第二十二話:やってきた者たちと『姫』となった者
今回は鍵奈視点、三人称
なお、今回は☆★☆ではなく、空行で場面変更してあるため、ご注意ください
こんなの、聞いていなかった。
保健室の先生が家の都合で辞めることになるのは、夏休みの出校日に噂として聞いていた。
でも、その代わりに来たのがーー……
『本日より、千錠高校の保険医となりました雪原塁です』
そう自己紹介するその人に、私は一瞬固まった。
「な、んで……」
せめて、一言ぐらいあっても良かったんじゃないのか。
「かっこいー」とか「私、ケガしても良いかもー」という主に女子からの声が聞こえるが、残念。アレは婚約者持ちだ。
とりあえず、隠していた件については後で問い詰めるとして、だ。
(何で上は、次から次へと問題を私に押しつけるんだ)
始業式終了後、担任とともに転入生としてこのクラスに来た男女ーー咲良崎和花と風峰黎。
特に、彼女ーー和花とは顔見知りなせいか、目があった際ににっこりと笑顔を見せてきた。
和花のいる咲良崎家は錠前時家傘下の家系であり、錠前時の姫候補でもあるが、彼女の場合はすでに決定事項であり、そんな彼女についた二つ名は『桜姫』(なお、『咲良姫』ではない)。
そして、何故か変なところで私をライバル視する彼女と、夏休み中に訪れていたお爺ちゃん宅で剣道対決もした。私も久々だったから引き受けたけど、彼女との対決理由が錠前時に関することだったのは、あまり触れたくない。
私は学校で良くて錠前時の関係者止まりにしたかったし、あまり確証を与えるようなことはしたくはなかったけど、和花の転入という過ぎたことを言ったり気にしたりしても仕方ない、と開き直ってみる。
一方、彼ーー風峰黎については、
「俺、あんたが俺の婚約者だって、聞いてたんだけど」
と、クラスメイトたちの質問責め終了後、場所を移り、錠前時関係者(私、朝日、京、和花)で集まった時に、近づいてきた彼からそう言われた。
「はい?」
婚約者……?
どういうこと、と朝日たちも思ったのか、戸惑うような目を向けられたけど、はっきり言って、私が知りたい。
ただ、ちょっと待って、と携帯を開けば、両親からメールが来ていた。
『あのね、送った写真、鍵奈ちゃんの婚約者』
その画像を見て、思わず怒りで携帯を壊しそうになったけど、
「ちょっ、」
「きーちゃん、ストップ!」
と隣で見ていた朝日と京も抑えてくれたため、壊さずに済んだ。
とりあえず、そのことをお爺ちゃんに報告してみれば、
『あいつらが決めたことだからなぁ。無かったことにもできるが、邪魔なアピールは減るし、牽制にもなる。どうするかは自分で決めなさい』
そう返ってきた。
確かに、メリットとデメリットを考えれば、メリットの方が大きいけどーー
「親から他に何か聞いてない?」
「特には」
マジか。
「まあ何だ。私たちは、親同士の決めた婚約者なわけね。だから、別に私たちが互いに干渉しようが干渉しまいがどっちでもいい、ってことね」
でも、両家の体裁は守る必要はあるため、ある程度の振りは必要なんだろうけど。
「で、きーちゃん。保健室、行くんでしょ?」
「当たり前」
鍵依姉に聞いてもいいんだけど、本人が近くにいるなら直接聞いて、事情を説明してもらう必要がある。
で、保健室。
ちなみに、私は滅多にお世話にならないため、保健室ってこんな感じだっけ? と思ったのだが、やはりと言うべきか、大勢の女子生徒たちが押し掛けていた。
とりあえずーー
「ん? 写真?」
「うん。一応、ね」
携帯のシャッター音が聞こえたのか、新任保険医がこちらに気づいたらしい。
「はいはい、本当の病人や怪我人に悪いから、健康なら出て行こうなー」
そう言いながら、女子生徒たちを保健室から追い出そうとする保険医。
「はぁー。それにしても、ようやく来たか」
「ふーん、来ること分かってたんだ」
息を吐きながら言ってくるのを見ると、どうやら私が来ることは分かっていたらしい。
「で、鍵依姉の元を離れて、この学校に来た理由は?」
「単刀直入だな、おい」
「そうじゃないと、答えてくれないでしょ。雪原先生?」
わざとらしく先生と呼べば、嫌そうな顔をする。
「お前に『先生』と呼ばれると、嫌みにしか聞こえないな」
「これからそう呼ばれるんだから、慣れてよ。で、目的は?」
「……お前の暴走制止だ」
多分、この人が千錠の保険医となったのは、御剣先輩の件が発端かなぁ。
「大体の予想はしてたけど、指示を出したのは姉さんでしょ。原因は五月の時の件」
あの時は御剣先輩の情報を集めるために、上に勘づかれないようにしながらもわざわざ動かしていたからなぁ。
鍵依姉に心配されても仕方がなかったわけだけど。
「あのなぁ。分かってるのなら、何で首を突っ込む」
「それはーー」
「きーちゃんだからね」
答えようとしたら、朝日に遮られた。
まあ、保険医の言いたいことが分からないわけじゃないけど、私もちゃんと無茶や無謀の境目が分からないわけではない。
「それで片づけるな、宮森。大体、あの時はーー」
「あの時の件はまた後で話すとして、ここは学校ですよ? 雪原先生」
まだ何か言いたそうな保険医に、ここで話すような事じゃない、と朝日が笑顔で牽制する。
仮にも姫である和花からも目を向けられているのに気づいたのか、溜め息を吐くと、言うのを諦めたらしい。
「まあ、とにかく、教師就任おめでとう」
「ああ。保険医だがな」
『おめでとう』なんて、私は滅多に言わないんだぞ? 自分で言うのもあれだが。
それでも、やっぱり姉さんの元を離れたのは許せないが、それが本当に姉さんの指示だというのなら、仕方ないとも思う。
(私も、この人も、姉さんには逆らえないから)
思わず、そう思ってしまう。
「それじゃ、私、姉さんに連絡入れたいから、一旦抜けるわ」
「ん、りょーかい」
朝日に言えば、許可してくれたため、
「じゃあね、雪原先生」
と告げ、保健室から出て行く。
だからーー
その後の会話について、私は知らない。
「まーだ、認めてもらってないんですね」
「おい、宮森。さっきから何だ」
「あと一歩なのにねー」
「本っ当に、何が言いたい。言いたいことがあるなら、ちゃんと口にしろ」
塁の言葉に、朝日が呆れたような顔をする。
「きーちゃんが反対してる理由を分かってて言ってますよね、それ」
鍵奈が姉である鍵依と塁の関係ーー婚約者というのを認めないのは、単に自分の中で気持ちが追いついてないためである。
鍵依が塁と出会い、婚約者となったのは、鍵依が『姫候補』になって、一年経つか経たないかの時であり、鍵奈が高校受験するかしないかの時期でもあった。
鍵依が『錠前時の姫』になれば、家を離れる必要が出て、当時中学生の鍵奈は、その時から一人暮らしすることになる。そのため、鍵依は鍵奈が高校に入ったと同時に『錠前時の姫』となることにしたのだ。
結果、今では『錠前時の姫』である鍵依だが、『錠前時の姫』となったことと塁との婚約のため、家を出たのがほとんど同時期な事もあり、鍵奈としては頭で理解していても、気持ちが追いついてない、というわけである。
「……ああ」
塁とて、分からないわけではない。
鍵奈のことは鍵依から聞いていたし、鍵奈と一緒にいることもあったから、どんな性格なのかも理解していた。
「それならーー」
「朝日。もう、それぐらいにしておけ」
「そーよ。あの子は、私とも貴女たちとも違うんだから」
まだ何かを言おうとする朝日に、京と和花が止める。
新学期早々、転入早々、問題は起こしたくはない。
「お前らも、もう出ていけ。俺もいろいろとやらないといけないからな」
追い出しにかかる塁にどこか不服そうにしながらも、朝日は最後に一言言って出ていく。
「鍵奈の古傷を抉ったり、変なこと思い出させたりしたら、許さないから」
とーー
というわけで、錠前時の姫、婚約者、保険医の登場です
補足するなら、塁が桜庭姉妹と知り合ったのは、塁が高校生(三年)、鍵依が中学生(三年)、鍵奈が小学生(六年)の時です




