第九十九話:山と海と修学旅行Ⅳ(修学旅行の始まりと暗示)
さあ、我ら二年生は修学旅行である。
去年と一緒であるのなら、一年生と三年生は、遊園地に向かっているはずだーーなーんて、説明する気力はない。
朝早く起こされ、朝食を食べて、荷物を持って、バスに移動。そのまま、修学旅行開始である。
正直、朝っぱらから眠い上に、昨日の球技大会の疲れが抜けきっていないのか、もうすでに疲れた状態だ。
男子たちなんて羨ましいことに、大半は寝ているわけだが、今起きているのは、朝練で早起きに慣れた面々ぐらいだろう。
「大丈夫? 桜庭さん」
「……」
大丈夫に見えるか、と仁科さんに突っ込みたいが、その気力すらない。
つか、仁科さんも眠そうに見えるのは、私の気のせいか。
「仁科さん。到着するか、先生が呼びに来たら起こして」
それまで、私は寝させてもらう。
「あ、うん……」
熟睡は出来ないだろうけど、仮眠ぐらいは出来るだろう。
仁科さんの返事を聞きながら、私は目を閉じた。
☆★☆
「……」
「桜庭。気持ちは分かるが、あまり先生を睨んでやるな」
隣で、同じくどこか眠たそうな獅子堂君に宥められるが、私は特に睨んでいるつもりは無い。
そもそも、私たちが一緒に居るのは、サービスエリア到着後に斎藤先生から呼び出されたためだ。
というのも、この斎藤先生。学年主任では無いものの、今年度の修学旅行統轄担当なのか、生徒たちが向かう先々で見回りや今朝の起床時連絡等をしているらしいのだが。
(だから、林間・臨海学校と修学旅行の期間をずらせば良いのに)
今朝の慌ただしさなど、去年までで懲りただろうに。
「別に睨んでない。君と一緒で寝不足なだけ」
「そうか」
ああ、やっぱり役員じゃないみんなが羨ましい。私ももう少し寝たい。
「……そろそろ用件の方、良いか?」
「ええ、構いませんよ」
ぼんやりとしたままの頭で、ちゃんと覚えていられるかどうかは別にして。
「単刀直入にお願いします」
「えっとな、最初は自由行動だろ?」
「ですね」
それがどうした。
「自由行動のみ、お前たち役員と、それぞれの委員に任せるーーと、通達してくれないか?」
「通達ぐらい、自分たちでやってくださいよ。つか、どちらにしろ到着時に説明するんですから、その時に纏めて説明してくださいよ」
「桜庭。素が出てる、素が出てる」
どうやら、様子を見に来たらしい雪原先生に苦笑しながら突っ込まれる。
「雪原先生?」
「ーー斎藤先生、通達はそれぞれの担任の先生に任せていただけませんか? 到着までの移動は、クラスごとのバスなんですし」
雪原先生がこの場に居ることに疑問があるらしい斎藤先生に、それ以上は何も言わせないように口を開く。
「桜庭?」
「もちろん、私たちが所属するクラスのみんなには、自分たちから言いますけど。ただ正直、私たちも、もう少しだけ休む時間が欲しいんですよ。朝早かったですし」
上手いこと、言えてるかな。
まあ、寝る時間が欲しいと言わなかったのだから、責めないでほしい。
「……そうか。分かった」
納得してもらえたのかどうかは分からないが、了承の意は取れたと判断して良いだろう。
去っていく斎藤先生に対し、雪原先生はその場に残っていた。
「あれ、雪原先生は戻らないんですか?」
「いや、戻るけど……」
私たちに目を向けられるが、視線は完全に私に向いている。
「頑張れよ、『仕事』」
それだけ言うと、雪原先生は去って行った。
そして、主語は無かったけど、言いたいことは理解した。
「……『仕事』。『仕事』、ね」
「桜庭?」
「ま、大変だろうけどさ。お互いに頑張ろうね」
私の呟きに反応したらしい獅子堂君にそう返して、その場を後にする。
ああもう、嫌な暗示をしてきやがって。
「何か起こるって示してきたからには、それがどういうことで、私が何を求めているのか、分かってるってことだよな?」
これで朝日と和花に何かあったら、一番に責められるのは私であり、それを防ぐつもりなら、二人からはあまり距離は取れない。ただでさえ、クラスが違うっていうのに。
「いやいやいや、あの二人限定と判断するにしても、いろいろと材料が足りないし」
うーんと唸りながら考える。
今のところ一番の良策は、朝日と和花、二人と同じクラスである京と風峰君辺りにそれとなく警戒してもらうことだけどもーー……
「何唸ってるんだよ」
お久しぶりの声に振り返れば、そこには京と風峰君が居ました。
えー……、何で二人一緒なのー?
「これまた珍しい組み合わせだね」
「お前が唸りながら、変な方に行こうとするからだろ。あと、御剣先輩に言われたことが気になったのもあるが」
「それと、雪原先生からの件な」
なるほどね。もうこの二人には、話が通してあるってことか。朝日と和花が知っているかどうかは別として。
「なら、話が早い。朝日と和花については、それぞれ同じクラスである二人に見ておいてほしいんだけど」
「筆頭護衛が何言ってるんだ」
「筆頭護衛言うな。こっちは役員としても仕事をしなきゃなんないから、若干手が届かないんだよ」
そう返せば、顔を顰められる。
そりゃあ今の台詞だと、朝日たちより役員としての仕事を優先する、って聞こえるだろうけどさ。
「だとしても、だ。絶対に、あの二人を後回しにはしないんだろ?」
「そりゃあね」
彼女たちは、護らなければならないから。
ーー自分の身も含めて、だけど。
「あの二人に何かあったら、キレる自信はあるよ」
「あの二人だけじゃなく、俺たちに何かあっても、だろうが」
笑みを浮かべて誤魔化してみれば、京にはジト目を向けられた。
「桜庭」
「ん?」
「南條たちみたいに気兼ねせずに、いくらでも頼ってくれて構わないんだからな? そもそも俺はーー」
「ん、ありがとう。今は気持ちだけ受け取っておくよ」
風峰君の台詞を遮り、そう返す。
そんな風峰君はといえば、何か言おうとして、口を閉ざしていた。
「ほらほら、バスに戻るよ。遅れたらクラスの人たちに怒られるしさ」
「ちょっ……」
「押すなって」
二人の背中を押しながら、バスの方へと誘導する。
ーーもう本当に、何も起こらないでほしいなぁ。




