15
フェイは走った。
ランクスがどこに行ったのかは分かる。
道しるべはあった。か細い光ではあったが。
一本の光。
この光は、闇夜に続く光かもしれない。
けれど、走るしかない。
このために日々歩いてきたのだ。
今さら引き返すつもりはない。
だが、奴には到底敵わないと解っている。
力量など敵わないと知っている。
だけど進む。
あたしは自分を信じてきたから。
微量の魔力である光。
これを辿れば奴にたどり着く。
これは罠だ。
あたしを試している。
けど、あたしは進む。
「もう、鬼ごっこは終わり?」
フェイの前にはランクスがいた。何事もなかったかのようにそこに立っていた。
「鬼ごっこをしてたつもりはないんだけどね。もう、時間がないから」
ランクスは廊下の窓を見た。日が沈んできている。もうすぐ夜が来る。
「そんなに急がなくてもいいじゃない。折角の感動の再会じゃない。少しは付き合ってよ」
「君がオレをこの場所に居座らせる事が出来るならね」
「そのつもりだから心配しないで」
「そう。――昔の君の力量ならオレについて来れる事はなかった。魔術使いの技量ではこの微量の魔力は感知できない。力を付けたようだね」
「これでも、勉強や修行をやってきたからね。あんたに追いつくためにね。ここまで来れたのもあんたのおかげ。少しは感謝してるんだよ」
「でも、まだ、足りない。それでも向かってくるつもり?」
「でないと、ここまで来た意味がないからね」
「そう、――なら、こちらも本気でいかせてもらうよ」
「そうでなくっちゃね!」
そう言って、フェイは駆け出した。
「……銀姫」
左手に現れたのは、銀色の細い棒のような杖。
走りながら、体制を整えて、一つトーンを落とした声で詠唱した。
「この世の自然よ、我の言葉を聞き、我の力となれ。姿を現し、かのものを捕らえよ」
前にレイピアの兵士たちを捕らえ、金縛り状態にした見えない鎖ではないそんな事をしても、ランクスには見破られる事は分かっている。形を成した鎖はランクスに向かって、放たれた。
四方八方に分かれた鎖。しかし、すべての鎖はランクスの真正面に向かって放たれていた。
「そんな低級魔法でオレを捕らえられるとでも?」
腰にベルトに挿していた剣を鞘から抜き、鎖を交わし弾いていく。ただの剣ではない。ランクス自身の魔力を剣に注いでいる。さらに、フェイが放った鎖よりも強い魔力を注ぐ事で容易く弾けるようにしている。そのように、剣に魔力を注ぎ、さらには魔力を強弱を調節できる者は上達者しかいない。
「油断すると痛い目見るよ」
フェイは口角を上げて、杖を振った。
すると、急にランクスの剣の動きが止まった。いや、止まったのではない。フェイの鎖によって剣に絡めていたのだ。
一瞬の出来事でランクスは驚いていた。すべてが自分の真正面から来る単純な鎖だと思っていた。いや、そう決め付けていた。その深層心理を分かっていたのか分からないが、ずっと前の鎖だけに集中していたため、後ろから来ていた鎖に気付かなかった。しかも、それは、見えない鎖だった。完全に見えはしないが、そこに何かあるのは分かる。最初に鎖を出した事を考えるとこれも鎖なのだろう。
シキに聞いたとおりだ。『見えない鎖で金縛り状態にした。』何気ない杖の振りで、詠唱もなしで、いや、オレが鎖と格闘しているうちに小声でしたのかもしれないが、不意を突いてしたことは評価しよう。しかし、これで、俺を止められたと思うにはまだ早いよ。
この鎖の解除は、相手の杖の名前だそうだが、そんな手間な事はやらない。剣を離せばいいだけ。だが、剣を捉えられた瞬間に必然的に前から来ていた見える鎖に体を捕らえられていた。これで身動きが取れない。しかし、腕が動けば、攻撃が出来る。
すべてを封じなかったのが運の尽きだ。
ランクスは右手を前にかざして言った。
「暗鬼」
右手に現れたのは、木で出来た杖。ところどころが波打っていて、先端は円を描いていて、円の先の上に透明の水晶球が付いていた。
杖を床に叩きつけて言った。
「解除」
詠唱する事もなく、ただ言葉を紡いだだけでランクスの体を捕らえていた鎖はサッと消え去った。ランクスは言葉を発する前に心で何を創造したいのか決めている。それが杖と反応し、現象として現れるようになっている。 詠唱なしで時間短縮で守護や攻撃が出来るというわけだ。
それを垣間見たフェイは驚きを見せた。ランクスの体が動く事ができる事は次は攻撃が来ると思い、すばやく杖を構えた。
さらに、杖を床に叩きつけて、ランクスは言った。
「攻撃」
すると、杖の水晶球が透明から赤色に変わり、ランクスの頭上には炎に包まれた岩石が数個あった。
「って、こんなところでそんなもの出さないでよ!!」
フェイはそうランクスに叫んで、詠唱した。
体制を整えて、一つトーンを落とした声で詠唱した。
「この世の自然よ、我の言葉を聞き、我の力となれ。彼のモノを包み込み排除せよ」
そうして現れたのは、高く波打つ津波だった。
「君こそ、ちゃんと見たほうがいいよ」
「え?―――……って幻!!」
そう、ランクスが出現させた炎に包まれた岩石はすべて幻だったのだ。そして、フェイが出現させた津波はというとそのまま廊下を包み込もうとしていた。
「もう、時間がないみたいだ。刻印を刻まれた者に生きる術などない。もがき、苦しみ、死んでいくだけ。追いかけたければ、来ればいい。弱いものには興味はないから」
そう言って、津波がランクスに到達する前に消えた。そうして、津波は廊下を包み込んだ。廊下は水浸し。
「って、これ、どうしろっていうのよ!!」
フェイは廊下に響くように大きな声で叫んで、その場に座り込んだ。