第百十一話:彼女と彼の関係性は
「そういえばさ」
和花が何気なくといった様子で、口を開く。
「あんた、ここのところ昼は私たちと食べてるけど、生徒会の方は良いの?」
その質問に一瞬固まったけど、次にはまさかという考えが表れる。
「え、まさか邪魔だった? 私、邪魔だったの!?」
「違うから、とりあえず、落ち着きなさい」
「そもそも、何があったんだよ」
何でそんな飛躍するの、と冷静に告げられたり、京からは事情を聞かれる。
というか、私がここに居る理由に、何かあることを前提にされているんだが、散々トラブルメーカーとか言われてきたから、そういうことだと思ったのだろう。……まあ、移動してきた理由となる何かはあったんだけども。
「ここ二~三日、私が生徒会室に戻ると、あからさまに話題を変えられるんだよね」
だから、先輩たちの中で結論が出るまでは、放課後以外は近付かないようにしたし、私が居ない間に別の話題を出してる時点で、その内容は何となくでも予想できる。
「きーちゃん抜きで話されることに、何か心当たりはないの?」
「え、あり過ぎて分かんない」
「おい」
朝日からの珍しい短めの突っ込みを受けつつ、けどまあ、と続ける。
「一番濃厚なのは、私の正体だろうねぇ」
「そもそも、鍵奈は話してないだけで、隠してないもんね」
「そうなんだよね」
それ専門の人たちが、本気で探れば分かる程度には、隠してるつもりはない。
だって、私がしなくても、祖父を筆頭とした上の人たちや先生たちが隠そうとするし、仮に何かあっても、対処できる実力は持ち合わせてるつもりだ。
「でも、今更じゃないのか? 調べるなら、桜庭に対して不信感が強かった去年にも出来ただろうに」
風峰君のその指摘も確かで、どれだけ書類が残っていようと、あの家の面々ならーー特に一ノ瀬先輩や双葉瀬先輩の家のレベルなら、調べることぐらい簡単だっただろうに。そして、それの流れでーー私の出身中学も、分かったはずなのに。
「何だかんだで、信じてみようと思って、信頼されていったっていう感じじゃないかな」
……だと良いんだけどね。
「というか、本当に抜けてて大丈夫なの? あんた一人居るか居ないかで、処理スピードが確実に違うでしょうに」
「まあ、書類面に関しては、今は落ち着いてきたから大丈夫かな」
だから、以前よりも、若干の余裕があるわけだしね。
「なら、良いんだけど……それ以外も、大丈夫?」
「それ以外って?」
「……分かって聞いてるつもりで言うけど、この先の事よ」
まあ、そうだよね。
「まあ、何とかなるでしょ」
「何とかって……」
心配そうな、不安そうな顔をする和花に、「大丈夫だよ」と返す。
「いざとなれば、選抜試験はお祖父ちゃんに頭を下げてでも変更してもらうし、代役もいるしね」
「……」
私が使い物にならなくなれば、きっちり働いてもらうつもりだ。
けど、その何とも言えなさそうな視線を向けてくるのは何でかな。お三方。
「今年は荒れるね。確実に」
「そうだな」
「いろんな意味で荒れそうだけど、とにかく彼の胃が心配だわ」
「何で、みんなあっちの心配してるのかな?」
納得できない。
けれど、ここで彼について、あまり知らない風峰君が尋ねてくる。
「……? 桜庭が頼ろうとしていて、三人が心配してる奴って、もしかして前に話してた奴か?」
「そうそう。名前は橘鍵夜。分かりやすく言うのなら、男版の鍵奈ってところね」
風峰君の確認とも取れる問いに、和花が頷き、説明する。
いや、その説明が間違っているとは言えないし、否定するつもりもないけど、何か納得できないのは、私の気のせいか?
「何か色々と似てるんだよね。物の考え方とか」
「そう?」
「そうなの。そうね……あんたならどう考えるか、って私たちは考えようとするけど、あいつはあいつで似ているからか、聞けばほぼ正確な答えが返ってくるのよね」
考えとかが似てるからこそ、互いが互いを代役に出来てしまう……それってつまりーー
「えー……それ、何かやだ」
「でも、事実なんだからしょうがないでしょ」
そうは言われても、嫌なものは嫌だし、そっくりと言われてる時点で、私も鍵夜も互いがドッペルゲンガーって言われてるみたいじゃん。
「まあ、近いうちに会えるんじゃないか?」
「なら、良いんだがな」
京が風峰君に告げれば、彼は彼でそう返す。
というか、さっきからじーっと見られてる気がするんだけど。
「私をどれだけ見たところで、あいつのイメージはしにくいと思うよ?」
そもそも、定期的に連絡してるなら未だしも、今のあいつの様子を何一つ知らない訳だし。
「……そうか」
何で少しばかり残念そうなのだろうか。
まさか、私を見ていれば、何となくでも鍵夜をイメージできると本気で思ってはないはずだろうし……
「あ、写真見せようか。留学前のものになるけど」
「写真?」
「撮ってたっけ?」
風峰君が不思議そうにするのはともかくとして、私は鍵夜と一緒に撮った覚えが無いんですが。
「あー、あの時はバタバタしてて、鍵奈いなかったからなぁ」
「じゃあ、知らないはずだわ」
若干、目を逸らされてるのが気になるが、今は写真である。
朝日から「ほら」と差し出された写真には、確かに朝日と京と鍵夜、たまたまその場に居合わせたかのような和花が写っている。
「ああ、いつの写真を見せるのかと思えば、この時のやつだったのね」
和花が納得したように言い、風峰君が私と写真の鍵夜を見比べたりしてるけど、それよりもこの写真、何か見覚えがある気がする。
「ねぇ、朝日」
「何?」
「私、この写真を見たことがある気がするんだけど、見せてもらったこと、あったっけ?」
一瞬、驚いたような表情をされた気もしたけど、私の気のせいなのか、朝日が苦笑いする。
「どうだったかな。私もいつも持ち歩いてる訳じゃないし」
まあ、見せたかどうかなんて、いちいち覚えてるわけないか。
「それで、写真越しだけど、第一印象はどう?」
和花が風峰君に尋ねる。
「まあ、確かに似てると言えば似てるな」
「え……君までそう言うの?」
「だって、似てるぞ?」
私の顔の隣に写真を並べて、風峰君だけではなく、和花たちも見比べながら、時折頷いている。
「何と言うか、本当の兄妹って言われても、信じそうだな」
……はい?
「私たち、兄妹じゃないからね?」
「分かってる」
何で若干、微笑ましそうな顔をされなきゃならないのだ。
それに、鍵夜と私の関係はーー……
「……」
無言でお弁当のおかずを口に入れれば、朝日たちが顔を見合わせる。
「とにもかくにも、無理は厳禁よ。怒られるのはあんたであり、私たちでもあるんだから」
「分かってるよ。面倒な奴らでない限りは、無理も無茶もしません」
そうは言ったものの、みんな信じてないのか、疑いの眼差しを向けられるが、いつものことなので無視である。
「まあ、頑張りなさい。私たちは応援してるから」
どちらについてなのかは告げなかったが、おそらく両方なのだろう。
「ん。とりあえず、次の休み時間に書類の状態でも見に行くことにするよ」
役員である以上、サボりっぱなしも良くないし、何より私が確認しないといけない書類を溜めたくもない。
「そうしてきなさい。他人の事を言えなくなる前にね」
それはきっと、去年の生徒会役員の事を言っているのだろう。
「うん、言われないようにしてくる」
夏休みまで、もう二週間。
それが終われば、先輩たちも顔を出すのが減ることになるだろう。そして、新しい役員がやってくる。
でも、その前にーー私は『移姫』こと、転移系の異能を持つ、『衣緋の姫』に連絡を取らないとなぁ、とチャイムを聞きながら、そう思ったのである。