プロローグ
高天原。ここは神にしか入れない空間で天照大御神をはじめ、沢山の神々(八百万)がいる場所である。
神々だけではない。神使など神々が使わすものがここ、高天原には沢山いる。そのため、ここには沢山の建物がある。
そして、今出雲大社に八百万の神々が集まって話し合っていた。その話し合いを神譲という。
その出雲大社の中で神々が眉間に皺をよせ真面目な顔で何かを話し合っていた。
「うーむ、まさかあの一族が一夜にして滅びようとは、思いもしなかったな?」
とある小川の水神が驚きを隠せないような感じで言った。しかし、それに対して水神の妻が訂正するように言った。
「いえ、正確にはまだ幼い子が一人生き残っています。全滅とは言いませんわ」
「一々細かいことを言いよって」
「だがこの様な事態が起きたのは想定外だったが、このまま幼子にカルマの封印という定めを続けなくては為らない」
この発言に八百万の神々が反発した。
「だが、生き残りはまだ幼子だぞ!」
「そうだ!幼子に人間の間違った行為を防げる訳がない!それに、カルマを封印するという定めを覚えているはずがない」
「しかも、まだ家族、家、里、村人たちを一夜にして全て無くした幼子の心は悲しみ、恐怖で一杯のはず!そのような責任重大な事をなし遂げるのか?!」
「それに、新しい暮らしを見つけなくてはならんだろ?」
「なら、別の人達に我ら神々の力を捧げ、他の人間共の行為を見張らせるのか?」
「それは……」
「嫌だろ?私とてもしも、選ばられた人間に力を預けるなど気が引く」
「なら、まだ幼子だが彼女に頑張ってもらわなければな?それに神の血が入ってあるが人間と同じように成長して行く。成長するのは早かろう?」
「だが、もし死んだらどうする?カルマ一行に殺されもしたら……」
「その時はその時でまた、このように八百万の神々が集まって話し合いをし、決断しなければな?」
「では、全て幼子の彼女に賭けるのか?」
「私は、そのつもりだが……全て決めるのは天照大御神様自信だ」
「ふむ……天照大御神様どうなされる?このまま、まだ幼子の彼女に任せますか?」
「……」
「天照大御神様?どうなされた?」
天照大神の何か迷っている様子に一人の神が聞いた。天照大神は、慌てて返答する。
「いえ、何でもありません」
「そうですか?なからこの話し合いの結果どうなされるかご判断を」
「幼子の彼女に賭けますか?それとも、他の人に任せますか?」
天照大神は意を決したように言った。
「私は彼女に賭けましょう」
「わかりました」
「天照大御神様の仰せのままに」
* * *
会議が終わって天照大神は自分の部屋へではなく、下界が見える泉へと行っていた。
そこに一つの人影が見えた。その人影は、天照大神に近づいた。
「おいおい、天照大御神様とあろう者が何浮かない顔してんだよ?」
「鹿威……あなたは、何時まで経っても口の聞き方が悪いわね?いい加減直しなさい!」
面倒くさそうに顔を歪めた鹿威は、天照大神に
「オレの言葉遣いをわざわざな直す為に呼んだじゃないだろう?」
と聞いた。
天照大神は一瞬迷ったように視線をまた下界が見える泉へとやり一時何かを決意したかのように一人頷き、鹿威のいる方へと顔をやった。
「鹿威、あなた確か御代ノの一族が滅びる一日前にあの幼子の乳母に会ったのだろう?」
「ん?まあ、そうだが何か?」
「幼子の乳母に何か授かってないのか?例えば……手紙とか」
鹿威は返答するのに少し時間がかかった。
「えっ?いやーそんなもの貰ったかな?」
無言の天照大神。
二柱の間に少しの沈黙が流れた。そして、思いっきり下手な嘘を言ってしまった鹿威は後で後悔することになった。
「あら、そうなの?可笑しいわね……確かあなた人間嫌いだったはずなのに、どうしてわざわざ人が多い人里に行ったの?疑問だわ?」
天照大神は困った顔をしているように見えるが、何故か口が笑っている。
「そ、そ、それはあれだ!ほら、あの……そのちょっと御代ノ一族が住んでいる地域の鹿さん達に会いに行っただけだ!」
何故か慌てている鹿威だが天照大神はまだ納得していない様子だった。
「あら、本当かしら?ならどうしてあの幼子の乳母にお会いになられたの?」
「え!そんなお方と会った覚えはないな?」
「変だわ?さっき言ったのと全然違う」
鹿威は焦った。何か言い訳が見つからないものかと普段使わない頭の細胞をフル回転させた。
っとその時、木陰の向こうからまた一人の人影が見えた。その人影は鹿威ではなく天照大神を見付けると早足で近づいて来た。
「天照大御神様、ここにおいでになられましたか!部屋にいるものだと思って行ってみたら部屋には居なかったので随分と捜しましたよ」
っと息を切らしながら一人の神が現れた。
この神の本名は、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命《あめににぎしくににぎしきあまつひこほのににぎのみこと》っという名前が漢字二十文字に及ぶ凄く面倒くさい神様なのだ。この長い漢字の名前を略してニニギという。
「あら、ニニギどうしだの?そんなに慌てて。何か問題でも有ったの」
「いえ、さっきの会議でまだ決定していないことが1つあったのを忘れていてたのを思い出しまして、この事は天照大御神様で決定してもらおうかと思い、あなたを捜していました」
「そう、その私が決定しなければならない事って一体何?」
「はい、それが……って鹿威貴様何時そこにいたんだ!」
さっきから天照大神の横に居たのにまるで今気づいたようにニニギは驚いていた。
鹿威は面倒くさそう深い溜め息をし、言った。
「ニニギ様、オレはずっと天照大御神様の横にいましたよ」
「な、何と!鹿威貴様もしや鹿だからって並外れた跳躍でここまで跳んで来たのか?鹿だけに……」
「いえ、ニニギ様、オレはさっきから居ましたよ!」
鹿威は、敬語二度目の突っ込みに飽きてきた。天照大神を見ると天照大神は、天照大神で何か独り言を言っていた。
「ふむ、だが変だな?いくら鹿だからってここまで跳べる訳がない。だろ!鹿威」
「だからニニギ様、私はさっきからここに居ましたよ」
ニニギは、鹿威の言葉なんて全く一つも聞いて居ない様子でまた独り言を始めた。鹿威は思った。
どうしてここ高天原……いや位の高い神様は、みんな呆けているんだろうと思った。
(もしかして、長く生きているからなのか?長く生き過ぎて頭の中が人間の老人の頭のように成っているのか?それとも、元々ボケ才能があるのか?)
鹿威が何か考えている間、ニニギは天照大神に重要な話しがある事に忘れていたのを思い出したのであった。
「天照大御神様、重要な事お話があるのですが少々宜しいですか?」
「ええ、いいわ」
さっきのボケた空気が一気に緊張感が走る空気に変わった。
鹿威は、さっきまでの空気はどうしたんだ?と突っ込みたくなったが止めた。
正直さっきも言ったように空気が緊張感と云うのか、何かヤバそうな空気に入れ替わったことに鹿威は気づいたのだ。
「それが例のあの幼子を一体誰に育てて貰おうかということが決まってなくてですね」
「ん?人間ではないのか?」
鹿威が口をはさんだ。
「いえ、もちろん人間に育てて貰いますが一体何処の誰を選べば良いのかですね?」
「ああ、そうね……地域はあそこはどうかしら?ほら今、日の本で最も栄えている確か……江戸だったかしら?」
江戸と聞いた鹿威は顔を歪めた。江戸は野獣が少し住みにくい場所だ。
なおかつ、人間たちの黒く歪んだ憎しみの心が沢山でそれを餌にする少したちの悪い妖怪がいるからだ。
が、江戸町から離れた山の奥に行ったら獣でも何でも居る。
「江戸ですか?また……何故そのような場所を選ぶんですか?」
「それはねニニギ。江戸は確かにあの幼子に取ってはまだ危ない場所かもしれない。けど人と共存するには持って来いの場所だからよ」
「はあ……」
「もちろん、江戸町は人が多い。でも人が多い分身内のいない小さな幼子だって沢山居るはず。火事とかで両の親を亡くしたり…とかね」
ニニギは全く何一つ理解出来なかった。もちろん鹿威もだ。
「しかし、ずっとそこにいるのですか?」
「いえ、江戸町から少し離れているかぐち村に住んでいるある夫妻にあの幼子を預けます」
「そのある夫妻とは?」
「その夫妻はどうやら子が成せない体質らしいのです。この前聞こえました。『子が欲しい』と。だから鹿威あなた例の幼子をあの夫妻の元に連れて行ってほしいの」
鹿威は急に自分の名前が呼ばれてビックリした。
「えっ、オレがですか!」
「ええ、そうよ。だってあなた幼子の乳母から手紙か何かを預かっているんでしょ?」
「え、まあ、そうだけども。何故オレ?」
ニニギがここでまた驚いた。
「何?鹿威お前あの幼子の乳母から手紙を預かっているのか?」
「はい、そうなんですが」
「そうなら、君が幼子をかぐち村に住んでいる例の夫妻の元に届けた方が良いんじゃないか?」
「しかし」
「幼子の乳母は多分お前を信じて手紙を託したんだろう?」
「多分……ですか?」
鹿威がちょっと自信なさげに言った。すると天照大神が急に声を張り上げてた。
「大丈夫よ!あの夫妻は優しいはず!多分だけどね」
「多分ですか?」
「そんなに不安なら鹿威、私が夫妻の為に文を書いてあげましょうか?」
そう言う問題じゃだありません!っと言いたくなった鹿威だか何とかこらえて冷静に言った。
「あの、天照大御神様そう言う問題ではなくて、あの幼子はまだ瞳が青いので日の本の人達は呪いと間違えるはずでは?」
「あら?そう言う問題だったの?」
鹿威は既に疲れ気味になっていた。
「普通の人は大体瞳が黒っぽい茶色ですがそこに瞳の青い幼子が来たら呪われた子だと思われるんですがね?普通は」
「そうだったのニニギ?」
天照大神がニニギに聞いた。
「ああ、確かに前の奴も結構瞳のことで苦労したとか言ってた。だが七つになれば普通になるんだろ?」
「確かに」
「そうだ。前の神擬は今どうしているの?」
天照大神は今思い出したように呟いた。
「あの人は、約100年前に何故か随分心を痛められてお亡くなりになれたはずではありませんか?」
鹿威の言葉に天照大神は驚いた。
「えぇ?そうなの?」
「まあ、元々御代ノ一族は弱いからな?特に神擬として選ばれた者がな……」
ニニギは悲しそうに目を細めた。
(大丈夫なのか、幼子。お前は一族の生き残りで最後の頼みの綱なのだ。お願いだから変な早死にだけはするなよ)
っと一瞬三柱は一緒に思ってしまった。長く重い沈黙が続いたがこの沈黙を破ったのは鹿威の一言だった。
「で、どうするんですか?」
「決まっているでしょ?あなたが例の夫妻の元に連れて行くのよ」
「でも、いくら子が欲しいからっと言って養子はどうかと……やっぱり跡継ぎとか血が繋がった子に継いでほしんじゃないのかな。いくら子供好きで優しいからってそれはないと思いますよ」
「言ったでしょ?その為に私から文を出しておくって」
「文が役に立つのかな?で、一体誰が連れて行くんですか?」
そう言った途端二人から一斉に指を指された鹿威であった。
「ハァ……そう来るって思ってましたよ!」
天照大神は高天原などのことで忙しい。ニニギは国津神に色々と話しがあるから出来ないので、必然的にほとんど仕事が無い暇な鹿威になってしまう。
鹿威はげんなりした表情で高天原を降りて行った。