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「ルアン、もういいわ」
そう、シギが言うと、ルアンは頷いて、指笛で音を奏で、野犬たちを撤退させた。
シギはルアンより一歩前に出た。
「これじゃあ、らちが明かないわ。私が、決着をつけるから。ルアンは手を出さなくていいわ」
「わかった」
ルアンは一歩下がった。
「ということで、覚悟はよろしいかしら?」
シギは金色の杖を前に構えて、フェイに聞いてきた。
「そんなこと言う前に仕掛けてきたら?」
クスリと首を傾げて、シギを挑発している。その挑発にシギが乗ってくるのも予想済みだったりする。
「いいわ。そんな余裕なくしてあげるから」
右手で髪を振り払って、後ろに髪を整えてから、杖を構えなおした。深呼吸をして、目を閉じて、呼吸を整えた。神経を集中させるためである。ゆっくりと唱えた。
「天と地において、空には太陽、海には光、大地に土を、そして、命の息吹を。風は流れて、命を運ぶ。空気を運ぶ。雲を運ぶ。季節を運ぶ。空はあらゆる色に変わり、表情を変える。誠の理にして、自然の流れ。それを知るはこの地の者。魔の力よ、我の声を聞くならば、我に応えよ。彼の者を追跡し、捕らえ、攻撃せよ!」
杖から放たれた巨大な光り輝く青白い玉は、すぐに森の中を突き進んでいった。フェイとリュートは、シギが詠唱中に森の中に逃げ込んでいた。そして今は、雨が降り始めており、二人の気配が雨によって分からなくなっていたが、考えて作り出したのは、追跡型の物。雨によって気配を消せても、見つけて出し攻撃する事が出来る。
「結果を見るまでもないでしょ。ルアン、帰るわよ」
「わかった」
シギとルアンは消えるようにその場を立ち去った。
シギが詠唱を始めた時、湿った香りが周りを漂ってきた。
「雨?」
リュートがフェイに聞いた。
「降るね。……ちょうどいい。行こう」
フェイはリュートの手首をつかんで、右側の茂みの中に入っていった。
所々に出ている、枝や根っこを避け飛ばしながら、走りながら、フェイの後ろからついていく。
「これからどうするのさ」
リュートが聞いた。
「このまま、行けるとこまで行く。言っとくけど、あいつが、さっき詠唱してたの、追跡型だから、逃げても無駄だと思うから、罠を仕掛ける」
「罠?」
「そう、罠を……ね」
何かを企んでいる楽しそうな顔だった。
味方であってよかったと思った。敵ならば、何が起こるか、何をされるか分からないからだ。
この辺でいいかな、と言って、フェイが立ち止まったのは少し視界が広けている場所だった。
何をするのかと見ていたら、フェイは杖を出した。
「この世界の自然よ、我らの代わりとなりて、我の力となれ、……」
フェイの手に現れたのは、人差し指と中指の間、中指と薬指の間に一本ずつ、二本の緑色の木のつるが螺旋状に絡み合って、二十センチほどの長さで両先が尖っていた。
「それは?」
「あたしたちの代わり。……しかも、飛ぶよ?」
と、口の端を上に上げて笑い、少し首を傾げる姿は、この状況を楽しんで遊んでいる子供のようだった。
後ろから、ゴーと重い音が響き、地面が揺れる。何かと思って後ろを振り向くと、青白い光の玉がこちらに向かって来ていた。
あれかと冷静に確認して、来たな、と小さな声で言うフェイの声が聞こえたと思うと、いきなり頭を掴まれた。
「伏せて!!」
フェイは、さっき持っていた二本のつるを前に投げると、コウモリと同じような羽がニョキっというように生え、前方に飛んでいく。
そして、そのまま頭を押さえつけられ、手で支えられぬまま地に伏してしまった。
「うわっ!!」
それしか言えなかった。待って、とも言えないまま。
頭の上を光の玉が通り過ぎたのが分かったと、すぐに爆発音が響いた。
本当ならば、アレが自分らを攻撃していたのだ。
怖いとは思わなかった。それは、フェイが自分では出来ない何かをしてくれるのではないかと予感していたからのだろうか。それは分からないが、今自分が頼っているのはこの人だということだ。
一人ではどうなるか分からなかったことも、確かにこの手に掴みかけていた。
「大丈夫?」
と、フェイに聞かれて、あぁ、と答えた後、鼻をさする。
「鼻を打った」
「土はやわらかいんだから、それは打ったとは言わないわね。あと、ここ」
フェイが指で指した所は額。土を払って、悪態をついてみる。
「綺麗な顔が台無しだ」
「どこのどいつの顔がきれいだって?」
「お・れ」
自分を指して、ここにいると示してみた。
「そんな事言ってりゃ、世話ないね」
ピンッとデコピンされた。
「痛っ」
そこまで言うほど痛くはなかったが、額をさすってみる。上目使いで訴えてみる。
「本気でやったら、そんなもんじゃないよ」
「どうなるの?」
好奇心で聞いてみた。
「うーん」
本気で考えていないように、頭をひねって言った。
「リュートなら、吹っ飛ぶよ」
と、真剣に言うものだから、驚いた。そんなこと普通に言うか?と。
「まー、冗談は置いといて」
って、冗談かよ。と突っ込みを入れたいものの、言葉にできず、飲み込んでしまう。
本当に、フェイは先が見えない。そう思った今日この頃である。
さあ、行こうかと、フェイが立ち上がった途端に、左目を覆っていた眼帯が落ちた。
さっきの光の玉にかすった所為だろう。千切れたところが焦げていた。
「フェイこそ大丈夫か?」
そう言って、微笑した後に、その目の色と刻印を見て息を呑んだ。
いつも見ていた色とは違う色。吸い込まれそうな透き通った蒼。広大な海をも創造させるような透き通った蒼だった。そして、スッと姿を現したのは眼の中に左右対称で葉っぱをモチーフにした刻印と目の周りの皮膚にハートをモチーフにした刺青が刻まれていた。
「大丈夫。見えてないわけじゃないから」
左目を覆いながら、伏せみがちに言った。
「この目見て、どう思った?」
「どうって……」
見たまま、感じたまま、言っていいんだろうなーと思って、言うことにした。フェイの表情が気になったが。
「きれいな蒼色だと思ったよ。それが?」
リュートは一度息を吐いて、言った。
「リュートが二人目かな。そんなこと言ったの。……あたしにとっては、戒めの色でしかないけれど」
最後の言葉は、小声ではっきりとは聞こえなかったけれど、フェイが背負っている何かを少し垣間見たような気がした。そうして、フェイは眼帯を付け直した。
「次どうするの?」
急に話を変えて、フェイがリュートに聞いた。
「もうすぐ国境だからね。まずはそこまで行かなきゃ。でも、たぶんそこには、検問が張られていると思うから、気を引き締めていかなきゃ」
「それは誰に言ってるのかな、リュート君」
「そう言えるなら、大丈夫だね。さあ、行こうか」
フェイは森の奥の茂みへと先導するリュートについて行った。国境が近いならば、リュートのテリトリーであることに違いない。このあたりの道からは、リュートに頼った方がいいと思った。




