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転生したら最強能力が『見た男を狂わせる呪い』でした〜助けた騎士も優しかった貴族も、全員が私を監禁しようとしてくる〜  作者: 品川太朗


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8/10

第6話:確信への一歩(血の結果)

突然怒鳴り込んできたのは、ロミオ様の婚約者・エリザ様。 「泥棒猫!」と罵る彼女に対し、本来なら修羅場となるところですが……。 ここはヤンデレの巣窟。 常識的な「悪役令嬢」が勝てる相手ではありませんでした。

 セイルさんの失踪――いや、あえて言葉にしよう、「死」から数日。


 私は外界との接続を断つように重厚なベルベットのカーテンを閉め切り、薄暗い部屋の隅で膝を抱えていた。

 豪華な食事は砂を噛むようで喉を通らない。


 まどろみの中に逃げ込もうとしても、瞼の裏には血に濡れたセイルさんが立ち尽くし、うつろな瞳で「どうして?」と問いかけてくる。

 その音のない糾弾に、私は自身の身体を抱きしめる腕に力を込めることしかできない。


 そんな墓場のような静寂は、階下から響くヒステリックな騒音によって、唐突に破られた。


「退きなさい! 私が誰だと思っているの!?」


 金切り声。陶器が割れるような鋭い音。

 そして、絨毯を踏みしめる乱暴な足音。


 私の部屋の扉が、ノックという礼節を無視して、乱暴に蹴破られた。


「見つけたわよ、泥棒猫!」


 風と共に飛び込んできたのは、部屋の暗さを焼き払うような、燃える赤髪の令嬢だった。

 豪奢なドレスを纏い、つり上がった瞳には激情の炎が宿っている。


 彼女の背後には、武装した女性騎士と、あえて彼女を止めずに泳がせたような、冷ややかな表情のアステルが控えていた。


「……あなたは?」


「とぼけないで! 私はエリザ・フォン・ドラグーン。この国の公爵家の娘であり、ロミオ様の婚約者よ!」


 婚約者。

 記憶の隅で、ロミオ様が結婚の話を仄めかしていたことを思い出す。

 だが、すでに相手がいたなんて。それも、これほど高貴な身分の女性が。


「ロミオ様からの手紙が途絶えたと思ったら……こんな貧相な平民を囲っていたなんてね! 恥を知りなさい!」


 エリザ様が扇子を振り上げ、私の頬を打とうと踏み込む。

 けれど、その白い手は空中でピタリと停止した。


 氷のような手が、彼女の手首を万力のごとく掴んでいたのだ。


 いつの間に現れたのか。ロミオ様がそこに立っていた。

 その整った顔には、張り付けたような、凍てつく微笑みが浮かんでいる。


「……騒々しいな. 僕の屋敷で何をしているんですか、エリザ様」


「ロミオ様! 目を覚ましてください! こんな女、ただの遊びなんでしょう? すぐに追い出して……」


「遊び?」


 ロミオ様の眉がピクリと動く。

 彼はまるで汚物でも触ってしまったかのように、パッとエリザ様の手を離すと、懐から取り出したシルクのハンカチで、執拗に自分の指を拭った。


「言葉を慎みたまえ。この方は僕の『女神』だ。君のようなちりとは、魂の純度が、存在の格が違う」


「なっ……!?」


「ちょうどよかった。婚約は破棄させていただく。君の実家(公爵家)には、後ほど正式に絶縁状を送っておくよ。二度と僕たちの視界に入らないでくれ」


 エリザ様の顔が、怒りから屈辱へと歪んでいく。

 プライドの高い公爵令嬢にとって、死よりも耐えがたい最大の侮辱だったはずだ。


「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁッ!!」


「エリザ様!」


「殺してやる! おい、誰か! その泥棒猫を斬り捨てなさい! 今すぐにッ!」


 エリザ様の絶叫に応じ、護衛の女性騎士が躊躇なく剣を抜いた。

 迸る殺気。

 アステルが動こうとする気配がしたが、距離がある。騎士の剣の方が速い。


「死ねぇッ!」


 銀色の刃が、鈍い光を帯びて私の脳天めがけて振り下ろされる。


 死ぬ。殺される。

 恐怖で思考が真っ白に弾け飛び、私は反射的に――ただ身を守りたい一心で、頭上に腕をかざした。


 ガギィィィィィンッッ!!!


 鼓膜をつんざくような、硬質な破砕音。

 私の腕が斬り落とされる痛みも、骨が砕ける衝撃も、来なかった。


 代わりに、目の前でキラキラと美しい銀色の粉が舞っていた。


「……は?」


 女性騎士が、柄だけになった剣を握りしめ、幽霊でも見たように口を開けている。


 鍛え上げられた魔鉄鋼の剣身は、私の細腕に触れた瞬間、まるで飴細工のように粉々に砕け散り、ダイヤモンドダストとなって宙を舞っていたのだ。


 私の腕には、赤い筋ひとつ、傷ひとつない。


「ひ、ヒィッ……!?」


 エリザ様が腰を抜かし、尻餅をつく音が響く。

 彼女の目に映る私は、か弱い恋敵ではない。人の皮を被った、得体の知れない人外の化け物だ。


 違う、私はただ、怖くて……。


「……素晴らしい」


 凍りついた静寂の中、ロミオ様の陶酔しきった声だけが朗々と響いた。

 彼は床に落ちた砕けた刃の欠片を拾い上げ、最高級の宝石でも鑑定するように、うっとりと見つめている。


「剣すら通さない、聖なる肉体……。やはり君は、人が触れていい存在ではないんだ。神々しいまでの拒絶だ」


「ば、化け物……! 覚えてらっしゃい! お父様とお兄様エリオットに言いつけて、こんな伯爵家、地図から消してやるわ!」


 エリザ様は震える声で捨て台詞を吐き、護衛に引きずられるようにして、逃げるように去っていった。


 嵐が去った部屋で、私は自分の腕を見つめる。

 また、やってしまった。

 人間相手に、物理法則を無視した人外の力を見せつけてしまった。


 ロミオ様とアステルが、私の背後で無言の視線を交わし、深く頷き合っていることに、今の私は気づく余裕すらなかった。


 ◇


 翌朝。

 さんさんと降り注ぐ陽光が眩しい朝食の席で、ロミオ様が焼きたてのパンの香りに包まれながら新聞を広げた。


 さも天気の話でもするように、彼は穏やかな声で言った。


「悲しい事件があったようだね」


「……え?」


「エリザ様だよ。昨日の帰路、馬車が『不運な賊』に襲われたそうだ。護衛も含めて、全員無残に殺されたらしい」


 カチャン。

 私の指から力が抜け、フォークが皿にぶつかって甲高い音を立てた。


 賊? そんなわけがない。

 この領地周辺の治安は、アステルが「害虫駆除」と称して徹底的に掃除していたはずだ。


 それに、タイミングが良すぎる。

 私が彼女と敵対したから。

 私が彼女の剣を折り、彼女を恐怖させたから。


 だから――ロミオ様たちが、彼女を「処理」したのだ。


「う……うぅ……っ」


「おや、可哀想に。優しい澪は、あんな失礼な女の死さえ悲しむのかい?」


 ロミオ様が立ち上がり、涙ぐむ私を抱きしめるように手を伸ばす。

 アステルもまた、「警備をさらに強化しましょう」と言いながら、頼もしい笑みを浮かべて近づいてくる。


 怖い。

 血の匂いがする。洗っても落ちない、濃密な血の匂いが彼らから漂ってくる。


 この人たちの優しさが、笑顔が、注がれる愛が、全部、誰かの死体の上に積み上げられている。


「いや……っ!」


 私は椅子を蹴って立ち上がり、後ずさった。


「来ないで! 私に触らないで! もう誰も殺さないでよぉッ!!」


 喉が裂けるほどの叫びだった。魂からの拒絶だった。

 けれど。


 ロミオ様は、泣き叫ぶ私を見て、愛おしそうに目を細めただけだった。まるで、駄々をこねる幼児をあやすように。


「ああ、なんて可愛いんだろう。そんなに怯えなくていいよ」


「そうだ、澪様。貴女がそこまで怯えているのは、まだ害虫が外の世界に蔓延っているからですね」


「大丈夫。僕たちが世界中から敵を消してあげる。そうすれば、君は安心して、心から笑ってくれるはずだ」


 言葉が、通じない。

 人間としての言語は同じはずなのに、意味が共有できない。


 私の「拒絶」さえ、彼らは「もっと守ってほしいというサイン」だと解釈する。


 私は絶望して、その場に崩れ落ちた。膝から力が抜け、冷たい床に手をつく。

 もう、誰が敵で誰が味方かもわからない。


 確かなのは一つだけ。

 私がこの場所にいる限り、私のために築かれる死体の山は、天に届くほど高くなり続けるということだ。


「悲しい事件があったようだね」


どの口が言いますか、ロミオ様。 婚約者だろうと公爵令嬢だろうと、澪に牙を剥くなら即座に「不運な盗賊(という名の私兵)」に襲わせる。 その判断の速さと実行力、さすがは狂信者です。


剣を折った澪の防御力もすごいですが、ロミオ様の倫理観のなさも相当なもの。 この救いのない展開にゾクゾクした方は、 ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】から評価、ブックマーク登録をお願いします!

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