わたくし、十二歳で王妃になりました。
初めて夫になる人と顔を合わせた時、その人は王座から飛び上がらんばかりに立ち上がりフルフルと震える指を頭を下げるわたくしに向けられました。あら、人を指差すなど無礼ですわ。要、注意事項ですわね。心のメモにそう書き込むとわたくしはじっくりと王を観察します。
その驚愕に染まった顔はとてもじゃないが一国の国主を勤める男には見えませんわ。
やれやれ、内乱で疲弊しきったこの国を支えなければならない王がこんなに分かりやすく動揺を表にだしてどうするのですか。一枚岩とは言いがたい内政と虎視眈々と狙う諸外国相手に付け込まれますよ。まったく。
これはしっかりとわたくしが手綱を握らなければと決意を新たにしたわたくしに王が始めて発した言葉は。
「この子が妻だと?王妃だと?…………どう見ても十の子供ではないか!!こんな子供を妻になどそなたらは何を考えている!!」
でございました。
………大変失礼ですわ。わたくしこれでも十二歳。立派な”淑女”を自認しておりますのに。
だからほら、失礼なことを言われても笑って流せますのよ?何せ、”大人”で”淑女”ですから。
なのでにっこり笑って流して見せたのに何故だか王は顔を引きつらせ、この婚姻をわたくしに持ちかけてきた王にしてみれば「諸悪の根源」たる宰相様が目を細めた。宰相さまがあんな風に目を細められるときって決まって爆笑しているときですのよね。
いえ、何も知らない人がみたらしらっとした顔で王の側に立っている威厳溢れる宰相にしか見えませんけど。さすがは経験と腹黒の差。若造新王と老獪宰相の対比がすごいですわ。
つらつらそんなことを考えている間にも王が隣にいる宰相に掴みかからんばかりに捲くし立て、それを喰えない宰相が喰えない笑みで軽く流していらっしゃいました。
謁見の間に響き渡るほどの絶叫を上げる王の年は二十二歳。その妻にして王妃に内定したわたくしは十二歳。年の差十歳の夫婦のなんとも賑やかな初顔合わせでありました。
嫌だ。無理だ。正気に返れ!!と駄々をこねる王をよそに月日は流れ、婚姻はつつがなく終えました。
ええ、式当日にも関わらず懲りずに逃げ出そうとした王をド突いて、引きずりながら祭壇に向かったのもいい思いですわね。
結婚してからはバリバリに働きましたわよ?元々わたくしは王の伴侶というよりかは補佐役として選ばれたのですから。己で言うのもなんですがわたくし、とっても有能ですの。
貧乏貴族でした実家を纏め上げ、微々たる利益しか上がらなかった領地から莫大な利益を上げるぐらいには経営センスに恵まれておりました。お父様のお手伝いと趣味で経営と領地運営と政治についても学びましたし、実地にて経験も積ましていただきました。
わたくしのように幼き頃よりずば抜けた才能を現す子供は「祝福」と呼ばれ、極めて珍しい存在なのだそうですわ。ま、わたくしには関係ありませんけど。だってわたくしの示した実績の数々は生まれ持った才覚を上手く伸ばし、努力を怠らなかったわたくし自身の功績であり、「祝福」だからできたことではありませんですもの。
宰相に目をつけられ、王妃を打診され、了承しそしてわたくしは王妃としてこの国の政治に関わることになりました。
わたくしがお飾りであること、離縁は出来ぬが本当に愛する人を見つけたら一切口を出さないこと。等等契約結婚であることを挙式後説明したら「なんで俺に黙っていた~~~~~~~~~~!!」と怒鳴られました。
理由?簡単ですわ。言ったら最後、王は絶対にこの結婚に賛成しなかったでしょ?
子供わたくしの未来を限定してしまうことに罪悪感を覚える王の姿がありありと思い浮かびますわ。
ついでにもう一つの王の懸念事項「幼女趣味だと誤解されたどうしよう」については無用の心配ですわ。だって挙式前最中後全てにおいて王は全力で結婚から逃げようとしていらっしゃいましたから他の人々はきっと宰相さま辺りに無理やり強要させられた結婚なんだなと思うことでしょう。
ま、狙ってたんですけどね。
そうして日々が過ぎていきました。王の補佐をしつつ逃げ出そうとする王を捕獲、途中で王が農作業に目覚め畑に逃げ出したのでそれを阻止するために日夜鍬を担ぐ王を追いかけては執務室に連れ戻す日々。
「じぇにふぁーがあいーるがみるるがぁぁぁぁぁ俺の世話を待っているんだぁぁぁぁぁ」
「はいはいはい。キュウリもトマトもイチゴも世話は他の人に頼みましたからね。王は王にしかできないこと(仕事)をしまょうね」
「執務室に缶詰はいやだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「そう思うのでしたら仕事を溜めないでくださいませ」
結婚してから飽きるほど繰り返された応酬に慣れた手つきで暴れる王を引きずるわたくし。ここに嫁にきてから確実に筋力と脚力と俊敏力が上がりましたわ。
ぽ~~~いと執務室に王を放り込む。てきぱきと書類を用意して王を椅子に座らせ、その前に書類を差し出す。
「さ、お仕事ですわよ」
「おに~~~~~~~~~~~だ!!」
「あらあら、今夜は徹夜したいのですか?」
こんなやり取りを繰り返していたわたくし達でしたが最近、王の様子がおかしいのです。
人の顔をじっと見つめている。が、視線を向ければさっと目を逸らす。話をする時目をあわさない。
なぜか、頬を赤らめている。突然「そ、そんなんじゃないからなっ!」と言い出しながら走り出す。
奇行にもほどがありますわ。
一体、王に何が起きたのでしょう?
何か悩みがあるのかと心配になったわたくしが王の奇行を事細かに宰相様にお伝えしたところ。
「…………………」
見たこともないほど目を細められておられました。………どこにそんな爆笑所があったのでしょう?わたくしは首を傾げるしかありませんでしたわ。
王の奇行の意味をわたくしが知るのはその一年後。わたくしの十八歳の誕生日にバラの花束ならぬ王の作り出した新種の野菜を籠一杯に差し出され、愛を告げられた時でありました。