第一話:桜庭鍵奈と幼馴染たち
第一章:一学年一学期・桜庭鍵奈とゆかいな仲間たち
本編、スタートです
カチャカチャ、カチャカチャ。
「すまんな、俺が鍵を無くしたばかりに」
「いえ、問題ないですよ」
そう言って、私は鍵を無くした担任の、開けられない引き出しを開けるために、ピッキング器具で奮闘中である。
カチャカチャ、カチャン!
「あ、開きました」
「おお」
担任は驚いたように言うが、あんまり驚いてないのだろう。
先程、学園長から「金庫を解錠してくれ」、と頼まれ、「後で必ず数字を変えて、覚えておくように」、と強く言ってから金庫を解錠したのだが、その後に担任の引き出しの解錠作業を頼まれ、冒頭に至るわけだ。
「それと、この引き出しの鍵と思われるものなんですが……」
そう言いながら、担任に鍵を渡す。実は、机と机の間に落ちていたのだが、担任はちゃんと探していたのだろうか、という疑問が浮かぶも、見つかった鍵により、呆れてどうでもよくなった。
「それでは、失礼します」
目的の仕事は終えたので、私は教室に戻るために、職員棟を後にした。
入学式からすでに一ヶ月が経った。
あの後、千錠高校のオリエンテーションで予告されていた(入学式後としか言われていなかったが)実力試験が行われ、がっくりした覚えがある(ちなみに、三人揃って成績は平均点より高めである)。
そして、今日から二週間後には中間試験があり、その後は林間学校か臨海学校のどちらかが行われる予定である。中には三年間とも林間学校だったり、三年間とも臨海学校だったりした先輩たちもいたらしい。
さて、私たちはどっちになることやら。
その後に期末試験がある。
何故、林間or臨海学校と期末試験を逆にしない。
というか、中間試験と期末試験は時期で分かるが、林間or臨海学校があるのは予想外だったよ!
……いや、オリエンテーションで説明はされたけど。
そんなことを思いながら歩いていたら、いつの間にか教室に着いてた。
「あ、桜庭さん!」
クラスメイトの女の子が戻ってきた私に気づいたらしい。
「結局、呼ばれた理由ってーーって、前と同じか」
「うん、まあね」
解錠作業は以前にもあったため、理由を尋ねようとしたけど、多分前と同じだと判断したらしい。
そんな時だった。
「きーちゃん、助けて!」
朝日がそう叫びながら、教室に入ってきたのは。
「朝日? また何かあったの?」
息切れしながら入ってきた朝日に、何事か、と目を向けてきたクラスメイトたちだが、私の時と同じように、「何だ、またか」と言いたそうな反応で自分たちの会話に戻っていた。
今更だが、たった一ヶ月でみんな順応性良すぎないか?
「あのねっ、私に告白してきた人が居るんだけど……」
「自慢なら聞かないわよ」
さっき『また』と言ったのは、目の前の我が幼馴染が今月に入って何回目になるのか分からない『呼び出し』でうち半分が告白のためだ(残り半分は、嫉妬などから来る同性からの『呼び出し』)。
大半の人が一目惚れらしいが、私としては、何故もう一人の幼馴染が私よりも朝日とともにいることが多いのに、虫除けの役目を果たせていないのか分からない。
いっそのこと私が男装でもしてやろうか。
「ちゃんと聞いてよ。それにきーちゃんだって、モテるじゃんか」
不機嫌そうに朝日がそんなことを言った。
というか、私がモテる? ご冗談を。
「朝日」
名前を呼んで、それ以上言うな、と止める。
まあ、事実を言うのであれば、同性に、だがな!
「ごめん。それで続きだけど、その告白してきた人にごめんなさい、って返したの。そしたら、ナイフ出されて……」
……え。
「な、ナイフ? というか、ケガしてない?」
「うん、大丈夫。その人、最初から持っていたのかは分からないけど」
慌てて確認すれば、ケガはしてないらしい。
せ、セーフ!
朝日がケガしてたら、朝日のお兄さんから何言われることか。
いや、そもそもセーフとかじゃなくって。
「なら、いいけど」
「うん、心配させてごめんね」
朝日が謝ってくる。
ああもう、この娘は……
「にしても、ナイフねぇ……」
どんなナイフかは知らないが、どちらにしろ物騒だ。
そもそもーー
「ヤンデレか、そいつは……」
とっさにそう思った。
いや、全員が全員、そうとは限らないのだが、告白にナイフと言われると、そんなイメージが湧くんだよなぁ。
「『貴方を殺して、私も死ぬ』、みたいなことは?」
「期待外れで悪いけど、それはない」
見事なまでに即答である。
そんでもって、現実にあったら引く。
「こほん。でも、先輩だろうから、強く言えなくて……隙を見て逃げてきたの。どうしよう、きーちゃん」
軽く咳払いし、困ったように言う朝日に、私は一度溜め息を吐き、親指をもう一人の我が幼馴染に向けて言ってやる。
「なら、南京錠に護衛してもらいなよ。一応は安全だから」
「南京錠言うなって、毎回言ってるだろうが。鍵奈」
ほら来た。作戦通り。
「はいはい。分かってるわよ。でも『南錠京』って、南京錠って言えって言ってるようなものじゃない」
「ちょっと待て。俺の『じょう』は鍵の『錠』じゃなくて、人偏の『じょう』の『條』だ。今の言い方だと、鍵とかで使う『錠』に聞こえるぞ」
……む。
「いちいち細かいわね。男ならそれぐらい気にしないでよ」
「お前の場合、いつも俺のことをちゃんと呼んだ試しが無いだろうが。あったとしても、何かあるときだけだろうが」
くっ……!
まあ、わざと呼んでないし、そもそもーー
「いいじゃない。朝日には、まともに呼んでもらってるんだから」
そう、朝日にはちゃんと呼ばれている。
「京くんは、きーちゃんにちゃんと名前で呼んでほしいんだよね」
どこかにやにやしながら言う朝日に、私が京に目を向けてみればーー
「まあ、それはそうなんだが……」
何とも言えなさそうな反応だな。
どっちだよ。
「そうだ、朝日。さっきのこと、言ってみれば? 護衛してくれるよ」
「は? 護衛?」
私の言葉に、京が怪訝そうな顔をする。
「朝日がストーカーに遭いそうだから、その予防として、あんたに護衛してもらえって言ってたの」
「きーちゃん、ストーカーじゃないよ」
朝日はそう言うが、可能性は低くない。
何せ、相手はナイフを出してきたのだから。
「相手はヤンデレの先輩らしいから、頑張って朝日を守りなさいよ」
あ、ヤンデレは確定なんだ、と聞こえてきたが、ヤンデレの後には(仮)が付くからな?
「お前はどうするんだよ」
「一応、用意はしておくわよ。朝日だけじゃなく、あんたもケガしたら動く」
「きーちゃん、京くん。ごめんなさい」
京の言葉に私が返せば、朝日が申しわけなさそうに謝ってくる。
「だったら、謝る前に相手がどういう奴だったか教えなさいよ」
私や京もいるのだから。
「えっと、茶髪の……多分、先輩だったよ」
「今時、茶髪って、結構居るよな」
思い出すかのように言う朝日に、京が横からそう告げる。
でも、それには同意だ。
「他には?」
「えっと……」
さすがに上級生(仮)と茶髪という情報だけでは、人物を特定するのは難しい。
「しょうがないなぁ。長髪、短髪。どっち?」
「どっちかって言うと、短い方だと思う。でも微妙だった」
朝日に思い出してもらいながら、一つずつ確認していく。
「そう。じゃあ次ね。『先輩』って言ってたけど、二年と三年どっちか分かる?」
「二年生だと思う」
さっきからあやふやだった問題点。
「だと思うってことは、三年にも見えたわけだ」
「正直、学年ははっきり分からない。雰囲気は二年生っぽかったけど」
二年生っぽかった、ねぇ……
同学年の可能性が無いわけじゃないけど(むしろ、その可能性の方が高い)、朝日が上級生だと感じたのなら、上級生から調べた方がいいのかもしれない。
「うーん、とりあえず調べてみるよ。誰か分かるまで、朝日の護衛お願いね。京」
「何か頼むときだけ名前を呼ぶのを止めろ」
私の頼みに、京はそう返しつつ、軽く睨んできた。
今のは、わざとじゃなく、素で呼んでいたんだけど……まあいいか。
そして、朝日が何やら笑顔だった。原因は貴女ですよ?
「で、引き受けるの? 引き受けないの?」
「引き受けるよ。幼馴染の危機だしな」
それを聞いて安心した。
「さっすが南京錠」
「南京錠言うな!」
そう返してくれるだけでもありがたい。
「あと、朝日。囮になろうとかバカなこと考えないように」
自衛が出来るならまだしも、朝日は敵意の無い物理系に弱い。
だから、少しでも対抗できる京を護衛役にした。
「ん、きーちゃんも気をつけて」
「まあ、私の場合は調べ終われば、相手次第だけどね」
そう、相手について調べ終われば、あとは相手次第。
そして、相手が強攻手段に出たときの作戦も必要になってくる。
「それでも、気をつけて」
「無茶だけはするなよ」
改めて言ってくる朝日に、京までそう言ってくる。
「危なくなったら逃げるわよ」
時と場合によっては応戦することになりそうだが。
「ならいい」
分かっていながらの返事だろう。
何せ、私たちは幼馴染だ。
「それじゃ、早速始めますか」
朝日をストーカー化しそうな人物から守ることをーー