第百十三話:得てしまった『能力』を役立てる方法と、両親のこと
「灯ちゃんに許可取れましたー」
休み明け、いつもの面々にそう報告してみれば、「だろうな」と言いたげな目を向けられた。
「でも、いくら協力が得られたからって、あんたの忙しさは変わらないでしょ」
和花がそう言う。
まあ、確かに“転移”出来るようになったからと言って、私がやるべきことが減ったわけじゃない。
でも――
「他のことが出来る時間は出来たからね」
「……鍵奈」
「今のお前に、その考え方はマズいからな?」
京の言葉に同意するかのように、朝日も頷いている。
「きーちゃん、少しは休むことを覚えようよ。以前に倒れたこと、忘れたとは言わせないよ?」
スッと視線を逸らせば、あちこちから疑いの眼差しを向けられる。
「ったく、能力の持ち過ぎも考えものね」
挙げ句の果てに、和花にまでそんなことを言われてしまう。
「いや、他の人がやるって分かっていてもさ。その人がやり終わるのを待つぐらいなら、自分でさっさと動いて終わらせた方が早くない?」
「それは時と場合によるけど、あんたの場合は働き過ぎなのよ」
「両手が塞がってるくせに、そういうところにまで手を伸ばそうとするから、本来の許容量を越えるんだよ」
そういう点が分かってないとばかりに言われるけど、出来てしまうんだから仕方がない。
それに、そんなこと言ったら、鍵依姉なんて――……
でも、この考え方も駄目なんだろうな、とも思う。
朝日たちだけじゃなくて、和花たちにもバレてそうだし。
「……まあ、桜庭が動かないといけないような状況になってるっていうのも問題かと思うがな」
風峰君の言葉は有り難いが、精一杯のフォローのようにも聞こえてしまう。
「それでも、私はあんまり危ない場所で働いてほしくないよ……」
「朝日……」
本心を言うのなら、私だって危険な場所には立ちたくない。
でも、立てるから。立てるだけの能力を持ってしまっているから。
立てるのに立たなかったら、持たない人たちが傷付くから。
少なくとも――中学の時に、そう判断し、思ってしまったから。
「……そうなれば一番なんだけどね」
ぽつりと付け加えるかのように呟く。
でも、そうならないことも知っている。
私があの『刀』を――『彼女』と一緒にいる限り、戦いの場から逃げることも、参加しないことも許されないだろうから。
「だとしても、決着を付けないといけないものには、決着を付けておきたいからさ」
そんなことを言えば、言い続ければ、きっと戦場からは抜け出せなくなる。
それでも、私が“決着を付けなきゃいけないもの”は、確かに有るから。
「ま、そうだよな。お前と一緒で、俺たちにも“決着を付けないといけないこと”は有るし」
やれやれと言いたげに京がそう言うが、それはきっと朝日も同じだろうから。
「だから、休むのはそれから」
「そうなるといいわね」
和花が何やら含みがあるような言い方をするが、きっと後始末とか終えて以降のことも含んでいるのだろう。
『あの件』が片付いていようがいまいが、巻き込まれたくはないけど、後継者争いとか避けられないだろうし。
「小父さんたち、今年は帰ってきそう?」
「どうだろう? 近いうちに一回帰ってくるだろうけど、去年みたいになる可能性もあるから、分からないっていうのが正しいかも」
「そっかぁ」
正直、仕事で忙しいんだろうけど、帰ってきたら帰ってきたで後継者争い(の話)にも巻き込まれるから、近付きにくいんだろう。
まあ、私たちのことを忘れてないのは、あの大量のお土産で分かるから良いんだけども。
「……いっそのこと」
「ん?」
「いっそのこと、鍵奈に好きな人ができたとかで驚かしてみる?」
和花がそんな提案をしてくる。けど――……
「いや、無理じゃないかな。そもそもそんな理由ぐらいで、帰ってくるような人じゃないし」
「あれ? でも、鍵依さんの時は帰ってきてたよね?」
「あの日は両家の顔合わせの日だっただけで、それが済んだら翌日にはまた飛んでいってたから、私に好きな人が出来たぐらいで帰ってこないから」
あの日、あの時の私は少しでも口を開くと悪口を言いそうになったから、基本的に黙っていることが多く、それを察したであろう鍵依姉やあの保険医にも少し困ったような顔は向けられもした。
でも、私一人が文句を言ったところで何かが変わるわけもなく、結果的にあの二人は婚約者となった。
「だから、遠くから指示して調べはしても、その程度で帰ってくる人たちじゃないの」
「きーちゃん……」
私のことをよく分かってるのは、両親よりも祖父母だろうし、祖父母よりも姉だろうし、姉よりも――『彼女』なのだろう。
「あら、確かに調べはするだろうけど、意外と気にするかもよ?」
「勝手に決められた婚約者候補がいるのに?」
風峰君の方を向いて言えば、まさか振られるとは思っていなかったのか、目を逸らされる。
「彼以外なら、少なくとも顔を見ようとしたりしない?」
「顔を見るのなら、写真とかで十分でしょ」
「……鍵奈」
はぁ、と和花が溜め息混じりに名前を呼んでくるが、やっぱり私にはそれぐらいのことで帰ってくるとは思えなくて。
それに、『婚約者候補』なんて出してきたのも、どうしても『あの件』を気にしてのことだとも思えてきて。
「お茶、買ってくる」
「き――」
全てを聞く前に、財布を持って、教室を出る。
悪いけど、少し一人にしてほしい。
いろいろ話したせいで、頭の中が混乱してるし、思い出したくもない、触れたくもない感情も出てきてしまっている。
「……大丈夫、大丈夫。私は冷静になれる」
自販機で買った冷たいペットボトルのお茶を額に当てながら、そう呟く。
「……」
そもそも、心配だからとすぐ帰ってこれるような仕事をしていたら、今までだってそうしていたはずだ。それが出来ないから、私は今――一人で居るわけで。
『仕方ないことを仕方ないって言ってしまえば、それまでだけど』
「……っつ!?」
突然聞こえた声に、思わず顔を上げる。
『その分、貴女はいろんな人から支えられて、守られてる』
「それは……分かってる」
朝日や京たちだけじゃない。
そこに両親や鍵依姉たちも入ってることは分かってる。
「そこに『貴女』も」
『うん?』
「こうして可能な限り、話し相手になってくれるし、側に居てくれているから、まだ私は『私』で居られている」
だから、そんなに荒れることが無かったりしているんだろう。
もし『彼女』が居なかったらどうなっていたかなんて、大体予想できるけど、それでもそれは『もしも』の可能性だ。
「それでも、私が感じたことは私にしか分からないし、この先も変わらないよ」
『そうだね』
私がこれまでに抱いてきた思いは、この先も私にしか分からない。
もし、誰かに伝わるのだとすれば、うっかり自分で言うか、態度に出たりするぐらいだろう。
まあ、朝日たちには、長い付き合いから、何か隠してるってことだけはバレそうだけど。
――……私はみんなが思ってるほど、そこまで強くない。
やらないといけないと分かってるから、やってるだけだ。
「……あ、戻らないと」
予鈴が聞こえてきたので、立ち上がる。
とりあえず、残りの授業も乗り切ろう。
『私は、いつでも貴女の味方だからね』
その言葉だけでも、少しは浮上できるのだから、私には意外とチョロい部分があるのかもしれない。