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 右肩がやけに熱い。ジリジリと焼け付いている。

 案内された客室に入って、まっすぐベッドへと傾れこんだ。シーツが波打とうと関係なかった。右肩を抱き、丸く縮こまる。右肩にやってきている波をやり過ごしていく。

 痛みがある。突き進んでくる感覚。ただ、耐えるしかなく、言葉無く待つ時間。周期の間隔は長くなり、痛みも和らいできた。もう少しで元に戻る。


 リュートはフェイがいる客室の入り口の前に立って、声をかけた。

「入るよ?」

「待って。……誰?」

 重い体をベッドからゆっくり起こして、髪を掻き揚げる。

「リュート」

 ベッドから降りて、体を伸ばして、椅子に座る。何事も無かったかのように。ベッドのしわは直さなかった。

「……どうぞ」

 リュートは入り口のカーテンを開けて、中に入った。フェイは机があるところで座っていた。後ろには、少ししわくちゃのシーツがあるベッドがあった。

「こういう時って、『入るよ』じゃなくて、『入ってもいい?』って聞くもんじゃないの?」

「確かに。どう?体調は」

「心配するほどじゃないよ」

 それでも、疲れているようには見えた。

「そう、よかった」

 リュートは、フェイの前に座った。

 しばらく沈黙が続いた。口を開いたのは、フェイだった。

「ルドルフとは、どこで知り合ったの?」

「ルドルフとは酒場で会ったんだ。偶然入った酒場で喧嘩が始まってしまって、そこで最初に止めにかかったのがルドルフだった。でも、止めようとしたルドルフにもちょっかいを出そうとして、止めに入ったのが俺。実は始めに止めようとしてたんだけど、先越されちゃってさ。いろいろ話してるうちに仲良くなって。しかも、ルドルフは軍隊長だっていうからさ、びっくりしたんだけど、自分の本当のことを話すと、実は今の国王が気に食わないんだって、協力してくれるって言ってくれたんだ」

「で、今に至ると」

「そういうこと」

 楽しそうに、ルドルフとの出会いを話しているリュートを見ると、自分の事も言ってしまいそうになる。他の人に自分だけに科せられたことなど言ってはいけないと思っていた。これは自分の問題であり、背負わせてはいけないもの。自らの力で何とかしなくてはいけない物。ずっと、そう思っていた。重い、自分だけの罪を。

「どうして、そこまで、自分の事を話せるの?」

「どうしてなのかな。……人は、やっぱり一人では生きていけないんだよ。何かしら、他人ひとに頼って生きている。『思い』だってそう。特に、苦しい事なんかは、その『思い』を共有してる。半分、半分なんだよ。そしたら、少しは心が楽になるんじゃないかな。そうやって、人はそれぞれの道を生きているんだから。フェイの今の思いはどこにいる?」

「あたしの思い。そんな大それたものじゃないよ。……それで……聞きたい?」

「そう、思ってくれたんなら。俺は無理に聞こうとは思わないよ。自分の事だって、フェイに聞いてほしいから言ったことだし。それでもいいのなら」

「分かった」



 あたしの名前は、フェイ・ユートリア。ユートリア族の末裔。あたしの族は特に魔術に長けいて、魔術使い、魔術師を世に送っていた。王族に仕える者もいた。しかし、ある事がきっかけで、ユートリア族はあたしだけを残して消え去った。たった一人の魔術師によって。


 フェイは母に言われて、村がある丘の下の街に買い物に来ていた。八百屋の主人から野菜を受け取ったあと、その主人が言った。

「フェイちゃん。あなたの村、おかしくない?やたらと煙が上がってるし、物静かだとは思わない?」

 そう言われて、自分の目で村の様子を確かめてみる。何か胸騒ぎがする。所々に上がる黒い煙。そんな事見たことが無かった。持っていた袋をそこの主人に預けて、全速力で走った。自分が村を出て、十分も経っていない。その間に何があったというのだ。息が揚がり、足が痛くなろうと走り続けた。

 急に買い物行けと言った母の言葉。何かを悟っていたのだろうか。自分を巻き込まないように。

 短いようで長かった道のりを走り、たどり着いた自分の村。そこで見たたくさんの赤い池。壁に散らばる赤い斑点。そして、倒れている人々。ここで何があったか一目瞭然。

 そばにいた一人の肩を揺らす。友人の母親だった。

「セリアさん!!セリアさん!!」

 何度呼んでも答えはなかった。首の脈拍を確かめてみる。しかし、脈拍は感じることができなかった。やはり、死んでいる。

 フェイは立ち上がって、走り出した。行くところは一つ。自分の家。両親と妹のシリオンがいる家。まだ、村の人たちを殺した者達が潜んでいるかもしれない。辺りを見回しながら前へ進む。回りのすべての人が死んでいる。単独で出来る仕業ではない。複数と考える方が妥当だった。腰にある剣を確かめて、家を目指した。


 玄関の扉をゆっくりと開ける。まったく音がしない。自分が開けている扉以外は。真っ直ぐに進み、広間を開ける。誰もいない。家のすべてを見たがどこにもいなかった。残るは隣にある修練場のみである。修練場に続く戸を開け、修練場の唯一の扉の前に立つ。すると、微かに血のにおいがする。

 扉を勢いよく開けた。血の臭いが濃い。

 そこには、今まさにその者に剣で刺されて倒れた父の姿。その後ろにはもう息絶えた母の姿が。そして、その者を挟んで、目の前に傷を負って左手を押さえ、左膝ひを折って、肩で息をしているシリオンの姿。

 冷静でいられるわけがない。怒りが増すばかり。

 扉が開いたことで誰かきたと分かり、シリオンはこちらを向いた。

「姉様!!なぜ帰ってきたのです!!ここに来ては……!!」

「何を言っているの、シリオン。あたしはここにいなくてはいけないの。あなたは黙ってなさい」

「まだ、いたんだ。この村にも。生きてる人が」

 剣の血を振るって、剣を鞘に納めながらその者は言った。

「何を抜け抜けと。他に仲間は何人いるの?」

「仲間?仲間なんていないよ。オレ一人で来た。自分より弱いやつなんていらない。邪魔なだけだ。お前はオレより強いのか?」

 両者の眼が合った。

「やってみる価値はあるんじゃない?」

 だが、この者は強い。ここに立っているだけで分かる。ビリビリと伝わってくる。剣を構えればさらにそれが分かるだろう。こちらが抜けば、向こうは立ち向かってくる。勝てはしない。しかし、やらねばやられるだけだ。シリオンだけは守りたい。あの子は元々体が弱い子だから、今動けるあたしにあいつの目を向けさせておけば何とかなるかもしれない。

 奴の立ち振る舞いが変わった。背筋が伸び、剣を構えた。こちらが剣を抜けば奴はこちらに向かってくる。

 フェイは剣を抜き、構えた。その途端に奴は前に進んでくる。

 一瞬にして目前。奴の眼がはっきりと見え、剣の刃が鈍く光る。剣で応戦するのは向こうが早く、こちらが遅すぎた。斬られる!!と思った寸前、奴の前に黒い影が。何が起こったかすぐには理解できなかった。

 腹部に刺さった奴の剣。浅い。死ぬほどではない。何やら左肩が重い。そこには血を吐くシリオンがいた。フェイが切られる前に飛び出たシリオンがフェイを庇ったのである。

 守ろうとした者に守られた。覆いかぶさってきたシリオンを抱き、その場に座り込む。

「シリオン、なぜ、あたしを庇ったの?」

「姉様には……生きてほしかったの。だから……」

「急所は外れたようだが、その怪我では、助からない」

「うるさいわ。黙ってて!!」

 奴は血を払い、鞘に剣を納めた。

「あたしは、あなたを守ろうと」

「分かってた。姉様の考えなんて……お見通し。だから、生きてほしかった。――――姉様、……生きて」

 フェイの頬にあったシリオンの手が滑り落ちた。息絶えてしまった。

 シリオンの目から流れた涙を拭い、床にそっと寝かせた。

 フェイに涙などなかった。ただ、あるのは相手に向けての怒りのみ。

 立ち上がって、奴を真正面から見る。

「自分以外、村のすべての人が死んでも、それでも、君はオレとやろうとするんだね。強い目だ。そんな君にいい物をあげよう」

 右手を前に出して、手のひらを見せて、

「動くな」

 と言った。そうすると、フェイの体はまったく動かなくなった。

「少しの辛抱だ」

 そのまま、フェイの右目に手を添えた。何か呪文のような言葉を発した。

「右目にタトゥーを入れた。後に右の二の腕に刻印が入る。痛みはないはずだ。刻印は右の二の腕から右手にかけて、右肩から左肩、そして、左手に回り、最後に心臓にいく。だんだん痛みは増していく。心臓に刻印が届けば、君は死ぬ。その前にオレを探し出せ。そうすれば、君は死ななくてすむ」

「どうして、そこまで親切に教えてくれるんだ」

「たぶん、君にオレの事、見つけて欲しいから。そして、君に命を狙われたいから。―――オレの名前は、ランクス・フォード。覚えておいて損はないよ」

最後にそう言って、ランクスはこの場から消えた。


 その後、村の異変に気づいた街の人たちが来て、殺された仲間たちを葬るのを手伝ってくれた。そして、この村の生き残りである自分。帰る場所はみんなが眠っているこの場所。

 だから、村を焼いた。残しておいても、前には進めない。逃げたと思われてもいい。自分がすることは二つ。奴を探し出し、呪いを解くこと。そして、仇を返し、自らの手で奴を殺すこと。ただ、それだけだ。



「この右目はあたしにとっての戒めなの。忘れてはいけない。あの事を。あたしをかばって死んだ妹と同じ澄み切った蒼色。君はきれいな色だと言ってくれたけど、あたしにとって、戒めの色なの。刻まれた刻印が心臓に届くとあたしは死ぬ。それまでに探し出さなくてはいけない。これが、その刻印」

 フェイは、右手をリュートに見せた。リュートはその光景を目の当たりにして、息を飲んだ。すぐに、フェイは隠した。自分の命をむしばむモノ。

「徐々にこの刻印が進むにつれて、痛みを発してきている。それで、休んでた。これがあたしの正体」

「恨んでないの?そいつを」

「恨んでないと言ったらウソになるけど、過去に歩んで来た道、歩もうとしている道を復讐という名の色にはしたくないの。魂とか、魂魄こんぱくとか、まったく信じてるわけじゃないけど、もしも未練があって、ここに残っている者がいたとしたら。あたしが奴を倒すことで、その者の気が安らいで、さらに、あたしの気が晴れて、そして、この印が消えたら、一石三鳥じゃない?例えば、復讐する事があたしの運命だという人がいるかもしれない。今ここにいて、立っていて、生きているのはあたしなんだから、自分の道は自分で決める。誰が何と言おうとね」

「俺は否定も反対もしてないつもりだけど?」

「だからね、君という味方が一人でもいてくれた事がうれしいんだよ」

「フェイ、少し無理してない?君の言葉には矛盾があるよ。自分のために生きているというなら、なぜ、君は妹さんと同じ色の眼を戒めにしてまでも旅を続けているのか?」

「矛盾点が生じてるのは百も承知よ。あたしが願っていることは、復讐ていう名の殺しよ。死んだ者は生き返らない。なら、あたしが殺るしかない。それがあたしの想い。だけど、いやなの。こういう気持ち。あたしから手を引くなら今よ。君を巻き込みたくはない」

「一つ聞かせて」

「何?」

「そのランクス・フォードっていうのは、今レイピアでいつもテリー・ポッドの横にいる魔術師の事?」

「そうよ。それが?」

「それが?って、フェイ。進むべき道は一緒じゃないか。俺はテリーを。君はランクスに会いにここまで来たって事だろ?なら、手を引くどころか、一緒に城に乗り込めばいい。それぞれの相手に手は出さない。自分の目的を果たせばいい。そういう事だろ?」

 リュートの言い方は、フェイにとって突き放した言い方だったが、これはフェイのためだった。フェイは自分の手でランクスを殺すと言っている。それに否定するつもりも、手を貸すつもりもリュートにはない。自分のことに対してもフェイには関わってほしくない。自分で解決したい事だからだ。

「どう?」

「――分かった。ここまで来たんだし、そうしようか」

「なら、決定だ。ちょうど、レイピアに着いたら、スミスに会いに行くつもりだったんだ。占ってもらうといい。信じるも信じないも君の自由だ。いろいろ訊くといい」

「スミスさんて、魔術師の?」

「そう。魔術師兼占い師。俺の育ての親で恩人さ」

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