表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

英雄はどこにいる

作者: しろがね

 炎が村を焼き尽くす。

魔物達が攻撃を仕掛けてきた。都市部から離れたこの村には、屈強な守備部隊など存在しない。

土地を耕し、農耕を営む。戦いとは無縁な村人達が暮らしているだけだった。

 彼等に自分達を守る術はない。

村人達は無抵抗のうちに殺された。惨いものだった。

魔物達は手にした刀剣で首を刎ね、四肢を斬り裂く。

 皆、泣きわめきながら必死に逃げ惑う。だが魔物の駿足からは逃れられない。

瞬く間に凶刃の餌食となる。魔物たちの殺戮は見境なかった。


「うおおぉぉぉらぁ!」

 真紅のローブがひるがえる。混乱の最中、1人の青年が魔物を討つ。

速い、そして、無駄のない動きだ。敵の攻撃を巧にかわす。すぐさま攻撃。

掌から白くまばゆい光線を放つ。喰らった魔物は次々と倒れていく。


 突如、太陽の日差しが遮られる。

目の前に巨大な魔物が立ちはだかった。

青年を威嚇する。鋭い牙をあらわにし、手にした戦斧を天高く掲げる。

その姿はさながら破壊の化身だ。小心者なら間違いなくその場で卒倒するだろう。

だが青年は怖じけない。それどころかまけじと敵を睨みつけ光線を放つ。

胸部に直撃。

大地を揺らすような断末魔をあげ、魔物は倒れた。


 息つく間もなく新たな敵が襲い掛かる。

回避する。

態勢を立て直し天高く飛び上がる。

上空から攻撃。

視界に入る4、5匹を敵を一掃。


 敵ではない。青年は100年に1人の逸材と謳われた最強の魔法使いだ。

魔物が束になって襲い掛かっても傷1つつけることはできない。

 着地。

「ちくしょう!数が多すぎる。これじゃ埒が明かねぇ!」

 しかし、1人の強者だけでは、村を埋めつくす多勢の魔物から村人を守ることは不可能だった。

村人たちが逃げ惑う中、青年は気づく。


 少女が倒れている。


地に片膝をつけ、泣きわめいていた。どうやら足を怪我したようだ。

少女の背後からは魔物達が迫っている。


 まずい、助けなくては!

青年は全身に魔力を込め駆け出した。




――――戦いは終わった。



 後に残ったのは、

瓦礫と化した民家。泣き止まぬ少女。そして青年だった。



 世界は存亡の危機にに陥っていた。

邪神が現れたのだ。魔法と配下の魔物を駆使し、瞬く間に国々を制圧した。

すでに一部の主要国は邪神の手中にある。

人々が世界の終末を嘆く最中、一人の青年が立ち上がった。

 彼しかいなかった――。

そう、邪神の暴挙を止められるのは、絶大な魔力を持つ深紅の魔法使いだけだった。



青年は、泣き止まぬ少女に告げる。

「……すまねぇ、お前しか守りきれなかった」

 少女は泣き止まない。無理もない。村を破壊された、友人を殺された、両親も殺された。

少女は嗚咽の混じる声で訴える。

「お父さんっ…………うっ……死んじゃ……、お母さっ……、ともだっ……みんな」

 破壊されたのは、形あるものだけではない。見えない少女の心も壊された。



 「……すまねぇ」


 彼は少女を抱きしめた。

「約束する。俺が笑って暮らせる世界を取り戻す。だから……」

 だからもう泣かないでくれ、俺も悲しくなるから……。

溢れかけた言葉を押し殺す。

青年の頬に一筋の涙がつたった。






「………………10年前の話だ」


 男がつぶやいた。両手を組み、椅子に腰掛けている。

「今話したのはほんの一部だ。これだけじゃない、俺は誰よりも多く悲劇を見てきた。

だから、もう、うんざりなんだよ」 弱々しい壮年の声は、大広間に消えてなくなる。

「バルドルさん、ですが世界は再び危機に直面している。貴方の魔法が必要なのです」

 対峙する青年は言った。

椅子に腰掛けじっと男を見据える。

その眼差しは剣先のように鋭く、獅子のように力強い。

青年は勇者だ。若年ながら数々の武勇を挙げた強者。彼には使命があった。




 ――――それは、復活した邪神の討伐だった。




「勇者モイネンよ、生憎だが俺はもう魔法使いじゃないんだ。

なんでかなぁ……、もう使えなくなっちまったんだよ。魔法」

「悪いな、わざわざ遠いところから来てくれたのに」 

 男は言う。

「『邪神を封印した英雄』なんて昔の話しさ、今じゃただのおっさんよ」

 人事のように言う。

「早いよなあ、たった10年で復活か。やっぱ無理だよな、完全に封印するなんて」

 10年という年月は、人を腐らせるのには十分だった。

かつて邪神を封印した英雄の面影は影も形もない。



「バルドルさん……」

 モイネンは落胆する。

彼は屋敷を訪れる道中こんな話を耳にしていた。


 「俺の魔法で世界を平和にしてやる!そう言ってこの町を飛び出したバルドルはかっこよかったよ。

でも、帰ってきたあいつはまるで別人だ。覇気はなくなっちまったし、口数も少なくなっちまった……。俺は悲しいよ」



 「バルドルは知っているだろう?邪神が復活した話。でも駄目だよ。あいつが旅立つことは、もうないね。なにぃ?あいつが英雄だって?何言ってんだ、今じゃただの腑抜けだよ」


 世間は完全に失望していた。彼を英雄と呼ぶ者はもう、いない。

「しかし、近頃魔物の動きが活発になってきました。いつ被害が出てもおかしくないのです。」

 切っ先はぶれることなく男を捉えている。男は目を合わせない、合わせられない。

世界平和。邪神討伐。遠大な夢を孕んだ勇者の眼光は、男には眩しすぎたから。

「んなこと分かっているよ。分かってんだよ」

「だったら、私と一緒に」

「やめてくれ」

 男はモイネンの言葉を遮る。

「悪いがもうどうでもいいんだよ。世界がどうなろうと知ったこっちゃねえ。第一俺はお前の目も見たくないんだ」

 剣先は下ろされた。

「そうですか、残念ですよ、英雄バルドル」

 モイネンは席を立つと、屋敷を出て行った。


 英雄――。


 その言葉が、男に重くのしかかる。

残された男は、窓の外を眺めた。

町が見える、人々が行きかう。

そこには誰もが望んだ平穏な日常があった。

だが、そんな日常とは不似合いに、太陽は厚い雲に隠れていた。




 下町は今日も平和だ。石造りの町並みがたたずみ、道行く人々からは笑顔が飛び交う。時折威勢の良い商人達の客引きや、買い物客とのやり取りも見受けられる。

「いらっしゃい奥さん!どうですか?こちらのお野菜お安くしますよ」

「うーん、どうしようかしら、迷っちゃうわ」

「そんなこと言わずにぃ、そうだ、今日は特別!こっちの野菜もおまけしちゃいますよ」

「んー、そうねぇ、それなら1つ頂こうかしら」

「ありがとうございます!お野菜も奥さんのような美人に買ってもらって大喜びですよ」

「まあ、おだてても何もでないわよ」

 微笑ましい会話だ。町を歩く男も自然と顔がほころぶ。


 そのとき。


 斬りつけるような泣き声を浴びた。

背筋が凍る。顔が引き攣る。心の奥底から絶望が蘇る。

泣き叫ぶ人々。

狂気をむき出した魔物。

燃え盛る民家。


 忌むべき過去が、映写機に映し出されるように現れる。

恐怖にわななくと、すぐさま現実に引き戻された。

いつからだろう、10年前の悪夢がふとした瞬間蘇ることがある。

恐怖。悲しみ。あのときの凍てつくような絶望をそのままに、それは蘇る。

我に返ると、すぐ近くで少女が泣いていた。


 ――――どうする。


 男は背を向けた、そして、1歩1歩足を進める。


1歩、2歩、3歩、4歩。


もう、悲しい過去は見たくない。


5歩、6歩、7歩。


なぜだろう、息が苦しい。


8歩、9歩、10歩。


ゆっくりと少女から離れる。もう、辛い過去は見たくない。


11歩、12歩。


どうしてだろう、締め付けられるように胸が痛い。


13歩、14歩……。


俺には関係ないことだ、そう、関係ないんだ。

そうやって、何度も何度も言い聞かせた。


15歩――。


足が止まった。


「……なんだよ、俺はいったい何がしたい」

 どこの馬の骨とも分からないガキじゃねぇか。

そのうち両親が来て適当にあやすだろ。俺がわざわざ頭を突っ込む必要はない。

さあとっとと屋敷に帰るぞ、散歩は終わりだ。

 理性はそう告げている。

しかし、英雄の片鱗は囁く。それでいいのか――。



 ――――返した踵が、男の答えだった。




 真夜中、町中に鐘が鳴り響く。

騒騒しい、そう思い男はベットから起き上がる。近くの窓を覗いた。

炎が上がっている。

火事だ!

悪夢が一瞬にして、全身を絶望に染める。悪寒が男を飲み込む。

鬱陶しい!頬を叩いた。

昔のことだろ、もう出てこないでくれ。

心の奥底に押し込む。火災地を見つめた。

……あの場所は、確か学園寮。

「俺には関係ないだろ……。第一魔法も使えないのに、俺が行って何になる」

 10年前なら後先考えず、真っ先に現場に向かっていただろう。

だか知ってしまった、恐怖と悲しみを。

そして、今の男には何もない。魔法も度胸も――。

じっと炎見つめた。



 ――――俺は誰だ。




 寮は炎に襲われていた。大勢の人だかりが出来ている。

狼狽する学生たち、必死の消化活動に挑む住民、不安な面持ちの野次馬。混乱の真っ只中だった。

「火事じゃないか!?一体どうしてこんなことに」

 住民が駆けつけてきた。

「魔物の攻撃が飛び火したんだ」

「魔物だって!」

「ああ、ここから少し離れたところに現れたんだ!だが勇者様が退治してくれた。

勇者は今急いでこっちに向かっている。もうすぐ到着するはずだ!」

「本当か!あぁ勇者様、早く来てくれ!」


 寮から離れた場所では、生徒の確認が始まった。

「全員脱出できたか!」

 教師は訊く。

「せ、先生!アンジェラがいません!」

 生徒は答える。

「なんだって!」「あっ!先生あそこ!」


 寮の上層階。

ベランダから助けて、助けてと、必死に救助を求めている。

地上から見上げれば、女は指先ほどの大きさにしか見えない。

「なんてこった!よりにもよってあんな高いところに」

「まずいな、どうやって助け出せばいい」

 もう一人の教師は言った。

「……こうなったら俺が!」

「やめろ!死ぬつもりか」

 寮に歩み寄る男子生徒を、教師は制止する。

「だからって!このまま見殺しにするのかよ!」

「勇者様を待つんだ!勇者様なら助け出してくれる」



 ――――どこからだろう、誰かが走る。



「アンジェラはもう助からないよ……」 ある生徒は歎く。

「馬鹿野郎っ!諦めるな!でも、どうしたらいい」



 ――誰だろう、闇夜を斬る、ひたすら走る。



「おい、誰かこっちに来るぞ」

「勇者様がきたのか!あっ!あいつは!」



 疾走、勇気ある者は止まらない。



 轟々と炎が上がる、火の粉は舞い上がる。女は一人ベランダに取り残されていた。

「誰か!助けて!」

 寮の外で人だかりがざわつく。

「すまない!遅くなった!みんな無事か?」

「勇者様!そ、それが、あいつが、バ、バルドルが」

「バルドルさんがどうしたんです!」

 炎が揺らめく、久しぶりだった、命懸けの人助けは。

「じょうちゃーーーん!生きてるかぁ!」

炎をかきわけ、部屋に飛び込む。

バルドルはそこにいた。




「大丈夫か、じょうちゃん」

 男は女の手を取った。あとは脱出するだけ……。二人は出口に向かう。

 その瞬間。

「危ないっ!」

 天井が襲いかかった!手が離れた。二人は後方に倒れ込む。回避した、間一髪だった。

あと僅かに遅ければ、天井の下敷きになっていただろう。

だが、出口は塞がれた。もはや、逃げ場は無い。

「しまった!出口がっ!」

 八方塞がり――。

押し込めた悪夢が浮上する。


炎に飲まれた民家、人間を切り裂く魔物、逃げ惑う人々、

凍てつくような過去、差し迫る灼熱の炎

目を逸らしたい過去、目を逸らしてはならない現実。


絶望が男を押し潰す。

男は思う。

――――無謀だった。

今の自分には魔法で飛ぶことも、女一人救うこともできない。

何故だ、何故俺は助けにきた。何故――。


…………放っておけなかった。


逃げ場のない絶望の中で、初めて自分自身を見据えた。

魔法使いだった自分、英雄だった自分。

あるときは村を破壊する魔物たちに立ち向かって行った。

あるときは泣き止まない少女を慰めてやった。

目を背けていたのは、辛い記憶だけではなかった。

享受すべき過去の栄光からも目を逸らしていた。

大切な思い出も絶望と一緒に、みんなみんな心の奥底に押し詰めていた。

それがやっと分かった。


炎を見つめる。

ならば、見据えよう。

やらねばならないことがある。守らなければいけない人がいる。そう思える自分がいる。

英雄はここにいる。


歯を食いしめた。

「…………もう逃げねぇ」

 戦おう、女のために。

立ち上がった。

やってやろう、自分のために。

「俺はこの子を助けるんだ!」

 そのときだ。

体の奥から、力が沸き上がる。体中に広がる。

全身に満ちた力は、血液が体を巡るようにぐるりぐるりと循環する。

力強い、温かい、そして、懐かしい。


「……この力はっ!」


 道は開かれた。

己を見つめ、恐怖と悲しみを乗り越えたとき、希望の光は灯った。

絶望の淵であっても、その力は奇跡を呼び起こす。

「……じょうちゃん、よーく捕まってな」

 男は倒れた女を抱き抱える。踵を返し歩きだした。

「……うぅ、何するんですか?……えっ、そっちはベランダですよ!」

「大丈夫、心配すんなよ」


 ベランダに出た。じっと外を見渡す。深い闇夜――。

人だかりは更に増していた。あちこちから、不安と緊急が入り混じる声が聞こえる。

「嬢ちゃん聞いてくれ」

男は言う。

「バルドルさん!なにをするつもりです!」

モイネンは驚く。

「飛び降りる!無茶ですそんなの!」

女は驚愕する。

「無茶だって?そんなことないさ」

10年前の男は、相手を見据えていた。そして、どんな強敵にも打ち勝った。

だから、男は英雄になれたのだ。

 恐れるな、立ち向かえ――。


そう、始めから知っていた。

どんな困難に苛まれようとも、目を逸らしてはならないことを。

「大丈夫さ、なぜなら……」

 なぜなら……。

男は、ベランダから飛んだ。


「俺は魔法使いバルドルだからだ!」




 翌朝、モイネンは屋敷の前に立っていた。皆、彼を称えていた。


「バルドルが女の子を抱えて飛び出したときは驚いたよ。

周りのみんなも、キャーキャー驚いてた。俺も気が触れたのかと思ったさ。

でも忘れてたよ、あいつは魔法使いだったんだ、英雄だったんだ。

みごと地面に着地しやがった。それでまたびっくり!悲鳴が歓声が変わってさぁ。

もう驚きの連続だったよ」


「アンジェラが無事で本当に良かった。これもバルドルのおかげね。

まったく誰よ、彼を腑抜けだの腰抜けだの言ったのは。ちゃんと彼に謝るべきね。」

 町中はバルドルの話で持ちっきりだった。英雄が生き返った、魔法が奇跡を呼んだ、

誰もがのバルドル活躍に歓喜した。

モイネンも例外ではなかった。だから、もう一度会って話をしたい。



「よう、モイネン」



 背中に声を掛けられた。モイネンは振り返る。

「バルドルさん!その格好は……!」


深紅のローブが風になびく。魔法使いがそこにいた。


「モイネンよ、聞いてくれ」男は続ける。

「俺は辛い過去から逃げていた。でもな、分かったんだよ。

過去から目を背けてはいけないことを。苦しくても、今を見据えて立ち向かえば道は開ける。

俺はもう逃げないぜ。取り戻したこの力で、もう1度世界を救ってやる」


 俺を連れて行っていってくれ――。


モイネンは微笑む。

「ありがとうございます、英雄バルドル」

「……英雄か」

英雄、煩わしかったその言葉が今では心地好い。

「さぁ、いきましょう」

「あぁ、英雄復活だ」

 2人は歩き出した。朝日は祝福するように照りつける。

深紅の英雄は、ふと、空を見上げる。

快晴、雲ひとつ無い青空が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ