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夜が明けて、ルドルフがいるテントに別れを告げて、レイピアへと足を進めた。あまり長居をするとルドルフにも迷惑をかけてしまうし、今のうちにレイピアに入っておきたかった。三日後に行われるレイピア三百周年記念とテリー・ポッドがレイピアに即位してから十五周年という事で祝賀祭が開催される。国の者はすべて参加、そして、他の国からも大勢の人が参加する。祭りの三日前ということでレイピアは総出で準備をし、参加する人たちも続々とレイピアに集まる。そこに紛れてレイピアに入る。
レイピアに入る白い門は大きく開け放たれていて、様々な人が入国していた。道は石畳で出来ていて、国の中央には大きな噴水が設けられていた。一時間ごとに舞い上がる水は観光としても有名だ。観光地だけにお土産や食堂などが多く、祭りが近いレイピアは人々で溢れていた。
「ここから、スミスさんの家は近いの?」
レイピアの地理にあまり詳しくないフェイはリュートに聞いた。
「うん。ちょっと裏に入るんだけど、歩いて二十分ぐらい」
「ちょっと待って、それは近いとは言わないから」
フェイは、リュートの肩に手を置いて、あからさまにため息をついた。
「そうかな?」
「あたしならまだしもね。――ということで、ご飯食べよ」
「はいはい」
近くにあった食堂に入った。すでにそこには数人のお客がいて、朝食を食べていた。二人も席に案内されて、頼んだ。
艶のあるバターロールと暖かいコーンスープ、カリカリに焼かれたベーコン、スクランブルエッグに茹でたウインナーが運ばれてレイピアまで歩いてきたためぺロリと食べた。
リュートの案内でスミスが住んでいる家に着いた。リュートの育て親であり、レイピアで有名な占い師である。しかし、本名でしているため、テリーにばれないように姿をくらまし、この家の場所を知っているのはお得意様だけなので家が見つかることはない。
一見して普通の家だった。木造建築の平屋建てで広々とした土地にその家はあった。
リュートが扉を開けようとしたら、チャイムも鳴らしていないのに、向こうから扉が開いた。そこには初老のおば様がいた。少し白髪がかった髪に年相応の皺があった。見た目は占い師には見えないが、フェイにはスミスの内なる魔力を感じた。優しくて穏やかに流れる力。何者にも危害を与えず、包み込んでくれるような暖かさが見えた。
「おかえり。そして、いらっしゃい、初めまして、カロン・スミスです」
「ただいま。スミス」
「初めまして、スミスさん。フェイです」
「どうぞ二人共、入って」
玄関を入ると中央に長い廊下があり、左右に部屋が三つずつと奥に一室あった。フェイが案内されたのは奥にある暗幕に隠れた部屋だったが、リュートはその隣の待合室だった。リュートによるとここが占いをする場所で、スミスは2人が来ることもフェイが占いをしに来たことも分かっているという。
「あの」
フェイがスミスに聞いた。
「リュートとお話しなくていいんですか?」
「あなたが気を使うことはないわ。何十年も会ってないことでもないし、占いをした後でも話はできるでしょ」
「そうですか。なら、お願いします」
スミスに案内されたフェイは前にある椅子に座った。部屋は少し薄暗く、落ち着ける場所だった。机の上にはグラスに入った水と小さな観葉植物しかなかった。机を挟んだ椅子にスミスは座った。
スミスは目を閉じて、精神集中をしているようだった。数秒経って、スッっと目を開け、横に置いてあったグラスをフェイの前に置き、聞いた。
「この水、何色にしたい?」
「色ですか?」
「そう、何色?」
「……青色?」
「なら、このグラスの淵に指で触れて」
フェイはそう言われて、左手に人差し指をグラスの淵に置いた。
「その状態で目をつぶって。その水が青色になるように思って。余計なことは考えないでね」
「はい」
水というのは無色で、何か色を付ける物がなければ、色が付くものではない。しかし、それを青色に変えるように考えなさいというのは不思議な話だが、スミスの言うとおり、何も考えず、水を青色にするということだけを考えていた。
スミスは水の変化を見て驚いた。
透明だった水が一瞬にして、青色に変わったのだ。澄み切った青。あの東方の国の南側に位置している国の海の青のような青だった。
この水で調べられる事。それは、魔力の量である。
その者が瞬間に想像した色。それはその者が一番好きな色。
目をつぶり、集中することで見えるモノ。魔力が高い者はその魔力が高いことを悟られない様に必然的に隠そうとする。そこで、目をつぶり、透明の水を青色に変えると決めた瞬間に隠していた魔力を意識関係なく放出してしまい、その魔力を感じた水は青色に変わる。そして、その変わる速さが早いほど魔力は高い。
それに対して、フェイの速さ。フェイは魔術使いだ。この速さなら、魔術師の力量であるのは間違いない。しかし、その力量を隠して魔術使いに甘んじているのはフェイの過去である事に間違いはない。
「目を開けて」
フェイはそう言われて、目を開けた。その時水はすでに透明に戻っている。目を開けた瞬間意識的に魔力を隠すからである。
スミスはグラスを元の場所に戻して、フェイの顔を見た。
「それでは、次に左手を私の右手に置いてもらえる?」
「はい」
左手を置いてから、フェイは気になってスミスに聞いた。
「何も聞かないんですね」
「どうして?」
「あなたぐらいの力がある人なら『あたしたち』の事、知ってると思って」
「そうね、知っているわ。ユートリア族の事は。でも、ひどい事を言うようだけれど、いらない情報は聞かないことにしているの。そうでなきゃ、余計な事考えちゃうでしょ?だからそれに、私はその人が必要な事だけを話す事にしているの。無駄な事は話さないの。占いはその人の道を導くモノで、迷いを生じさせるモノではないから」
「そうですね。集中して待ってます」
「はい。お願いします」
スミスは左手をフェイの左手の上に置いて目をつぶった。
「貴女が聞きたいことはあえて何も言わないわ。貴女自身が分かっているはずだから。自分が信じる道をいきなさい。それが、本当よ。
人はそんなに醜く、愚かではないわ。―――もう少し言わせてね。過去の事に触れるわ。あの事は貴女が悪いわけではないわ。まして、あそこにいたすべての者にも言える事。反論はあるだろうけど聞いて。貴女があそこに居ただろうが居なかっただろうが関係ないわ。貴女以外のユートリア族すべての者が死んでしまう事は必然だったの。偶然ではないわ。あの者がユートリア族に乗り込んだ時点で決まっていた事。だから、貴女が病む事はないの。でもそう言って貴女の気持ちが変わらない事は分かっている。だから、一つだけ言わせて。……『生きなさい』。それは貴女にしかできない事よ。そして、貴女にとって悲しむ者がいるのに対して、貴女が居なくなって悲しむ者がいることを覚えておいて」
「……考えときます」
「えぇ。さあ、ロイドが待ってるわ。行きましょうか」
フェイが部屋から出ようとしたら、スミスが話しかけてきた。
「それでね、ロイドは貴女から見てどんな感じなのかしら?貴女と会って、何か変わったような気がするんだけど」
「そうなんですか?まあ、確かに最初は近寄りがたい感じがあったのは確かですよ。でも、旅を続けていくうちに打ち解けてはいますね。今ではいい相棒みたいなものですよ。あ、これ本人には言わないで下さいね。表では連れってことになってるんで」
「分かったわ。この会話の事は内緒ね」
二人でクスリと笑った。
スミスにはロイドの変化に気付いていた。フェイと出会ったからだろうか。ロイドが話をする時の顔が明るくなったような気がする。
「そうそう、言い忘れるところだったわ。この町の刀剣屋に行くといいわ。貴女にぴったりの剣が見つかるはずよ。城に乗り込む時に役に立つと思うの。貴女は基本的に剣は使わないみたいだけど」
「そうですね、ずっとリュートに借りるわけにもいきませんね。じゃあ、行ってみます」
そして、待合室にいるリュートのところに戻って、スミスにロイドはフェイに会ったときから、これからどういうことをしようとしているのか話した。
スミスは、すべてを聞いて、それに対して何も言わず、がんばりなさいと言った。