第九話:連絡と兄弟姉妹の繋がり
今回は三人称、鍵奈視点
「おしまいだ。我が社は……いや、我が家はおしまいだ……」
男は頭を両手で抱えながら、ぶつぶつとそう呟いていた。
「ただいま帰りました……」
「遅かったな。今までどこに行っていた」
玄関を通り、姿を見せた青年ーー御剣織夜は、男こと自身の父親に問われ、やや顔を引きつらせつつ答える。
「が、学校に決まってるじゃないですか」
少し学校の方でやることがあったので、と言えば、疑うような眼差しを向けられる。
やましいことが無いわけではないが、父親に先程の件はどうも伝えにくい。
「お前、錠前時は知ってるよな?」
「……? はい、知ってますが」
織夜は首を傾げる。
錠前時と聞いて、その名を知らないものはいないほど有名な一族(なお、この場合の一族は血筋云々ではなく、関係者を示す)であり、影響を及ぼすほどの、様々な分野に特化した者たちである。
だが、何故錠前時の名前が出てきたのか、織夜には分からない。
「そこから、ついさっき連絡があってな。お前が錠前時の令嬢に危害を加えたと」
「え……」
織夜は思わず固まった。
ーー誰が、誰に、危害を加えた?
脳裏に蘇るのは、後輩の少女から告げられた言葉。
『あ、でも、情報に関しては、先輩がいくら先輩のお父さんに頼もうが無駄ですからね? 桜庭も結構大きいですから、下手をすれば、うちが先輩んとこを潰すことも出来ますから』
まさか、と思っていれば、織夜は訝るような目を向けてくる父親に尋ねられる。
「心当たりでもあるのか?」
「い、いえ、ありません」
とっさに否定したが本当は真逆で、心当たりは思いっきりある。
「そうか。それで、まだこの話には続きがあってな」
「何でしょう?」
「錠前時からは不問にするそうだ」
意味が分からなさそうに織夜は尋ねる。
「……何故ですか? 危害を加えられたら、何らかの処罰が与えられるのでは?」
相手が相手なだけに、織夜の疑問は尤もだった。
「ああ、だから私もそれでいいのかと尋ねたが、肝心の令嬢からの指示だと言われた」
「令嬢の指示、ですか……」
「それが不服なら、見舞いに来いと言っていた」
「見舞い、ですか……」
本当にそれだけでいいのか不安である。
「これが彼女の居る場所だ。彼女との間に何があったかは私には分からんが、謝れるだけ謝ってこい」
「はい……」
場所の書かれた紙を受け取りながら、織夜は小さく返事をするしかなかった。
☆★☆
「……」
ぼんやりとした意識から何とか目を開く。
目の前には知らない天井……いや、微妙に見覚えがある白い天井。体を起こしつつ、周りを見回してみるとドアが目に入る。
どうやら、部屋の中らしい。
遠くの方からなのか、何やら会話みたいな声も聞こえる。
「……」
うん、意識がはっきりとしてきたらしい。
ここで軽く状況整理してみる。
①朝日が私に相談してきた。
②私は犯人捜し、京が朝日の護衛をする。
③犯人は一年先輩の御剣先輩。
④御剣先輩に私は刺された上に倒れ、意識を失った。
⑤今、私はどこかの部屋にいる。
というか、ぶっちゃけ病院以外ありえないだろ。しかも個室とか、姉さん当たりが手配したのだろう。
「あ、起きた?」
「……あれ、鍵理さん? 何でいるんですか」
ドアの向こうから来たのは、京の兄である鍵理さんだった。
「京の奴から話を聞いて、鍵依の奴に代わりに見舞いと様子見てきてくれって言われてな」
「……」
鍵依というのは我が姉である。
それにしても、姉さんよ。いくら忙しいからって、鍵理さんに代理を頼んだか。
「夜空さんは……来てないんですね」
夜空さんは朝日のお兄さんである。以前にも言ったが、妹大好きな人である。
「あいつ? ああ、周りの迷惑になるからな。言ってない」
だから、安心しなよ、と言われてもなぁ。
姉さん、鍵理さん、夜空さんは私、朝日、京と同じように幼馴染である。
そのため、夜空さんが鍵理さんからこのような扱いを受けるのは、然程珍しくはない。珍しくはないのだが、今回ばかりは本人がいなくて良かった気がする。
「あと、分かっているとは思うけど、京と朝日ちゃんは学校に行ってる」
かなり渋っていたけどね、と鍵理さんは付け加えて言う。
だろうなぁ。朝日なんか自分の責任だ、って気にしていそうだし、京も京で力不足で私がこんな目に遭ったのだと気にしていそうだ。
「……遅くなりましたが、私のことで二人から話を聞いたときから何日経ちました?」
「うん? 二日だよ」
つまり、今は月曜か。
チッ、先輩め。貴重な休日を……! って、私の自業自得な部分もあるわけですが。
「鍵理さん、仕事は?」
「休み。鍵依が手を回したみたいでね。休み扱いになってた」
会社行ったら休みじゃなかったのか!? と驚かれたらしい。
どんな発覚の仕方だ。
「その貴重な休日を、私なんかのために使っていいんですか?」
「いいんだよ。どちらにしろ、誰か一人は付いていた方がいいでしょ」
鍵理さんはそう言うと、私の頭を撫でてくる。
「私、思ったんですけど」
「ん?」
「京と鍵理さんって、やっぱり兄弟で苦労人なんですね」
鍵理さんは顔を引きつらせていたけど、姉さんと夜空さんに付き合わされる鍵理さんと、私と朝日に付き合わされる京はやはり兄弟というべきか、似てる気がするのだ。
兄弟姉妹間の似てるといえばーー
「そう言う鍵奈ちゃんと鍵依も似てるよね」
今の鍵理さんみたいに、私と姉さんが似ていると朝日たちにも言われたことがある。
その時はそう? と返していたけど、今思い出せば、それなりに似ている部分はあるのかもしれない。
「まあ、姉妹ですから」
さて、あと数時間後には朝日たちも来るだろう。
(御剣先輩は来るのかな?)
来てもこなくても、結局は御剣先輩の精神の問題なので、私としてはどちらでもいい。
残る問題はーー
「鍵理さん」
「何?」
「少しばかり、夜空さん対策を練るの、手伝ってもらえませんか?」
「いいよ」
あっさりと引き受けてくれた鍵理さんに悪いと思いつつ、一番問題になるであろう夜空さんへの対策を朝日たちが来るまでの間、私たちはずっと考えていた。
京の兄さん、鍵理登場
なお、鍵奈は普段姉である鍵依を姉さんまたは『鍵依姉』と呼んでいます
あと、今の鍵奈からすれば厄介なのは、織夜よりも夜空です(説明という点では双方厄介だが)




