【第3章】重すぎる好意
命の恩人として招かれたはずの屋敷。 しかし翌朝、澪が目覚めるとそこは真紅の薔薇の海でした。 「君は僕の世界の全てだ」 甘い言葉と共に、逃げ場のない溺愛監禁ライフがスタートします。
屋敷での生活が始まって、三日が過ぎた。
衣食住に関しては、これ以上ないほど満たされている。
用意されたドレスはどれも一級品で、食事は王族の晩餐かと見紛うほど豪華だ。
けれど、私の心は少しも休まらなかった。
「……あの、ロミオ様? これ、多すぎませんか?」
朝食のテーブルを見つめ、私は頬を引き攣らせた。
並んでいるのは、十人前はあろうかという料理の山。
それも、私が昨日「この果物、美味しいですね」と一言こぼしただけの、珍しい南国のフルーツがこれでもかと盛り付けられている。
「何を言っているんだい、澪。君の血肉となるものだ。最高のものを用意するのは当然だろう?」
ロミオは、私の隣にピタリと椅子を寄せて座っていた。
その距離、わずか数センチ。
彼が吐き出す熱い吐息が、耳元にかかる。
「さあ、あーんして。君の手を汚す必要はない。僕がすべて口まで運んであげるから」
「い、いえ! 自分で食べられますから!」
「……拒絶するのかい?」
ロミオの表情から、スッと体温が消えた。
ビー玉のように無機質な瞳が、私を射抜く。
「君のために、僕がどれだけの苦労をしてこれを集めさせたか……わかってくれないのかい? 愛しているんだ、澪。君のすべてを、僕が管理したいんだ」
愛。
その言葉が、鋭利な刃物のように私の胸に突き刺さる。
彼の語るそれは、相互理解などではない。
一方的な支配と、陶酔。
「ロミオ様、少し落ち着いて……。私はあなたの所有物じゃありません」
「所有物? 違うよ、澪。君は僕の『命』そのものだ。命を失ったら、人は死んでしまうだろう? だから、君を離すわけにはいかないんだ。絶対に」
彼は私の手首を、痛いほどの力で握りしめた。
その指先が微かに震えている。
怒りではない。私がどこかへ消えてしまうのではないかという、異常なまでの強迫観念。
そんな私たちのやり取りを、部屋の隅で直立不動のまま見つめている視線があった。
護衛騎士のアステルだ。
「……ロミオ様。澪殿が困惑されています。その手を離すべきだ」
アステルの声は冷徹だった。
一見、私を助けてくれているように聞こえる。
けれど、彼の瞳もまた、ロミオと同じ――あるいはそれ以上に深い「闇」を湛えていた。
「アステル、君こそ控えろ。彼女を一番理解しているのは僕だ」
「いいえ。彼女の『力』の奔流を、最も近くで感じたのはこの俺だ。主よ、貴方に彼女を御すことはできない。彼女を守り、彼女に殉じることができるのは、剣を持つ者だけだ」
二人の間で、火花が散る。
守る。愛する。殉じる。
飛び交う言葉はどれも美しいはずなのに、その裏側にあるのは、私という獲物を奪い合う肉食獣の論理だった。
◇
午後。
私は少しでも一人になる時間が欲しくて、屋敷の庭園を散歩することにした。
色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭。
けれど、ここもまた、私にとっては檻でしかなかった。
(どこに行っても、誰かの目が……)
庭師、メイド、門番。
屋敷の人間すべてが、私を監視しているように思えてならない。
彼らの視線には、ロミオやアステルと同じ「熱」が伝染している気がした。
ふと、茂みの陰に人影が見えた。
アステルだ。彼は訓練中のはずだが、なぜここに。
彼は大きな岩の前に立ち、何かに向かって一心不乱に剣を振るっていた。
激しい金属音。
気になって近づき、私は言葉を失った。
彼が斬っていたのは、藁人形や標的ではない。
岩の表面に刻まれた、私の「名前」だ。
澪。澪。澪。澪。
狂気じみた精度で、無数に刻まれた私の名。
アステルはその文字を愛おしげに指でなぞり、溢れ出した自分の血を、刻印に塗り込んでいた。
「……澪殿。ああ、澪殿。貴女の強さ、貴女の冷たさ。すべてが俺を狂わせる」
彼は私の気配に気づくと、ゆっくりと振り返った。
その口元は、真っ赤な血で汚れている。
「見てください。貴女の名を、この大地の記憶に刻みつけました。たとえ世界が滅びようとも、俺たちの愛はここから消えることはない」
「アステルさん……それ、おかしいですよ。どうしてそんな……」
「おかしい? ええ、そうでしょう。貴女に出会う前の俺は、正気という名の退屈に死んでいた。貴女の力が俺の魂を焼き切ったのだ。責任、取ってくださるのでしょう?」
アステルが一歩、歩み寄る。
彼の影が私を覆い隠す。
「逃げようなどと考えないでください。もし貴女がこの屋敷を出るというのなら……俺は、貴女の足を斬ってでもここに留める。それは貴女への裏切りではない。貴女を永遠に保護するための、至上の愛です」
ひっ、と短い悲鳴が漏れた。
冗談には聞こえなかった。
彼の銀色の瞳には、その行いを「善」であると信じて疑わない、狂信的な光が宿っていた。
逃げなきゃ。
今すぐ、この場所から。
私は後退りし、無我夢中で駆け出した。
けれど、庭の出口。
そこには、両腕を広げて私を待つロミオの姿があった。
「どこへ行くんだい、澪? 外は危険だよ。悪い虫が君を狙っている。僕の腕の中が、世界で一番安全な場所なんだ」
前からロミオ。後ろからアステル。
逃げ場のない挟み撃ち。
二人の男たちの執着という名の重圧が、物理的な衝撃となって私を押し潰す。
神様、助けて。
『モテるようになる』なんて、そんな生易しいものじゃない。
これは祝福なんかじゃない。
この世界が、私を喰らい尽くそうとしている――。
「婚姻の準備もすべて整えさせているよ」
早いです、ロミオ様。まだ出会って24時間経っていません。 そしてアステルさん、「男は全員敵」の判定が厳しすぎます。
善意100%で退路を断ってくる彼らの「重すぎる愛」に胃もたれしそうになった方は、 ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】から評価、ブックマーク登録をお願いします! 澪のメンタルが心配です。




