第百十五話:生徒会による出し物会議
「文化祭、生徒会としての出し物を何かやるようにと、先生方から要請されました。どうしましょうか?」
まさか、書類を届けに行っただけなのに、こんな話を持ち帰ることになるとは思わなかった。
そして、話を聞いた先輩たちは頭を抱え、獅子堂君と五十嵐君は、苦笑いなり、表現しづらい表情をしている。
これは……この事について、ちょうど話していたか、予想していたな?
「とりあえず、先生たちには返事は保留にしてもらってますが、そんなに引き延ばせそうにないので、やるのかやらないのかだけでも決めておきたいんですが……」
正直、やるなんて事になったら、私の過労死までの道が一歩進むことになるのだが、そこは上手いことスケジュール管理するしかないんだろう。
「もし、やるとして、だ。お前、夏休みは他にも用事があるって言ってただろうが。そっち、どうするんだよ」
どうやら、少し前に言ったことを覚えていたのか、言外に「時間無いだろうが」と言われてしまった。
「まあ、私は何とかしますよ」
「……」
「それよりも、先輩たちです。進路関係で、出てこられなくなりますよね? どうするんですか」
高校最後の文化祭である。
私たちに気を使わずに、少しでも楽しんでもらいたいところではあるんだけど……
「心配してくれるのは有り難いけど、その点は大丈夫だから、気にしないで良いよ」
双葉瀬先輩にそう返される。
「それで、結局どうするんですか」
「……」
「……」
獅子堂君が意見を促せば、先輩たちは視線を逸らす。
「獅子堂君たちは、夏休みの予定はもう決まってるの?」
「主な予定としては、大会に出ること、宿題やることぐらいだな」
「俺も同じですね。あと、お盆は家が主ですが、身内で過ごすことになってます」
まあ、普通はそんな感じだよね。
「私もほぼ変わらないかな。ただ、身内の集まりに出ないといけないから、約一週間は顔見せできなくなりますが」
「約一週間かかる身内の集まりって何なの……」
「単なる距離の問題です。そこに行って、帰ってくるまでにそれなりに掛かるので、多く見積もっても約一週間ぐらいってだけです」
電車とかで移動しても良いんだけど、あの人たちの相手した後に、電車に乗って帰りたくない。というか、その時間で動いているのがあるのかどうかすら分からないのだから、だったら送り迎えしてもらった方が良い気がする。
それに、『鍵錠選抜試験』含めても、やっぱりそれぐらい拘束されることには変わりないから、嘘はついてない。
「……正直、行かなくていいのなら、行かずに済ましたいところなんですがね」
「そうですよねぇ……」
五十嵐君が同意してくれたが、たぶん私と君とで意味合いが違うと思う。
「まあ、私たちはこんな感じですし、やろうがやらなかろうが、そんなに変わらないので、出し物をどうするのか、話し合いましょうか」
とりあえず、私たち側の大体の予定は話したのだから、こちらの事は気にせず、どうするのかを話し合って決めればいいと思う。
「そうだね」
一ノ瀬先輩と顔を見合わせた双葉瀬先輩が、負けたとでも言いたげに、同意するかのようにそう告げた。
☆★☆
「そういえば、去年はどんな感じだったんですか?」
文化祭定番とも言える出し物案(劇や喫茶店など)を出しながら話していれば、五十嵐君にそう聞かれた。
「去年……」
「去年か……」
目線を逸らすの止めましょうか、男性陣。
「何かあったんですか?」
当然、去年のことを知らないから、五十嵐君は聞いてくる。
「話し合ってたから分かると思うけど、去年は出し物は何もしてないよ。ただ、文化祭の実行委員の人たち含めて、見回りはしてたけど」
「見回り、ですか?」
「何か問題起きた場合、対処する人が必要になるからね。だから、実行委員と生徒会、風紀が何か無いか見回ることになってるみたい」
なるほど、と五十嵐君が納得したかのように頷く。
「まあ、クラスや部活での出し物だってあるから、ずっと見回らないといけないってわけじゃないけどね」
適度に抜けて、適度に入ればいい。
「それじゃ、生徒会で何かやる時間は無いのでは……?」
「否定はしないよ」
だって、五十嵐君の言う通りだし、何も間違っていない。
見回り中に何か問題が発生し、対処するとなれば、それなりに時間が取られることは目に見えているから、出し物が失敗する確率も高くなる。
「だからといって、先生たちから言われた以上、何もしないわけにもいかないんだよね」
「少し気になって、記録を確認してみたが、現状と似たような時の代が存在していた」
姿が見えないと思ったら、資料の確認に行ってたのか。
「それで?」
「その代は出し物をしていた記録があった」
「……どれぐらい前?」
「三年前だな」
まさかとは思ったけど、多分それ、鍵依姉たちだなぁ……
出し物をやり遂げるために、本領発揮しちゃって、通常業務を終わらせたんだろうことは想像しやすい。
「じゃあ、俺たちでも可能ってことですか?」
「五十嵐君、前の人たちと比べちゃ駄目だから」
現状と似たような状況で出し物してるってことは、通常業務だけじゃなく、学校祭関連のことも物凄く頑張って処理したってことだろうし、そもそも私たちは通常業務だけで手一杯だし、夏休みの予定からも時間が無いことは容易に想像できるわけで。
「どうしてもやると言うのであれば、店番とか必要ない休憩所ぐらいしか出来ません」
「……まあ、そうなっちゃうよね」
今まで黙り込んでいた双葉瀬先輩が、呟くように告げる。
「文化祭とか終われば、僕たちは受験勉強とかしたりしないといけないし、かといって、三人に業務を残すような真似はしたくないからね」
自分たちがやらかし、今こうして経験しているからこそ、言えるのだろう。
……そんな様子の先輩に、やっぱり文化祭で何かやろうだなんて思ってしまう辺り、私も絆されたらしい。
「桜庭、『やっぱり何かやろう』は無しな」
「私、まだ何も言ってませんが」
一ノ瀬先輩に指摘されたけど、表情に出てた……?
「確かに言ってはないが、そんな雰囲気は出てたぞ」
何てこった。
いつも通りにしてたはずなのに。
「それで、結局どうするんですか?」
五十嵐君の言葉に、再び唸りタイムである。
「止めておこうか。今年は大会出場の件もあるから、そっちで手一杯ってことにすれば、出し物免除してくれるかも」
双葉瀬先輩の言葉に、ふむ、とも思う。
確かに、大会出場であれば、説得材料にはなりそう……ではあるかな。
「もし、それでも駄目であれば、実行委員会と協力して、裏方に徹するって言うことも追加しておきましょうか」
生徒会顧問である水崎先生たちにもこちら側に付いてもらいたいところではあるが、副顧問である雪原先生に関しては、保険医でもあるから、職員室に居ることすら怪しい。
「そうだね」
「それじゃ、その方針で行くということでいいな?」
その場の全員が頷けば、この話は終わりである。
「……」
「……何かな、獅子堂君」
何か言いたそうな視線を感じたから聞いてみたけど、「何でもない」と返される。
気にならないといえば嘘になるし、視線については気のせいだと思えないから、何か言いたければ、そのうち向こうから言ってくるんだろうけど……
――まあ、分からない状態で気にしても仕方がないか。
そう思って切り替えると、キリの良いところまで終わらせるべく、残った書類に手を伸ばすのだった。