第十話:見舞い
「朝日~、退屈だよ~」
そう言えば、ムッとした顔を返される。
実際、対夜空さん用の言い訳を鍵理さんと考えていたけど、「そろそろ朝日ちゃんたち来るだろうから撤退するねー」と言われていなくなった後、朝日たちが来るまでの間、ずっと暇だったのである。
というか、学校行ってた朝日たちに文句を言っても仕方ないのだが。
「もう! あれだけ心配したのがバカみたいじゃん」
私の心配を返せ、という朝日。
まあ、心配させたのは悪いと思ってはいるけどさ。
「怒らないでよ。まあ、個室用意してくれたことには感謝するけどさ」
話を聞けば、結局、個室を用意したのは鍵依姉と朝日だったらしい。
鍵依姉はともかく、朝日はどうやって? と聞けば、ふふ、と微笑まれてはぐらかされた。
ただ何となく、聞かない方がいい気がしたから聞かないけど。
「でも、いいの?」
「何が?」
朝日が尋ねてきたため、私は首を傾げる。
「先輩の件だよ。そりゃあ、私が表から、鍵依さんやきーちゃんが裏から手を回したから、世間に知れ渡る前に止められたけど、下手したらきーちゃんは死んでたんだよ?」
「それは、あんたも一緒でしょ」
私が出なければ、朝日や京が私みたいなことになっていた可能性だってあったのだ。
その可能性を想像するだけでも後が怖い(いろんな意味で)。
あと、ケガ人である私がどうやって手を回したことになっているのか、これは聞いた方がいいのだろうか?
そんなこと考えてみれば、ドアがノックされ、「どうぞー」と言えば、恐る恐る顔を見せてきたので、来訪者が誰なのかを理解した。
「先輩、わざわざ来てくれたんですか」
そう言えば、物凄く気まずそうな来訪者こと御剣織夜先輩。
「その……済まなかった」
私に向かって頭を下げて謝る御剣先輩に、どうしたものかと思う。
私に謝る前に、怖がらさせた朝日に謝るべきなんじゃないのかな?
「来たって事は、分かりました? 私の正体」
「ああ、凄かったんだね。君は」
御剣先輩ーーというより、先輩の父親に伝言として伝えた概要を鍵依姉からメールで知った私は、思わずうわぁ、と言いたくなった。
というか、鍵理さんもいるときに確認したため、鍵理さんが部屋を出た理由もこれが原因ではないのか、と私は思う。
「これからはこんなこと、起こさないで下さいね?」
とにもかくにも、注意喚起は必要である。
今回は私だから良かっただけで、相手が相手なら、先輩が病院に来られるはずがない。
「ああ、分かってる。錠前ーー」
「先輩、訂正しますが、私は錠前時の令嬢じゃないですから」
「え」
え、はこっちの台詞だ。
やはりというか、やっぱりそう思っていたのか。即座に訂正を入れて正解だった。
というか、私みたいな性格だと姫には向かない。向くとすれば、朝日や鍵依姉ぐらいだ。
「あと、ヤンデレはやっぱり設定だったんですか」
「え、あ……って、ヤンデレ?」
何のこと、と聞かれたが、こっちのことなので気にしないでください、と返しておいた。
それに、先輩と対峙していたときから思っていたけど、慣れないのか、話しているうちにどんどんボロが出てきていたし。
「先輩。私、あの時本当に怖かったんですから!」
「あ、その、すまない……」
今だって、朝日の言葉に気まずそうにしながらも謝っている。
「もう、いいです。きーちゃんも無事でしたし」
うん、朝日はやっぱり優しいね。
これで私が無事じゃなかったら、いろいろとヤバそうだ。
「御剣先輩、一つ聞いても良いですか?」
「え、何かな?」
タイミングを見計らい、話しかければ、先輩が頭を上げてこちらを見る。
「非常にどうでもいいことなんですが、先輩の一人称って『僕』と『俺』、どっちですか?」
対峙し始めた時は『俺』だったけど、時間が過ぎるに連れて、『僕』という一人称の方が多かった気がする。
「僕は『僕』だよ。『俺』も使うときはあるけど」
「そうですか」
「僕からも、一ついい?」
「どうぞ」
答えられる質問なら答えないと、先程答えてもらった意味がない。
「君がもし令嬢でないのなら、君は一体、何者なんだ?」
あ、朝日がビクリとして、側にいた京がどうするんだ、と言いたげな顔を向けてきた。
「何者、って言われましても、私は先輩の後輩で、この春に高校に入学した新入生です、としか答えられません」
遠回しだが、それについては答えるつもりはない。知りたければ調べろ、である。
仮に知られたところで、距離が置かれたとしても、余計な手出しをされなくて済む。
「……まあ、答えたくないなら、答えなくていいけどさ」
どこか残念そうな御剣先輩だが、発する気は残念そうではないですよ、先輩。
「ま、君たちにとっての高校生活はまだ序盤だからね。ちゃんと楽しみなよ? 一年なんてあっという間なんだから」
「それはどうも」
経験者は語る、って奴か。
分からなくもないけど。
「それじゃ、僕はそろそろ帰るよ。暗くなってきたしね」
「気をつけて」
「ん、君も早く復帰しなよ」
「先輩が言いますか」
苦笑する先輩を見送りつつ、窓の外を見れば、真っ暗である。
「朝日たちは帰らないの?」
「そうだね。そろそろ帰らないと、お母さんたちまで心配するし」
「京」
「分かってる」
さすが幼馴染。私が言いたいことをよく理解していらっしゃる。
「じゃあ、きーちゃん」
「ちゃんと治せよ」
「分かってる」
ドアから出て行く二人に向かって手を振る。
「……」
ドアが完全に閉められたのを理解すれば、一人、溜め息を吐く。
「……勉強、追いつけるかな」
復帰後の私のやるべきことの中で最初に出た心配はそれだった。




