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ロイド・マンティーン・ダグラスがロイド・マンティーン・ダグラスと呼ばれ、自分が自分と自覚した頃にそれは起こった。
レイピアの王族に始めての子が生まれた。王子が。町の民はその王子を、そして、国王ダン・ウィル、王妃シフレ・サパンを祝福した。しかし、その幸福は長くは続かなかった。隣国のアーバンの王族兵がレイピアの領土を奪いに来たのだ。この頃、アーバンは腐敗した政治によって、国力は衰退の一途をたどっていたが、突然現れた優秀な魔術師ランクス・フォードによって、栄華を取り戻しつつあったのだ。それによって、繁栄しているレイピアの領土が狙われてしまった。すべては、ランクス・フォードの魔の手によって。
ダンも戦陣に赴いたが、レイピアの領土がアーバンの配下になるのは時間の問題だった。
城には、シフレとロイド。そして、魔術師のカロン・スミスがいた。
「もう、レイピアがアーバンの配下になるのは時間の問題です。国王がここにいない今、私はここに残らなくてはなりません。私がここを動くわけにはいかないのです」
王妃が言った。
「ですが、ロイド様は、どうなさるのですか?王妃様もロイド様とお逃げになって下さい」
「ここに残るのは、私の意志です。ロイドは、あなた。スミスに育ててほしいのです。国王の名の下に強く育てるのです」
「お母様?」
王妃はロイドの目線に合わせるように、ひざを折って、ゆっくり話した。
「ロイド。スミスとお行きなさい。私は、国王を待たなくてはなりません。だから、先にあなただけでも、スミスと行くのです」
「でも、」
「後から追いかけます。さあ、行きなさい」
「……はい」
この時、俺は何も言えなかった。まだ、小さかったからといって、ここに生命を受けたからには、理解しなければならなかったんだ。母はここで父の後を追おうとしていることに。母の言葉を信じて、後から追ってきてくれると信じていたんだ。父と共に。しかし、二人とも俺の元に帰ってきてくれることはなかった。
それから、スミスに育てられた俺は、名前を変え、母の噂を知った。母はあの後、殺されることなく、捕虜として生かされていたことを知った。しかし、それ以降、母の姿を見た者はおらず、今はどうなっているかという情報もまったく入ってこなくなった。
スミスと一緒に住んでいた頃、俺が今の年齢になる前に一緒に住んでいる孫のミスティが言った。
「今はあえてロイドって言うよ。ロイド、あなたしかレイピアを取り戻すことは出来ないんだよ」
「俺に何が出来るというんだ、ミスティ。もうレイピアはあいつの物だ」
「レイピアは誰の物でもない。守れるのは、ロイドだけ。取り戻せるのもロイドだけ。誰かじゃなくね」
「俺は何も出来ないよ」
「出来ないんじゃない。やらないだけなんだよ、ロイドは。やろうとすることで一歩前に進むことができる。何もやらなければ、そこに立ち止まったままなんだよ。――言ってること分かるよね?」
「何か始めなければ、何かをし始めなければ、何も変わらない。だろ?分かってる。俺しか出来る奴はいない。言い出したのは、ミスティだ。協力してくれるんだろ?」
ロイドはミスティの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「出来る限りわね」
髪を直しながら、顔を傾けて、おどけた顔で笑った。
自分の気持ちは決まっていた。ただ、それを口にするのが怖かっただけ。言う勇気、そして、それを行動に移す勇気がなかっただけなんだ。
俺はスミスの所で、一般常識から政治を徹底的に学び、そして、剣術や体術を習った。
今レイピアに君臨しているのは、前アーバン国王であるテリー・ポッド。国を滅ぼしかねない政治をしていたテリーは、今はレイピアを滅ぼしかけている。高額の税を設け、払えない民には罰を与えた。そして、今のアーバンを治めているのが、この息子であるリオ・リバースなのである。だが、リオは頭がよく、政にも参加できるほどだった。そして、テリーはレイピアを支配した後、リオにアーバンを任せ、自分はレイピアに君臨した。
数年が経ち、リオの政に対しての功績に不服を感じたテリーは、リオとの縁を切ってしまった。しかし、リオは今でも、アーバンの国王として、政を行っているという。それは、国民がアーバンにはこの人物が必要であると主張したためである。
「俺はテリーに手紙を出した。その王座を返してもらうとね。あと母の生死が知りたいんだ。あの時フェイに会った時も、追われてたんだ。あまり、姿を見せるわけにはいかなかったんだ。指名手配書も張り出されてない所から、向こうも公開する前に俺を消すつもりだったんだろう」
「だから、すぐに断って、行こうとしてたんだ」
「そう。でも、君がいたことで、助かったよ。こんな話、信じれないかもしれないけど」
「どうして?あたしはリュートがウソをついてるとは思ってないよ」
「ありがとう。でも、やっぱり、フェイに話してよかったよ。それでさ、」
「言っとくけどあたし、あなたとここで離れる気はないから」
フェイは立ち上がって、リュートの前に立った。
「え?」
「だから、リュートが王座の席に座るまで、一緒にいるってこと」
リュートは一瞬驚いて、笑った。リュートが言いかけた事。それは、フェイに迷惑をかけたくないから、ここで別れたほうがいいと言おうとしていた。それをフェイは察して、先にリュートと一緒に行くと言いのけたのだ。
「一人で城に乗り込むよりも二人で行ったほうがいいでしょ。それに、こんな面白そうなことに頭を突っ込みかけているのに、迷惑かけるから、さいならなんて、こっちからゴメンだよ、あたしは。それにすでに一つ関わってるんだから、他人事みたいに言わないでよ」
「面白そうか。ありがとう」
「でも、その魔術師の人、危なくない?リュートが生きてるって知ってるんだったら、尚更」
「大丈夫。簡単に奴らに捕まるほど、軟な人じゃないから」
「そっか。なら、よかった。で、これから、どうするの?」
「まずは、レイピアに行くために、峠を越える」
「それじゃあ、狙ってくれって言ってるもんじゃない」
「フェイもこそこそ隠れて行くより、敵の姿も見れて、対処しやすいでしょ?その方が」
「リュートがそれでいいんなら、あたしはどっちでもいいけど」
「なら、決まりだ」
リュートはぬるくなった紅茶を飲み干した。フェイも紅茶を飲んで、机にカップを置いて、リュートの部屋を出た。




