第十五話:その日の夜に
今回は鍵奈、京視点
ようやく落ち着けたのは夜だった。
「疲れたー」
真衣が敷いてあった布団に飛び乗る。
ちなみに、この施設にある寝具はベッドではなく、布団である。
「でもって、痛い……」
「でしょうね」
本当に痛いらしい真衣に思わず、呆れた視線を送ってしまった。
ベッドではないのだから、思いっきり飛び乗れば痛いに決まってる。
現在は夕食と入浴を終えた後の自由時間。トランプしたり、枕投げしたりしてもいいのたが、金持ちの子息令嬢がいるためか、前者はともかく、後者は微妙なところ。
さて、そんな私の同室は、朝日に真衣、霞の三人である。
朝霧霞。
真衣同様にクラスメイトで、真衣の親友兼幼馴染(初等部からの付き合いらしい)。
明るい性格の真衣とは逆に大人しめな性格であり、彼女の制御役でもある。私たちで例えるなら、朝日に近いタイプじゃないのかと思う。
名前呼びに関しては、真衣の影響があり、名前で呼んでいるけど、霞は霞で私たちを名字で呼んでいる。強制するつもりもないし、好きなように呼んでくれればいい、と言えば、ありがとうと微笑まれた。
「次、桜庭さんの番だよ」
「あ、うん」
自由時間とはいえ、トランプで出来るほとんどの遊びはし尽くしてしまった。今はババ抜きをしているが、これも二回目である。
「ねぇー、いっそのこと恋バナしない?」
「でも、このメンバーで恋バナって……」
私たちは朝の恋バナもどきがあったので、しなくてもいいか、と後回しにしていたのだが、真衣と霞については分からない。
「いーのいーの。私、二人にもまだ聞きたいことあったし」
にこにこと笑顔の真衣に、朝日とともに顔を引きつらせる。
絶対に逃がさない。
真衣の雰囲気はそう言っていた。
「で、二人は南條君のこと、どう思ってるの?」
真衣が単刀直入に聞いてきた。
ちなみに、霞は真衣が恋バナと口にし始めたときから、にこにこと完全に傍観態勢を貫いている。
つまり、助けを求めても期待できない、ということだ。
「で、どうなの?」
「どうって……」
「言われてもねぇ……」
真衣の問いに、朝日と二人で苦笑する。
それにしても、京に対してか。何て言えばいいのやら……。
私は、京が朝日を好きなことを知っている。
本人からそれっぽく聞き出せば、認めていたし、私も反対ではないから、手を貸さないつもりはないし、邪魔するつもりもない。
ちなみに、手を貸すのは、今の林間学校みたいな行事の間だけ。それ以外は、全て京次第。突っ込みすぎると、却ってお節介な上に邪魔になり、朝日に疑われては意味がない。
「幼馴染だよ。小学校の時からの、ね」
はっきり言って、私はそれしか言えない。
「私もそうだよ? 京くんとは幼馴染」
朝日もそう言うけど、仮に朝日が京を好きだとすれば、私が側にいるから気を使って本音は言えないんだろう。
これが当たっているとは思わないけど、多分、二人とも両想いな気がする。
「本当に~?」
疑う真衣には悪いが、本当に何もない。
「ほ、本当だよ!」
朝日がややムキになって返すが、それは多分、意味が無い。
「ムキにならなくてもいいじゃない。怪しいわね」
あーあ、ほら見なさい。真衣から疑いの眼差しが朝日に向けられた。
「本当に何もないよ?」
「ふーん……」
「き、きーちゃぁん」
そこで私を頼るか。
だが、私としても聞かれっぱなしは不公平な気がするのでーー
「真衣。それ以上問い詰めるなら、私たちも根掘り葉掘り聞いていいのよね?」
「うっ、それは……」
私の言葉は脅しにも聞こえるが、このまま押し問答を続けても意味がない。
私たちのことと自分のことを天秤に掛けたのか、それとも無理に聞こうとすれば逆効果になることを理解しているのか、真衣はそれ以上、何も聞いてこなかった。
☆★☆
「さぁ、京。本命はどっちだ!?」
「は……?」
木戸がいきなりそう尋ねてきた。
なお、木戸は名前を呼んできているが、俺は『真尋』とは呼ばない。呼んでやらない。
「は……? じゃねーよ! 本人たちいないんだしさ。本音言えよ」
頷くのは同室の奴らと集まってきた奴ら。
「応援してやるからさ」
「早く言えって」
「そう言われてもなー……」
急かされるが、何と答えた方が良いのやら。
本命を言うのなら、朝日の方である。
そのことは鍵奈も知っているためか、こういう行事には、必ずどこかで二人っきりにさせようと画策してくる。
中学の修学旅行でも、早く告白しろと場を用意してくれたのに、情けないことに緊張したのと鍵奈が仕組んだんだな、とあっさり気づいたのだが、朝日も朝日で、
「これって、きーちゃんの仕業かな?」
なんて言うもんだから、
「さあな」
とだけ返しておいた。
その時は、バレてるぞ、鍵奈……、と思ったが、言わないでやった。言ったら言ったで報復が怖いし(報復といっても、数日間の無視程度)、第一、朝日の機嫌を損ねることは、俺も鍵奈も望んではいない。
結局、告白は出来ず、鍵奈からは大きな舌打ちを貰った。
(今回もやるのか?)
仮にやるとしても、これからを考えれば、チャンスは最大で五回(明日明後日と来年の林間or臨海学校に修学旅行、三年での林間or臨海学校)。
そして、鍵奈は俺と朝日をくっつけようとしてくるだろう。
それを思案していると、携帯のメール着信を告げる音が鳴る。
部屋の連中が興味津々でこちらを見てくるが、無視してメールの確認する。
『桜庭鍵奈』
ああ、何となく中身が分かった。件名は無いが、中身は分かった。
そして、本文の方を見ればーー
『今回こそは成功させろよ?』
あいつはエスパーかっ!
……いや、異能があるからエスパーも何もないが。
だが、何というタイミングなんだろう。向こうは狙ったつもりはないと思うが……。
「で、何? 誰? どんな内容?」
「メルマガだよ」
答えるとまたしつこそうなので、適当に嘘を吐いてそう返せば、つまんねー、と言う部屋の連中だが、
「で、本命は?」
とあっさり切り替えてきやがった。
さすがに、聞かれてばかりだと理不尽にも思えるので、聞き返してやる。
「どっちだと思う?」
『どっちだと思う?』
これは、俺が鍵奈に尋ねたときの、あいつの返答だ。
確か、その時に聞いたのはーー……
「どっち、って……」
「優しそうな宮森さんかクールな桜庭さんか、だろ?」
何故か真剣に唸り出す部屋の連中。
そして、こいつらから見た二人の評価。朝日に関しては間違ってないが、鍵奈はクール……か?
やや仮定になっているのは、二人がどういう人物か、把握しきれてないからだろう。
入学から二ヶ月経ったが、その月日だけだと二人の全てを把握するには短すぎる。
「宮森さんか?」
「いや、桜庭だろ」
「だよな」
「宮森っぽいけどなぁ」
それぞれが意見を言い合うが、中々朝起きられない俺はやれやれと溜め息を吐くと、布団に入り込む。
「じゃあ俺、寝るわ」
背後で「なにー!」や「夜はまだこれからだぞー」「おーきーろー」と叫ぶ木戸たちの声が聞こえてきたが無視した。
そして、思う。一日目からそんなにはしゃいでいて大丈夫か。
だが、その日の夜。
俺は不思議な夢を見た。いや、夢というよりは、記憶と言った方が近いのか。
『なあ、鍵奈』
『ん?』
呼べば、鍵奈が振り返る。
『聞いてきたってことは、やっぱり気づいてたんだな』
『幼馴染だからね』
そう、幼馴染だから、互いに踏み入れられる境界線も理解しているつもりだ。
『確認するが、お前は俺のこと、好き、か?』
これでは、どこか自惚れているようにも聞こえるが、俺としては確認しておく必要があった。
また、聞いたときの年齢が年齢のため、聞くのはやや照れくさかったが、鍵奈から返ってきた言葉はーー……
『どっちだと思う?』
反応に困る返事を、微笑んで告げた鍵奈。
当時ははぁ? や質問を質問で返すな、とか思ったが、口にはしなかった。
「…………、」
こんな夢を見るなんて、どうやら俺は一日目からすでに疲れているらしい。




