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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第12話「成瀬薫VS碧嶋真琴」

作者: TEATIMEMATE

   成瀬薫VS碧嶋真琴


 「先輩、御覚悟を!!」

 下校途中、彼の前に威勢よく立ちふさがったのは、まだ幼い顔立ちのポニーテールの少女だった。紺色のセーラー服に白のスカーフ――ここいらの公立学校の制服ではなく、少し離れたところにある、いわゆるお嬢様学校の中等部の制服で、襟にもその校章が刺繍されているはずだ。

 (ゆえ)に、彼――西讃第一高校出身の成瀬薫(なるせかおる)が先輩呼ばわりされる言われのものではない。

 しかし。

 彼の前で木刀を構える可愛らしい少女の後ろで、華やかな柄の刀袋を大事そうに抱えて立つ学生服の男には「先輩」と呼ばれても不思議ではない。

 「征四郎(せいしろう)、お前が付いていながらどういうことだ?これは」

 (さかき)征四郎。西讃第一高校二年。剣道部期待のエース。彼なら薫の後輩であることに間違いはない。――そして、彼はこの危なっかしい少女の「お()り」のはずだった。

 征四郎は「はあ」と困ったように生返事をして少女の方に視線を落とした。

 「成瀬先輩、仔細は姉上から聞いておりますぞ。(わたくし)と致しましても先輩にはお味方致しかねます」

 良く通る高い声。凜として真っ直ぐな。

 彼女の素直さ誠実さ懸命さは、薫にしてみれば眩しくてまともに見ることができないほどだ。

 碧嶋真琴(あおしままこと)。彼の幼馴染みの一人、碧嶋美希(みき)の妹である。

 「真琴ちゃん、何をどう聞いてるのかは大体察しが付くけど、真琴ちゃんまでが関わることじゃないと思うよ」

 薫は真琴と目を合わせないように視線を泳がせた。

 「いいえ、私、まだまだ未熟ではありますが、姉上のため、皆様のため、僅かでも力を尽くす所存」

 真琴は頭上に振り上げた木刀を薫に向かって振り下ろした。

 腰の位置まで振り下ろしたところで「やっ!!」という掛け声とともに真っ直ぐに突き出す。

 ――速いし深い。

 薫は自分の目算より深く懐に入ってきた真琴の剣先を()けかねて、仕方なくそれを払い除けた。

 間合いを取れるよう強く払ったつもりだったが、真琴は体勢を崩すこともなく、払われた方向にくるりと一回転して勢いそのままに薫の胴を()いだ。

 ――この()は――――。

 薫は今の真琴の動きと彼が記憶している真琴の太刀筋の差に驚いた。伸び盛りにもほどがある。

 「征四郎、ケガする前に止めろって」

 薫は真琴が振り回す木刀を避けながら彼女の後ろに控える征四郎に声を掛けた。

 お前は真琴にこういう無茶をさせないためにいるんじゃないのか。目で訴える。

 この少女はこの一振り一振りの間にも着実に伸びている。薫にはその伸びに自分の力を上手く合わせてやれる自信がなかった。見積もりを誤ればケガをさせてしまう。

 「先輩、手加減は無用!!私をしかと御覧下さい!!」

 この人はまったく本気ではない。

 真琴本人どころか真琴が振り回している得物さえろくに見もしないで相手をしているのだ。ただの相手なら烈火の如く怒るところだが、成瀬薫という人の人となりとその実力は、姉の美希とその親友の不知火羅牙(しらぬいらいが)からよくよく聞かされている。

 それに。

 ――私もいつまでも子供ではない。己の未熟は良く承知しているつもりだ。

 それでも。

 ――見てさえもらえないとは。

 「征四郎、真琴ちゃんをこんなことに巻き込むなよ」

 薫はひょいと木刀を掴んで動きを止めさせた。

 「先輩!!」

 真琴は柄を握ったまま身を屈め薫の足下へ潜り込んだ。足を伸ばして薫の足を払う。同時に薫が掴んだままの木刀を両手で引き寄せる。薫はすぐにそれを手放したが、真琴は引き寄せた勢いのままそれを薫の股間に振り上げた。木刀の背に手を添え力を込める。

 真琴の動きは踊るようだった。

 くるりくるりと身体を返し小さな身体に不足している力を遠心力で補っている。

 「先輩、榊征四郎は関係ありませぬ。私が先輩のお役に立ちたいのです」

 真琴は薫が膝で止めた木刀の柄を握り直して引き抜いた。むろんその勢いでまた打ち掛かる。

 ――速いなあ。

 体格から言って、真琴が踏み込む一歩は薫が退く一歩よりも狭いはずだったが、背を向けて全力で逃げでもしない限り彼女から離れることはできそうになかった。

 離れない限りいつか捉まる。

 とりあえず木刀だけでも取り上げて――。

 薫は木刀を掴んで真琴の手元に手刀を振り下ろした。

 ――!!

 その薫の手を、今まで黙って見ていた征四郎が割って入って受け止めた。

 「征四郎――出てくるとこ今じゃないだろ」

薫は背の高い征四郎を恨めしそうに見上げた。

「手加減は無用です。真琴さんには俺が指一本触れさせませんから」

「お前ねえ」

「済みません、成瀬さん。俺もあなたには味方しかねますので」

征四郎は申し訳なさそうに笑った。

 ――たく、どいつもこいつも。

 「俺を止められないとは思わないのかね」

 薫はため息をついた。

 「止めますよ、真琴さんに危害を及ぼすようなら。誰であろうと何であろうと命懸けでね」

 ちくりと胸を刺す言葉。

 ああ。

 それであいつら真琴ちゃんをけしかけたのか。

 「私だとてすぐに先輩方に追いついて御覧に入れます」

 素直で誠実で懸命な。

 真っ直ぐな視線が息を詰まらせる。

 「何でかなあ」

 ――もう俺のことは忘れてほしいよ。

 薫は泣きたい気持ちで空を見上げた。

成瀬薫VS碧嶋真琴 あとがき


 あれあれ?これはまた、何というイレギュラー。

 ほかに9割方終わっている話もあるというのに。

 何となく真琴ちゃんが書きたくて。するともれなく大きなわんこもついてきて。てか、征四郎くんが真琴ちゃん絡みじゃない話に出てくる予定はないな。征四郎くんから真琴ちゃんを引いたらそれこそ何も残らん感じ?いいよ、征四郎くん、君はそれで。

 しかし、相変わらず薫ちゃんはひねくれてるよなあ。てか、とぼけてる。てか、ぼけてる。

 何だか久しぶりに新しい話を書いてみたので変な感じ。あ、日付的にもっとろまんちっくな話を書くべき日だったか。いや、本当はお題の方で何か真琴ちゃんの話を書きたかったんだけど。

 鈍くらという点では最も作者(おや)によく似ている薫ちゃんですが、長い目で生温かく見守ってやってくれるとありがたいです。永い目と言った方が良さそうですが。

 良い燃料が入るとちょこちょこ書きます。(笑)

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。



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