ケネスのバースデー
「お前は朝からゲームに入り浸っていたのか?ヘイワード」
「失礼な、ちゃんと働いてたさ。ほらこれ」
私の視界に入っていなかった縦長の白い箱から彼が取り出したもの。
それは妻の大好きな赤いラベンダーだった。
きれいな包装紙につつまれたその花たちを見た途端、私の脳裏に走馬灯のような
スピードで今までの妻の誕生日の思い出が蘇った。
わざと誕生日に合わせて誘った初めてのデートの時、結婚して間もない時、
花を買って家に帰るまでにはちあわせて勢い任せに渡した時・・・
ヘイワードがあごに生えた白ひげをさすりながら私の肩に手を置いた。
「はやくそれを持っていってやりな、ケネスは喜ぶぜ」
その言葉でハッと我に返った私は彼に礼を言うと足早に店を出た。
息を荒くして大雨の中を走る。
妻の家はここからそう遠くはない、街のはずれにある。
体全体が雨で濡れてきているのを感じるが、たった今横切った自分の家に
いったん戻って着替えるつもりはない。
ラベンダーも濡れてしまっているが仕方ない。
どうせ妻にあげてもずっと雨ざらしだ。
それから数10分走ってようやく目的の場所に着いた。
ここには周りにも似た家はたくさんあるが、もう何度も来ている妻のものを
間違えようもない。
私はゆっくりと妻のもとへと歩み寄る。
「やあ、今年も同じものですまないが・・、あー」
本人を目の前にして言葉が見つからない。
「とにかくこれを受け取ってくれ、今回もヘイワードが仕立ててくれたんだ」
私はそっと妻の墓石の前に花束を置いた。
雨に濡れて黒ずんだ墓石にはしっかりとこう刻まれている。
「ケネス・マクアルーン ここに眠る」
街の方を走る車の騒音などがうるさかったが、彼女を見つめている間に
音は遮断され、不思議な世界へと迷い込んだような感覚に駆られた。
周りの風景はどんどんと光に包まれて見えなくなる。
そして光の中からケネスがこちらを向き微笑んでいるのが分かった。
「あなたは本当に芸がないわね、もう何度目かしら。
ラベンダーをくれたのは」
腰をかがめて先ほど供えた花を拾う。
純白のドレスに真紅が映える。
「今日は違うものにしようと思ってたんだ、でもほら・・・せっかくヘイワードが
準備しててくれたもんだから」
「昔から気が利く人ね」
くすっと微笑すると彼女は私に背を向けて言った。
「私は赤が好き。でもお願い、シネリオの戦いを赤く染めないで」
ケネスの口から発せられたその言葉の意味が理解できなかった。
シネリオの戦い?赤く染める?
それについて訊ねようと彼女を引きとめようとした。
しかしいつの間にかその姿はどこにもなく、視界にはもとの墓場の風景が映っていた。
ふと足元をみるとラベンダーは、雨のせいでしなったのだろうか。
墓石に寄り添うようにして花びらから茎までがひっついていた。
私にはそれが妻がプレゼントを受け取ってくれたように思えた。