第5章:消えた青年
あの狂気じみたプロポーズから三日。 ほとぼりが冷めた頃を見計らって、澪は再びギルドへ向かいます。 背後には、なぜか上機嫌で鼻歌まじりのアステル。 ……嫌な予感しかしません。
セイルさんからの、あの狂気じみた管理宣言から三日が過ぎた。
私はその間、ロミオ様の屋敷という名の繭の中に引きこもっていた。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。
逃げるための資金、そして何より自立するための証として、どうしても冒険者としての実績が必要だった。
「……行こう」
私は再び、冒険者ギルドへと向かった。
背後には、死神のように無言で付き従うアステルの気配。
ギルドの重厚な扉を押し開ける。
熱気、怒号、笑い声。あの日と変わらない喧騒。
あそこで彼が、セイルさんがまた異常な執着を見せてくるかもしれない。
その時は毅然と断らなければ。私はそう覚悟を決めていた。
「あの、すみません。クエストを受けたいんですが……」
けれど、カウンターの中にいたのは、あの爽やかな青年ではなかった。
無精髭を生やした、無愛想な中年の男性職員だ。
「あん? 依頼票はそこの掲示板にあるから勝手に見ろ」
「あ、はい……。あの、セイルさんは? 今日は非番ですか?」
何気なく尋ねた私に、男性職員は忌々しげに舌打ちをした。
「セイル? あいつもバックレやがったよ。三日前から無断欠勤だ。あんな真面目だった奴が、連絡ひとつ寄越さねえ。夜逃げでもしたんじゃねえか?」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
三日前。私が登録に来て、彼が狂った、あの日。
冷たい汗が背中を伝う。
私は軋む首を回し、恐る恐る背後のアステルを振り返った。
「……アステルさん。セイルさんがいないの……何か、知ってる?」
アステルは微笑んでいた。
曇りのない、穏やかな笑顔。
「さあ? 俺は何も。ただ――」
彼は身を屈め、私の耳元で楽しげに囁いた。
「害虫は駆除しました。これで、主の美しいお耳が、不快な羽音で汚されることもありません」
駆除。
彼は人間の命を、そう呼んだのか。
「……殺したの?」
「掃除をしただけです。澪様が快適に過ごせるように」
アステルは明確に「殺した」とは言わなかった。
けれど、その潤んだ瞳は雄弁に語っていた。**「褒めてほしい」**と。
一片の悪意もなく、純粋すぎる善意だけで、人を一人、消し去ったのだ。
◇
私は逃げるように屋敷へ戻った。
玄関ホールでは、ロミオ様が両手を広げて出迎えてくれた。
「おかえり、澪。ずいぶん顔色が悪いね」
私は、縋るように彼のシャツを掴んだ。
「ロミオ様……アステルさんが、ギルドの人を! 殺したかもしれないんです……!」
ロミオ様なら、断罪してくれるはず。
そう信じていた。
けれど、ロミオ様は私の震える背中を優しく撫でながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ああ、あの受付係のことかい? ……ふふ、罰が当たったんだね」
「え……?」
「君のような女神に対して、あんな不敬な態度を取ったんだ。神罰が下って当然だよ。……よくやったね、アステル」
ロミオ様が、私の肩越しに、背後のアステルへ賛辞の視線を送る。
二人の間で、強固な共犯の同意が交わされる。
「あ……ああ……」
理解してしまった。
ここには、まともな人間なんて一人もいない。
私が原因だ。
私が「外の世界を見たい」なんて言わなければ。
不用意に力を使って、彼の理性を焼き切らなければ。
彼は今頃、あのカウンターで笑っていたはずなのに。
「う、うわああああああああっ!!」
私はロミオ様の腕を振り払い、自分の部屋へと駆け上がった。
◇
洗面所。
私は蛇口を全開にして、何度も何度も手を洗った。
「落ちない……落ちないよ……ッ!」
私の手は、白くて、綺麗だ。血なんて一滴もついていない。
けれど、私の目には見えていた。
指の隙間にこびりついた、見知らぬ誰かの赤黒い血が。
『君のためだよ』
『君を守るためだ』
男たちの囁きが、呪詛のように頭の中で反響する。
「……逃げなきゃ」
私が力を使うたびに、世界が歪む。人が消える。
窓の外を見下ろせば、増員された騎士たちが鉄壁の包囲網を敷いていた。
彼らの剣は、外敵に向けられているのではない。
内側にいる「私」を閉じ込めるために。
この美しく飾られた鳥かごの扉は、いつの間にか、内側からは絶対に開かないように溶接されていた。
「害虫は駆除しました」
笑顔で報告するアステルと、それを「神罰」と称えるロミオ様。 彼らにとって殺人は罪ではなく、澪のための「掃除」でしかありません。 セイルさん、退場です(合掌)。
この「話が通じない」恐怖と、逃げ場を失っていく閉塞感。 ゾクゾクきた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】から評価、ブックマーク登録をお願いします! (ヤンデレたちの狂気への評価をお待ちしています!)




