第百七話:出されたその名は
「あ」
「桜庭か」
生徒会室に向かっていれば、今にもその生徒会室に入ろうとしていた獅子堂君と会った。
「それ、届けに来たのか?」
「そう言うけど、そっちもでしょ?」
私が手にしていた土産袋を見て判断したんだろうけど、そんな獅子堂君の手にも土産袋は存在していた。
「まあな」
「それじゃ、久しぶりの生徒会室に入りますか」
そして、部屋に入るべく扉を開けるのだがーー
「来たか」
「二人とも待ってたよー!」
「あ、先輩方ーー」
どうやら思ったことは同じだったのか、獅子堂君がずくさま扉を閉める。
五十嵐君に至っては、台詞を遮ってしまったわけだけど……
「それよりも今一瞬、見たくないものが見えた気がするんだけど」
「奇遇だな。俺も見えたぞ」
お互いに視線だけ交わして、どうするのかも口にしない。
「……」
「……」
「……帰る?」
「……そうだな」
出場云々については電話やメールでも出来るし、何より獅子堂君が乗ってくれたので、そのまま行動に移そうとすれば。
「ちょっ、待っ! もう冗談抜きで助けて!! いや、助けてください!!」
もう本当に辛かったのか、双葉瀬先輩が飛び出してきた。
「……」
「……」
……結局、勢いに負けたと言うか、何と言うか。
私たちは修学旅行のお土産を手に、生徒会室へと入るのだった。
☆★☆
「それで、何がどうなって、以前と似た状況が起きてるんですかね?」
「……いや、まさか君たちが、こちらが思っていた以上に優秀で、作業効率のほとんどを担っているとは思わなくて」
「言いたいことは分かりました。でも、それだけで、ここまで戻るわけがありませんよね? 第二の方にあった書類も今じゃ無いに等しいのに」
私も思った疑問を、獅子堂君が尋ねてくれる。
そもそも、先輩たちとて頭は良い上に作業効率も私たちとはほとんど変わらないのだから、私たちがいない数日間だけで、ここまで戻るはずがないのだ。
「あの、でも、実はそこまで増えた訳じゃないんですよ? 寧ろ、俺の方が足を引っ張っていた気もしますし」
「……五十嵐君。とりあえず、私たちと比べるのだけは止めようか。獅子堂君、先に仕事片付けるつもりだけど良い?」
「許可を聞くのも、出すまでもないだろ。そもそも片付けなきゃ、休めないんだからな」
ネガティブな思考に引き摺られそうな五十嵐君にストップを掛け、獅子堂君に声を掛ければ、すでに戦闘準備だったらしい。
「それじゃ、まずは書類を仕分け、順番に捌いていきますか」
まさか、生徒会に来てみれば仕事スタートになるとは、数時間前の私はきっと予想できなかったんじゃなかろうか。
たとえ、予想出来ていたところで、この状態はやはり想定外であることには違いないだろう。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
私たちが加わったところで、作業効率がどれくらい上がったのかは分からないけど、みんながみんな、書類を渡すとき以外は無言で進めていたことで、少なくともさっき見た書類の山が目に見えて減っているのだから、それが答えということなのだろう。
「そういえば、桜庭。夏の大会、お前はどうするんだ? 今日言う的なこと言ってなかったか?」
「ああ、出ますよ。他の用事が無いわけではないんですが、そっちはまあ、どうにかなりそうなので」
まだ『移姫』こと『衣緋の姫』にすら話してないし、完全に引き受けてくれること前提だけど、もし引き受けてもらえない様なら、自力で何とかするしかない。
「そうか。獅子堂は?」
「桜庭も出るって言うなら、俺にほとんど拒否権なんて無いようなものですよね?」
獅子堂君の言葉に一ノ瀬先輩は苦笑いするが、何でそこで私の名前が出るんだ。
「まあな。お前だけ省くのも申し訳ないんだが、本当に出たくないなら、強制はしない」
ま、嫌がる人を無理に連れていって、これからずっとギクシャクするよりはマシだろうからね。
「そうですか。でも、俺も出ますよ。これと言った用事もありませんし」
獅子堂君が遠い目をする。
でも、それを口に出して言ったら駄目だと、私は思うんだ。
「それで、今大会出場校の中で気をつけた方がいい相手とか、居るんですか?」
「気をつけた方がいい相手、か」
「まあ、いないことも無いんだけどねぇ……」
一ノ瀬先輩が歯切れ悪く、双葉瀬先輩が困ったような表情をしながら、顔を見合わせる。
でも、その名前は今の私にとって、一番聞きたくなかった。
「『聖鍵学園』だ」
「聖、鍵……?」
一ノ瀬先輩の出した名前に、話を聞きながらも書類記入のために動かしていたペンが止まる。
「ん? 知らないのか?」
「いえ、名前は知ってますが……」
先輩たちの様子に対し、不信感を抱かせないようにするべく、再びペンを動かす。
「他には?」
「他? そうだな。あとはーー」
私が出された名前の衝撃にダメージを受けている間にも、話は進んでいく。
ーーでも、聖鍵って……
もしかしたら、先に確認もせずに出場することを決めたのは、ミスだったのかもしれない。
「……」
結局、その日は珍しく静かな生徒会室で、書類処理の仕事は進んでいくのだった。




