー異能には異能を、です」
まあ、朝日のようには行かないだろうけど、私も防壁は使えないわけじゃない。
そっと息を吐いて、全体を見渡す。
私が岩垣先輩の権限でなった、副会長でいられる期間は来年の五月に予定されている『前期生徒会役員選挙』まで。
質疑応答担当だった先輩の言う通り、まずは数週間後に控えている文化祭及び体育祭を成功させなければいけない。
(大丈夫。きっと、大丈夫)
ここは、あそことは違う。
きっとあの時の二の舞にはならないだろうし、困っても助けてくれる人はいるはずだ。
そして、引き受けた以上は、やり遂げるまで。
(だから、大丈夫だ)
そう自分に言い聞かせる。
でもーー
「鍵依、先輩……?」
私と鍵依姉が重なって見えた岩垣先輩が、小さくそう呟いていたなんて、私は知らない。




