CHAPTER,19
喫茶店の三倍はあろうかという大きな工房を前に立ち尽くす僕。
「なぁ……ニール君?
君のお師匠様って…………?」
恐る恐る聞くと、
「β版プレイヤーらしいですよ。金属専門の生産職なんです。
あ、それから僕のことはニールって読んでくださいね」
と、またもや満面の小動物スマイルで言われた。
それにしても、またβ版プレイヤーかぁ。なんかよく会うなぁ。
「ニールは?ニールもβ版プレイヤーなのか?」
玄関を抜けて長い廊下を歩きながらまた聞く。
え?廊下?廊下は意外と質素な作りになっていた。……勿論外から見た感じより、という意味だ。
「違いますよー……あ、そこ段差があるんで気をつけてくださいね」
「ふーん」
師匠とか言ってたからβ版の時に会ったのかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。
っていうか行動がいちいちイケメンだな、ニール。
「ししょーっ!ただいまーっ」
「おーぅ!おっかえりー」
廊下の突き当たりの一際大きな扉を開けてニールが叫ぶと、すぐにソプラノの声が返ってきた。
……結構フランクな師弟関係なんだな。
っていうかもしかしてニールの師匠って女の人?いや、別に偏見とかはないけどさ。
ニールを見ると手招きをしている。どうやら中に入れということらしい。招かれるままに大きな扉をくぐる。
「可愛子ちゃんキャッホーゥゥゥゥウウウウ!!!!グハッ」
押し倒されそうになった。
今から何があったのかありのまま話すぜ。よく聞いてくれよ?俺が部屋に入るとそこには目をギラギラさせた怪物がいて、そいつが「可愛子ちゃんキャッホーゥゥゥゥウウウウ!!!!」とか言いながら俺を押し倒そうとしてきやがったんだ!(いろんな意味で)食われる、と思った次の瞬間怪物は天からの制裁によって一人で床に伸びていたんだ!
いいか?!何が起こったのかわからねぇと思うg(ry
……うん。悪ふざけは良くないね!
実際にはニールの師匠とやらが「可愛子ちゃんキャッホーゥゥゥゥウウウウ!!!!」とか言いながら僕の方にタックルをかましにきてたところをニールが側にあったハリセンで制裁をくだしていただけである。因みに、最後の「グハッ」はハリセンで叩かれた時の音だ。
「姉さんはホントにいい加減にしてください!」
はぁ、と溜息をつくニール。その手に持ってるハリセンって見るからに金属製ですよね!いい金属光沢してるぅ!
「って姉さん?」
驚いて、思わず口に出てしまう。
「はい。まぁ姉さんって言っても従姉なんですけどね」
ニールが苦笑する。よく見てみると顔立ちがニールによく似ていて、ニールを女の子にしたらこんな感じだろうか。ニールと違う大きな胸と短い髪にかかった強い癖っ毛の女性が床に這いつくばっているのを見て、苦労してるんだな、とニールに謎の親近感を覚えた。
「ほら、姉さんったら!お客さんですよ!」
そう言って従姉だという女の人の肩を激しく揺するニール。あら不思議、どんどん顔が真っ青に!
「うぷっ……酔った……ぎもぢわるい。
うん?お客さん?」
真っ青な顔のまま聞く女性。
うわー、気持ち悪そう!
「そう!お客さんです。でもただのお客さんじゃないんです。僕の恩人なんですから、ちゃんとサービスしてくださいよ!」
なんか僕の知らないところで勝手に話が進んでいる気がする……。
僕何時の間にお客さんになったんだ?
僕から発せられるそんな空気を察してか、ニールがこちらをちらりと見て「いきなりですみません」と笑った。
いや、まぁ別にいいけど。そろそろ色々と揃えなきゃ駄目かな、とか思い始めてたから。
「おぅ!そういう事なら任せといて!お嬢さん、あたしの名前はメルティ。金属専門の生産職なんだ。
これからご贔屓に願うよ」
お客と聞いて、さっきまで床でダラダラとしていた女性、メルティの背筋がぴん、と伸びる。顔も心なしかキリッとしている様に見える。
「こちらこそ、よろしく。それから僕はタカ。男だよ」
メルティの目が丸くなる。ふっふっふ、なんか反応を見るのが楽しくなってきたぞ。……開き直って何が悪い!
「じゃあ、装備はどんなのにしますか?イメージとかあったりします?」
サクサクとニールが話を進めていく。秘書とかになったら凄く有能そうなタイプだなぁ。
うーん、イメージかぁ……。
「動きやすそうな感じで……目立たない色がいいな。あ、後あんまり露出がないやつ」
目指せ暗殺者!ってな感じである。
てか、あれ?ここって金属専門なんだよな……。
「なぁニール。ここって金属専門だろ?僕は鎧を着る気はないぞ?」
だって使えるスキル枠が減るし。とは勿論言わない。えぇ、言いませんよー。
「あぁ。布製の防具は僕が担当なんです。こう見えても僕、布防具なら結構作るの上手いんですよ」
「成る程。じゃあ頼んだわ」
「武器はどんな感じにするんだい?見たところ君の獲物は刀みたいだけど」
メルティはそう言いながら僕の腰にさげてある初心者シリーズの刀を見た。
「そうだな。刀は防具の方に揃えてもらえると嬉しい」
統一感って結構大事だと思うんだ。
「りょーかいっ。えーっと、合計額は……頭の先から足の先まで全部揃えちゃって、ニールを助けてくれた分を引くと……あ、ちょっとアイテムボックスを見せてもらってもいいかな?」
「ああ、どうぞ」
プロフィール画面からアイテムボックスを開く。
そこにはずらっとホーンラビットのドロップアイテムが並んでいる。
「うわぁ。随分溜め込んだんだなぁ……"角兎の肉"に"角兎の毛皮"……あ、"角兎の角"まである!
うん、じゃあこのページのアイテム全部で作ってあげるよ」
これは果たして高いんだろうか、低いんだろうか。でもまぁこれくらいならまたすぐ溜まってしまうだろうし、何より頭から足先まで一気に作ってもらえると考えるのならきっと凄く安いんだろう。
「頼む」
この間実にコンマ二秒!……冗談だよ?
「ふぅ……」
宿のベッドにゴロンと横になりながら溜息をつく。
本当は、ニールもメルティも「うちに泊まっていけば?」と言ってくれたのだが、生憎僕は初対面の人の家に一人で泊まれる程図太い神経はしていないのだ。丁重に断らせていただいた。
「完成は明日、か……」
随分速いので、無理をするんじゃないか?とも思うのだが、二人がキラキラした目でさっそく作業に取り掛かろうとしていたので余計な事を言うのはやめた。
ピロン♪
電子音が鳴った。
……この音は…………。
ーーもしもし、タカ?
ナイトの心地良い低めのテノールの声が耳元で聴こえた。
やっぱりフレンドコールか。
フレンドコールとは、その名前の通りフレンド登録をしたプレイヤーに直接話しかける事のできる優れものである。
ーーもしもし、タカだよ。どうしたんだ?
ーーうん。あのな、お前明日は暇か?
…………。
ーー……唐突だな。まぁ空いてるけど……。
ーーうちのギルドで明日ある物の採取に行くんだけど、残念ながら空いてる回復職がいなくてさ。頼めないかな?
ギルド、かぁ。って事はナイト以外の人もいるんだよなぁ。うーん、まぁ……
ーーそういう事ならしょうがない。いいぞ。
ーーよかった。詳しい事は明日話すよ。じゃあ明日の九時に迎えに行くから!
安心したような声色を聞いて、僕は眠りに落ちた。
……って明日九時までに装備完成するかなぁ?




