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七鍵~姫と七つの鍵~  作者: 夕闇 夜桜
第四章:二学年一学期・新たなる出会い
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第百十話:覚悟を決めて


 いつも通り、というか、帰りのSHR(ショートホームルーム)が終わって、生徒会室に来てみれば、まだ誰も来ていなかった。


「一番乗りか」


 私が来たときには、大体誰か一人は居るのだが、こういうこともあるのだろう。

 誰かが来るのを待っていても仕方がないので、とりあえず業務を開始する。


「……遅いな」


 あれから何分経ったのだろうか。

 時間からして、どの教室もSHRは終わってるはずの時間ではあるし、売店とかに立ち寄っていると考えても、やっぱりもう来ていてもおかしくはないと思うんだけど。


「試験の準備……じゃないよなぁ」


 受験生である先輩たちならともかく、獅子堂(ししどう)君や五十嵐(いがらし)君まで遅いのはどういうことだろうか。

 というか、誰か一人でも来てもらわないと、確認書類とか増えて困るのだが。

 もし、昨日のことを気にしているのだとしても、みんななら気まずそうにしながらも来るとは思っていたのだが。


「ーーあ……」


 がらりと生徒会室の扉が開いたかと思えば、こちらに気づいて硬直するという、そんな反応をされる。


「……」

「……」


 そっと目を逸らされる。


双葉瀬(ふたばせ)先輩、私なら昨日のことならもう気にしてないので、気にしなくていいですよ?」

「え、あ、うん……」


 おい、何だ。まさか、私の正体が分かっての反応ならともかく、それ以外ならイラッとするのだが。


「何か言いたいことがあるのなら、正々堂々と言ってください。そうやって、余所余所(よそよそ)しくされても困るので」

「あ、うん……」


 いつも通りなら、しつこいぐらいに「本当に!?」と聞いてきそうなのに、それも無い。


「……双葉瀬先輩」

「何、かな?」

「いつも通りじゃないとこっちが困るので、早急にいつもの先輩に戻ってもらえると有り難いんですが」


 こう言って、すぐに戻るとは思えないけど、直接言わないよりはマシだろう。


「ーーいつもの、僕? 『いつもの』って、何?」

「はい?」

「だって、『いつもの僕』に戻ってほしいんでしょ?」


 なるほど、そう来たか。


「いつもの双葉瀬先輩、ですか……」


 意外とこういうことの説明って、難しいんだよな。


「改めて面と向かって言うとなると、やっぱり恥ずかしいですし、私の主観になりますが、それで良いですか?」

「え……あ、うん」


 この様子だと、まさか返されるとは思ってなかったな?

 いや、私がこの立場でもそう思っただろうけど。


「これは、先輩だけではないのですが、みんな基本的に優しいです」

「……」


 相槌を挟んでこない。

 どうやら、最後まで黙って聞くことにしたらしい。


「で、先輩個人のことを言うと、何かおかしなことを言っては、空気が変わったり、おかしなことになったりもしますが、それが逆に有り(がた)かったりする時があります」


 特に、誰かが触れてほしくない問題の時とか。


「正直、先輩の明るさには私も助かってる部分もありますからね。一概にあのテンションや言い方が悪いとは言えませんよ」

「……っ、」

「何ですか。言いたいことがあるのなら、聞きますよ?」


 文句があるなら言ってみろ。


「いや、うん、本当に優しいね。桜ちゃんは」

「私は優しくないですよ。あと、苦しいです」


 何であの流れで抱き締められているのかは分からないけど、とりあえず苦しかったのは事実なので、そう訴える。


「……」


 あ、無視された。

 だが、どうするんだ。この状況。

 もし、このタイミングで誰かが来たら、確実に誤解されかねないーー


「誤解」


 今、一瞬誰を思った?

 そして、誰が浮かんだ?


 そんなことを考えていたためか、私から双葉瀬先輩が引き剥がされたことに、少しばかり遅れて気づいた。


「何をやってるんだ、お前らは」


 てっきり、一ノ瀬(いちのせ)先輩たちかと思ったけど、正直今はこの人で良かったと思ってる自分がいる。


「つか、桜庭(さくらば)。お前もちょっとは抵抗しろ。こういうことは本来の実力云々と関係ないんだぞ」

「……ごめんなさい」


 素直に謝れば、溜め息を吐かれた。

 そのまま気絶させた双葉瀬先輩をソファーの方に寝かせつつ、引き剥がしてくれた人ーー雪原(ゆきはら)先生が聞いてくる。


「それで、他の奴らは」

「まだですね。おかげで一人で作業してる状態ですが」

「そうか。で、こいつはどうしておく?」

「何やらいつもと様子がおかしいので、とりあえず今は寝かせて、放置しておいてください」


 分かった、と返されれば、業務再開である。

 双葉瀬先輩については、いざとなれば一ノ瀬先輩に任せればいいだろうし。

 それに、私としても雪原先生に詳細を聞かれたところで、抱き締められるまでの出来事しか答えられないので、正直困る。


「……桜庭」

「はい」

「無理だけはするなよ」

「分かってます」


 何だか、疑いの眼差しを向けられてるような気がするが、本当に私はそういう方面での信頼が無いらしい。


「大会当日は水崎先生と一緒に付くことになってはいるから、我慢できなくなったり、限界が来たら、ちゃんと言えよ?」

「だから、大丈夫ですって。朝日たちも居ますし、もし向こうが何かしてくるのなら、もうーー隠しだてはせずに、告げるまでですから」

「いいのか」

「元より、そういう決まりですし、それが少しばかり早まるだけです」


 元々は権力に()り寄ってくる奴らではなく、ちゃんと内面等を見て接してくる人を見極めたりするのが目的だ。

 そうでなければ、地位に胡座(あぐら)()いて傲慢になったり、野心家や頭が回る者たちに利用されかねないから、それを見極める意味も込められている。

 そして、私はそれに従っただけのこと。

 そのせいで辛い目に遭い、みんなが相手を牽制してくれたとしても、私はその方針を変えろとは言わないし、言おうとも思わなかった。

 だって、そうでなければ、『本当の味方』は得られないと思っていたし、何より言わなくとも、岩垣(いわがき)先輩のように、少なくともちゃんと見てくれていた人は居ただろうから。


「正直に言ったとして、そいつらが信じると思うのか?」

「おそらく、言っても信じないでしょうね。でも、それはもう予想済みなので、お祖父様(・・・・)も同行させます。それでも無理なら、もう誰かーー彼女も知る『姫』を同行させます。それでも駄目なら、また考えなくては駄目だろうけど」

「……そうか。桜庭がそこまで決めたのなら、俺はもう文句は言わない。ただ、鍵依(あいつ)には話を通すからな」


 うん、と小さく返す。

 どうせ隠したところで、鍵依姉(きいねぇ)にはバレるだろうし、バレていることだろう。

 でも、もうこれ以上、この問題を引き伸ばす気はないから。


「う~ん……」

「俺、そんなに強く気絶させたつもり無いのに、いつまで寝てんだ。こいつは……」


 少しばかり声を洩らした双葉瀬先輩に、雪原先生が呆れた目を向ける。


「けどまあ、そろそろ起こさないと、最終下校時刻になりかねないから、起こしますか」

「なら、俺がやる。お前は大人しく座って、仕事でもしてろ」


 させなかった張本人が何を言っているのやら。


「本当、お前に何か遭ってみろ。文句言われるの、一番近くにいる俺なんだからな?」

「それは分かってますし、以前(まえ)にも似たようなこと、聞きましたー」


 そんなに私は言うことを聞いていないのだろうか。


「分かってるだろうつもりで言っておくが、トラブルメーカーとしてのお前は信用されてないからな?」

「何と」


 いや、トラブルメーカーを信用しろって言う方が無理か。


「まあ、普段のお前なら信頼度はそこそこあるから大丈夫だろ」

「いや、そこそこって」

「事実だから、仕方ないだろうが。まあ、何だかんだでお前のことが好きな連中はたくさん居るから、ちゃんと心配もしてくれるし、安心しとけってことだよ」

「……うん?」


 結局、どういう意味なんだ?


「まあ、そん中に恋愛的好意がある奴もいなくはないが……お前、本当に気づいてないのか?」


 何にだろうか?

 というか、呟き同然だったせいか、前半ほとんど聞き取れなかったんだが。

 でも、そんなこちらの疑問など知らないとでも言いたげに、雪原先生は双葉瀬先輩に声を掛ける。


「おいこら、起きろ。双葉瀬」

「う~ん……?」


 若干怪しい返事をしながらも、意識が浮上したらしい。

 けれど、目の前にいる男は、自分がやったことを棚上げして告げる。


「おはよう、双葉瀬。後輩に仕事を押し付け、自分は居眠りとか、いい度胸だなぁ」

「あ、いや、これは……」


 どうやら、一気に覚醒したらしい。

 きっと、雪原先生は良い笑みを浮かべていることだろう。


「さ、桜ちゃん……!」


 何やら助けてオーラを感じるが、無視である。

 正直、抱き締められた感覚がまだ残っているから、今はまだ距離は取っておきたい。


「残念だったな」

「ひぃっ!」

「……雪原先生、双葉瀬先輩。何か飲みたいものがあるなら淹れますが、どうしますか?」


 さすがにこれ以上は無視できないし、何か飲みたかったので、ついでとばかりに二人に聞いてみれば、「何で邪魔するんだ(もしくは、何でこのタイミングなんだ)」という視線と「助かった」と言いたげな視線を向けられる。


「……コーヒーで」

「あ、僕も」


 とりあえず、キッチンスペースに移動して、三人分のカップを食器棚から取り出す。


「……」


 私に恋愛的好意を持ってる人に心当たりが無いわけじゃない。

 でも、こちらにはその気はないし、現状私が抱えている問題がやはり大きすぎるわけで。

 そして、その事についてほとんど諦め、期待していない私に、今でも想いが通じることを期待されても困る。


「お待たせしました」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう」


 コーヒーを二人に渡し、私も自分の席でそれに口を付ける。


「それで、これは最初に聞くべきだったわけですが、一ノ瀬先輩はどうしたんですか?」

「急用だね。他の二人も同じように急用」

「……そうですか」


 そんな同時に急用になることなんて、あり得るのか? しかも、獅子堂君に関しては同学年なんだから、私に今日は来られなくなることぐらい伝えに来られそうなのだが、でも実際の伝言役は、双葉瀬先輩で。

 雪原先生も納得できていなさそうだし、これは本格的に私のことについて、探りを入れ始めたってことなのか?


「追求しないの?」

「しなければ、いけないのなら。でも、たとえこの場で追求したとしても、先輩に答えてもらえるとは思えませんし、話してもいい内容であるのなら、すでにそう説明しているはず。それが無いってことは、口止めされてるか、知らされていないのかのどちらか」

「……」

「でも、一ノ瀬先輩のことに関しては、双葉瀬先輩が知らないとは思えないので、新しい三択目の『先輩があえて黙っている』可能性。で、まあ、先輩が黙ってると決めたなら、私も特に口を挟むつもりはありませんし、もし追求して、さらに問題が増えたりすれば、それこそ先輩たちの負担にしかなりませんし、第一、プライベートな時間にまで関わりたくない。これが本音です」


 なるほどね、と双葉瀬先輩は返してくるが、雰囲気から察するに、きっと当たってはいると思う。


「ついでです。私からの伝言も頼まれてください」

「自分で言ったら?」

「それでも、構わないんですが、そうすると内容まで先輩が話したと思われますよ?」

「そうかなぁ」

「全員は思わなくても、誰か一人は思うでしょうね」


 黙っている理由があるからこそ黙っていたというのに、まさか伝言を頼んだ人物から、その内容が洩れる。

 そうなれば、どうなるのか。

 信頼されなくなるに決まってる。


「なので、先輩が伝えてください。私とて、生徒会室の空気が悪くなるのだけは嫌なので」

「……分かったよ。それで、何て伝えればいいの?」


 どうやら伝えてくれるみたいなので、口を開く。


「『昨日のことなら、もう気にするな』と。悩んでも仕方がないので、もう会ってからどうするのか、決めることにしました」

「そっか」


 まあ、ぶっちゃけ会うとトラウマを刺激されかねないから、ある程度の対策は立てておきたいが、先輩たちにそのことを話すと、中学時代のことをある程度の話さないといけなくなりそうなので、却下である。

 雪原先生の視線については、完全無視である。


「それで、先輩は仕事をしていくんですか?」

「あー、どうしようかなぁ……」


 時間を確認すれば、もうそろそろ帰り支度をしなければならない。


「迷ってるぐらいなら、もう帰れ」

「先生、面倒くさくなってきましたね?」

「悪いか。それに施錠もしなきゃならん。鍵は返しておいてやるから、帰るならさっさと帰れ」


 職務怠慢だとか色々と文句は言いたいが、シッシッと手で追い払われるようなジェスチャーにイラッときたので、少しばかり意趣返しをすることにした。


「では、先生。最終下校時刻ギリギリまで業務しますので、お手伝いの方、よろしくお願いしますね?」


 にっこりと笑みを浮かべて告げれば、顔を引きつらせながらも「この野郎……」とでも言いたげな顔をする雪原先生。

 双葉瀬先輩に関しては、「あはは……」と笑っていながらも、逃げれないことを悟ったらしい。


「だって、人手が足りないんですもん。使えるものは教師や養護教諭、顧問だって使いますよ。私は」


 使えるものは何でも使う。

 そのこと、知ってるはずなんだけどなぁ。


「それじゃ、残り時間も頑張って行きましょう」

「おー……」

「おー……」


 その後、最終下校時刻まで、私たちは生徒会業務をしたのであった。


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