第百八話:別の意味で話し合う役員たち
今回は三人称。
「桜庭先輩、大丈夫ですかね?」
静まり返った生徒会室に、庶務の五十嵐がそう呟く。
名前を出された当人は、というと、職員室に書類を届けたついでに自販機に寄ってくるとかで、今は不在である。
「……そうだね」
鍵奈の様子が目に見えてーーといっても、ペンが止まった程度だがーー変化したのは、一ノ瀬が『聖鍵学園』という名前を出してからだ。
「でも何で、あんな反応したんだろ?」
双葉瀬が疑問を洩らすが、この場で答えられるものなど、誰一人いない。
「あ、もしかして、以前通ってたとか?」
「なーんて、有り得ないですよね。千錠って、エスカレーター式ですし」と五十嵐は笑って誤魔化すが、他の三人はその可能性に笑うことなど出来なかった。
「……その可能性があったか」
「いやいやいや、でも一つの可能性でしょ? それに、何で千錠に来たのさ。向こうも同じエスカレーター式だから、わざわざ試験受けてまで、外部の学校に来る必要なんて……」
「その、外部の学校に行かなきゃならない理由が出来たから、千錠に来たんじゃないんですか? 桜庭は」
獅子堂が双葉瀬の言葉を遮り、告げる。
「あの、先輩たちって、中学時代の話とかしないんですか?」
「こっちはしようとしたけど、中学の話だけは避けられるんだよね」
「生徒会経験者だっていうことは言っていたがな」
逆に言えば、それしか知らないのだ。彼女については。
「それで、どうします? 桜庭が戻ってきたら、駄目元で聞いてみますか?」
「え、でも地雷踏みたくないし、何より空気悪くなるのが簡単に予想出来るんだけど」
獅子堂の問いに、双葉瀬が唸る。
鍵奈とは半年以上の付き合いとはいえ、未だによく分からない点は、分かっている点よりも多く存在している。
「ねぇ、律。会長権限で、桜ちゃんの情報って見られないの?」
「それなら、もうやった。ただ、いくつかの場所には情報規制が掛かっていたがな」
「うわー、もう桜庭先輩ってば、黒に近いグレーじゃないですかー」
双葉瀬の言葉に、一ノ瀬は首を横に振り、五十嵐が嘆くような声を上げる。
「……誰が、黒に近いグレーだって?」
聞き慣れた背後からの声に、五十嵐が固まり、一ノ瀬、双葉瀬、獅子堂の三名は視線を泳がせる。
「一体、いつ戻ってきたんですか?」
「全部、って言いたい所だけど、さっきだよ。双葉瀬先輩が一ノ瀬先輩に、私の情報を見れないか確認してた時」
ーー本当に、『さっき』だ……!
四人は今すぐ突っ伏したり、この場から逃げ出したくなるほどに、視線でどうするのか会話する。
(それで、どうするの? さっきのこと、聞くの? 聞かないの?)
(このタイミングで聞くんですか? なら、双葉瀬先輩が聞いてくださいよ)
(そうだな。言い出しっぺでもあるし)
(言い出しっぺなら、渚でしょ?)
そんなやり取りをしていれば、当然、結論が出るはずもなく。
「……」
そして、他人の様子に目聡い鍵奈が、そのことに気付かないはずもなくーー
「あの、少し休んできては?」
「私たちのお土産もあることですし」と鍵奈に促され、四人は「そうだな」と場所を移動する。
鍵奈たちが来たときよりも書類の山も減っている上に、長机にも置いていた書類も少し場所を変えれば、男四人でも休憩できるほどのスペースも確保できるわけで。
「お茶とか淹れてきます」
基本的に鍵奈以外だとお茶汲み当番と化している獅子堂が、キッチンスペースへと移動する。
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙がその場を支配する。
音があるとすれば、鍵奈のペンを動かす音やキーボードを打つ音、キッチンスペースから聞こえてくるカップを用意したり、お茶を淹れる音のみである。
「……っ、あの、桜ちゃん!」
「何ですか?」
「え、あ、その……」
静かなその場に耐えきれなくなったのか、双葉瀬は話し掛けるが、いざ彼女を前にすると、聞きにくいことを聞こうとしているためか、緊張してすぐには口から疑問が飛び出さない。
「何ですか?」
「あ、えっと、その……修学旅行、楽しかった?」
その問いが出た瞬間、双葉瀬は「僕、何やってんの!?」と内心焦り、一ノ瀬と五十嵐は「このヘタレが」と呆れるも、尋ねられた鍵奈は、というとーー
「楽しかったですよ?」
苦笑しながらの返答となった。
ただ、聞いてくるだろうなと思っていた質問とその内容が違ったために、そうなったかぁと思わなかった訳でもないのだが。
「桜庭」
「何ですか?」
「その、この際だからはっきりさせておきたいし、このまま気になったままなのも、俺たちの精神衛生上良くないから単刀直入に聞くが」
「はい」
一ノ瀬のその言葉に、随分と遠回しな上に保険を掛けてきたなぁ、と鍵奈は思う。
「聖鍵学園とどんな関係なんだ?」




