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 アーバンからレイピアに続く峠道。誰もいない道。

 道の両側には緑色の葉が生い茂り、枝の隙間から地に太陽に光を与えている。風が吹くとその木漏れ日がゆらゆらと揺れる。澄んだ空気の匂い。自然がもたらす香りだ。甘い香りも漂っている。近くに花でも咲いているのだろう。ここからは、覆い茂る木々しか見えないが。

 時折、響く鳥の鳴き声。その中に――この真昼間に聞こえるはずもない鳴き声――遠吠えが聞こえた。それを聞いてフェイは立ち止まって、それを見たリュートも立ち止まった。

「どした?」

 リュートは不思議そうに聞いた。

「野犬だ」

 フェイは周りを見渡ながら答えた。

「それが?」

「仲間を呼んでる。しかも、こっちに来るみたい」

「野犬の言葉、分かるの?」

「少しなら」

「で、こっちに来ると」

「そう」

「――敵?」

「たぶんね」

 野犬は道の両側に連なる木々からやってくるようだ。木々が擦れ合う音。今は遠いが後にここにやってくる。

 道に平行にフェイとリュートは背を合わせた。フロドは剣の柄を右手で持ち、静止した。

「ねー、リュート」

「ん?」

「剣、貸してくれない?この状況だと剣の方がやりやすいし」

「使えるの?」

「前にも言ったと思うけど、大体のものはね」

「大体、って事は、使えないものあるって事?」

「そういう事じゃないよ。……基本的なことは全部学んでる。結局は好きか嫌いかの問題。弓とか銃は的当てゲームみたいでなの。感覚もないしね。――あたしは人の生死を簡単に扱いたくないの」

「分かった。剣というのは相性というものがあって……」

 そう言いながら、リュートは二本ある中の黒色の柄の剣をフェイに渡した。

「あたしには相性なんて関係ない。こちらが慣れるまでの事」

「左様で」

 リュートはフェイの心意気に呆れるように言った。実際、すぐに慣れることが出来れば問題はない。

 フェイは剣を受け取って、背中越しのベルトに横に差し、鞘を右手で持ち左手で逆手に柄を持って剣を出し、剣を半回転させて、前に構えた。

 さっきよりも近づいていることが分かる。野犬の遠吠えも消え、ただそこは殺気に満ち溢れていた。

「リュート、出来るだけ手加減して。戦力を落とすだけでいいから」

「分かってる。俺もむやみな殺生はしたくない」

 野犬は誰にも支配されない。その中の群れで成り立っている。何もしてこない者にそうは襲いに来ない。だから、操られている可能性が高い。この連鎖を断ち切るには、操っている術者を見つけなければならない。

「来るよ!」

 フェイがそう合図すると、ちょうど飛び出てくる野犬たち。山で育ち、備わった力。牙をむき、襲い掛かってくる。

 リュートは襲い掛かってきた野犬を見定めて、剣を抜く。狙いは足。動けなくなれば、戦力は減る。フェイも同じようにして戦力を減らしていく。だが、剣を振るっても出てくる野犬。これでは、らちが明かない。というか、こんな所で体力を取られたくない。

「そろそろ出てきたら、術者さん?野犬をどう操ろうがあたしたちには勝てない」

 フェイがそう言うと、勢いよく出てきていた野犬の応酬は止まり、目の前に出てきたのは、身長差のある男女。金色の杖を持った少女と背の高い青年。二人の顔が似ている事から姉弟なのだろう。

 少女が杖をすでに出しているということは、術を発動しているのかもしれない。考えられるのは結界術。自らの術で自らの身を守る術。結界は作った者しか見えず、相手はどの範囲で結界があるのかも分からないし、それが作られているのかも確かではない。

「私たちが出てきたところで、何も変わらないわよ?勝つのは私たちなのだから」

 背の低い少女――シギが言った。

「そう言っている奴の方が弱いってのが相場だけど?」

「そういう台詞を言う人の方が弱いって言うのも聞くけど?それに、私たちは……」

「国王直属の部隊だから?」

「どうしてそれを」

 図星だったようだ。その言葉を聞いてシギは驚いているようだった。

「だいたいの兵は何名かの者とリーダーがいるのが相場。それなのに、あなたたちは二人で行動してる。そう考えられなくもないじゃない?それにあなたの態度を見たらだいたいわね」

「そう」

「国王に信頼されてようが、結果はやってみないと分からないんじゃない?」

「確かに」

 フェイに同意したシギはルアンに戦闘開始の合図をした。

 ルアンは頷いて、指笛を吹いた。さらに野犬を呼び込んだようだ。

 厄介なことになる前に片付けなくてはならない。戦略を考えなければならない。

 まずは仕掛けてみるか。

「リュート」

「ん?」

「ちょっと協力してくれる?」

「いいよ。俺が出来ることならどうぞ」

「ちょっと、あいつらに、けし掛けて欲しいの。たぶん、今、結界が張られているんだと思うんだけど、定かではないでしょ。だから」

「いいよ。行って来る。」

 聞いた途端に行動に移せるというのはいい神経だ。こちらにとってもやりやすい。いい連れである。

 リュートが二人組みにけし掛けている間、止まっていた野犬はフェイに向かってくる。その対応をしながら、リュートの方もどうなるか見ていた。


 リュートは新たに剣を構え直した。目的は、敵は結界を張っているのかということ。これが分かれば、戦術を変えることができる。

 剣を右手に持って、前に走っていく。それを見た、ルアンはさらに野犬を呼び込むため、指笛を吹いた。左右でまだ待機していた野犬がリュート目掛けて襲い掛かってきた。その何匹の野犬を剣で蹴散らして、さらに、前へ進む。フェイの方にも野犬が襲い掛かっていた。

 リュートはふと考えた。二手に分かれてやった方がいいのではないかと。野犬が無限にいるわけではない。早めに減らすのがやりやすい。最終的に、こちらの体力が減るのが先か、野犬が減るのが先かということが勝敗を決めるかもしれない。

 そして、リュートがルアンに近づいた時、ルアンが懐に手を入れて、何かを出していた。それは、小型ナイフ三本だった。指の間に挟みこみ、投げてくる瞬間、リュートは前に進もうとしていた体制をすぐに後ろへと避ける体制へと変えて、投げられてきた三本の小型ナイフを避けた。

「リュート、大丈夫?」

 フェイが聞いた。

「大丈夫」

 リュートはすぐに応えて、フェイの所に合流した。

 すると、敵の様子が変わっていた。

「ルアン、余計なことしないで」

 シギが声のトーンを一つ落としていった。険しい顔をしている。怒っているようだ。

「?」

 声が大きくなる。フェイたちにもこの会話が丸聞こえである。

「言ったでしょ。守りは私に任せて、あなたは攻めに徹しなさいと。さらに、あなたの術は集中力が必要なの。余計なことはしないで」

「わかった」

「なら、いいわ」

 シギは気持ちを変えるように一つ息を吐いて、こちらに向いた。

 フェイはシギたちの会話を聞いてリュートに言った。

「ボロが出てきたわね。戦いにおいて、自分をさらけ出すと言うことは、相手に戦術を教えるのと一緒。さっき、『私は守り、あなたは攻め』って言ってた。ということは、結界が張られている可能性が高くなったってわけね」

「勝気がこちらに向いてきたようだね」

「そうね。今まで、どちらが勝つと言う段階ではなかった。しかも、あちら側の方が高かったのは確かね。こっちの体力が減って、野犬に一斉攻撃でもされてみなさい。こちらが不利なのは一目瞭然。殺り損ねても、あの女の子が大技を……」

「フェイ?」

話している途中で、考え込んだものだから、リュートはフェイに聞いた。

「……いい事思い付いた」

 フェイの口角がにっとつり上がった。悪巧みを考えているような。

「いい事?」

「そう。リュート。あなたは気に食わないかもしれないけど、あたしに付いて来てくれる?」

「いいよ。その前に前見てね」

 フェイはリュートに話すのと戦術を考えるのに、夢中になって周りが見えてなかったらしく、野犬が目の前にやってきているのに気づかなかった。

 しかし、リュートが野犬にここまで来ているのを知らなかったわけではないはずだ。ちゃんと、自分の話を聞いてくれていたということだ。そして、ちょうど、話が終わったところで野犬を片付けるように考えていたのだ。

 リュートは、一歩前に出ると、左足を軸に右足を回転させ、その勢いで、右足を地面に着地させ、左足で野犬に回し蹴りをくらわした。

 野犬は横倒しに倒れて、なかなか起き上がることが出来なかった。

「余所見、禁物ってね」

 リュートがにこやかにかわいらしく言うものだから、フェイは戦いの最中ながら、くすりと笑ってしまった。緊張していた心と頭が軽くなったようだ。

「助かった。深く考え出すと周りが見えなくなってきてね」

「もう大丈夫?」

「一度やったヘマはしないから。大丈夫」

「心強いお言葉で」

「もちろん。最後まであたしについて来て。道が見えてくるから」

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