【第13章】逃亡計画
朝起きると、視界いっぱいに三人の男たち。 着替えも食事も、すべて彼らの管理下で行われる「お姫様扱い(という名の軟禁)」。 息が詰まるような生活の中、ついに救いの手が差し伸べられます。 第13章、反撃の狼煙は上がるのか。
翌朝。
まどろみから意識が浮上し、重いまぶたを持ち上げた瞬間。
視界のすべてが、埋め尽くされていた。
「おはよう、澪」
「お目覚めですか、女神よ」
「……体温、脈拍、呼吸数、すべて正常です」
悲鳴を上げる気力さえ、凍りついて喉に張り付いた。
至近距離にある三つの顔。
彼らは私が眠っている間、瞬きもせず、彫像のようにこうして覗き込んでいたのだ。
その瞳には、私の寝顔の一瞬たりとも見逃すまいとする、飢餓感にも似た執着が渦巻いている。
着替えの時間。
それは、おぞましい儀式のように厳かに行われる。
ロミオ様がその日の気分でドレスを選び、エリオット様が跪いて靴を履かせ、アステルが私の背後でブラシを握り、髪を梳かす。
そこには、私の意思など塵ほども介在しない。
私が「自分でやる」と訴えても、「そんな些細な労働で、貴女の美しい指先を煩わせてはいけない」と、完璧な微笑みで封殺される。
彼らにとって私は、自律して動く人間ではなく、愛でるための至高の人形なのだ。
食事の時間。
毒見(という名の法悦に浸った先食い)を済ませたアステルが、肉を精密機械のような手つきで一口サイズに切り分ける。
ロミオ様が銀のフォークを操り、私の口元へ運ぶ。「あーん」という幼児への扱い。
そしてエリオット様は、私が咀嚼し、嚥下する喉の動きを、うっとりと熱い吐息を漏らしながらスケッチブックに記録し続けている。
息が詰まる。肺が圧迫される。
ここは豪奢な屋敷じゃない。酸素の薄い、光の届かない深海の檻だ。
彼らの視線が、物理的な粘度を持って皮膚の上をナメクジのように這い回る感触。
その不快と恐怖に、私の精神は発狂寸前で悲鳴を上げていた。
◇
そんな窒息しそうな、腐った蜜のような午後のティータイムに、一陣の風が吹き込んだ。
「――失礼する。決闘の事後処理について確認に来た」
凛とした声と共に現れたのは、ノース皇女だ。
そして、その背後には白い神官服のキャス様も控えている。
その姿を見た瞬間、ロミオ様たちの表情から感情が抜け落ち、氷点下まで凍りついた。
彼らは無言で立ち上がり、私の前に立ちはだかって肉の壁を作る。私を外界から遮断するように。
「皇女殿下。事後処理なら書面で送ったはずですが? これ以上の干渉は迷惑です」
「澪は今、我々との神聖な愛の時間を過ごしているのです。部外者は早々に立ち去ってもらいたい」
あからさまな敵意。殺気すら滲む拒絶。
しかし、ノース皇女は眉間に深い皺を寄せ、ハンカチで鼻を覆う仕草を見せた。
「……なんだ、この異様な空気は」
「は?」
「男たちの腐った欲望の臭いが充満しているぞ。換気もしていないのか? これでは澪の体調に障るだろう」
皇女様は男たちの壁を無視してズカズカと部屋に入り込み、厚いカーテンを引き裂くように開け放った。
新鮮な空気が流れ込む。
「それに、澪の顔色が悪い。……おい、男ども。今すぐ部屋を出ろ。私は同性として、彼女の肌の傷や精神状態を直接確認せねばならん」
「なっ、ふざけるな! 澪から離れるなど……!」
「これは皇女命令だ! それとも公爵家と伯爵家は、帝国に弓引くつもりか?」
皇女の一喝。
雷鳴のようなその声に、さすがのエリオット様たちも、正面切っての反逆はためらわれたらしい。
彼らは忌々しげに舌打ちをし、私にねっとりとした未練がましい視線を残しながら、渋々と部屋を出て行った。
「……キャスは残れ。彼は目が見えぬゆえ、男としての視線はない。精神安定のために同席を許可する」
皇女様の采配で、部屋には私と皇女様、そしてキャス様の三人だけが残された。
◇
重厚な扉が閉まり、防音結界が展開された、その瞬間。
私は操り糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
「……澪様!」
キャス様が手探りで駆け寄り、震える私の背中を優しくさすってくれる。
その手の温かさに、極限まで張り詰めていた心が砕け、堪えていた涙が決壊した。
「怖かった……っ、ずっと、怖かった……!」
「もう大丈夫だ。よく耐えたな」
皇女様が痛ましげに私の手を取る。その手もまた、怒りで震えていた。
「彼らの目は異常だ。あれは愛ではない。獲物を咀嚼しようとする獣の目だ」
「……はい。全部、私のせいなんです」
私は嗚咽を漏らしながら、全てを話した。
神様の手違いのこと。
私が力を使うたびに、彼らの脳が焼かれ、呪いが進行してしまうこと。
そして今、私がここに存在しているだけで、彼らの狂気が加速し続けていること。
突拍子もない話だったが、二人は真摯な瞳で信じてくれた。
キャス様は静かに頷く。
「……辻褄が合います。彼らの魂からは、正常な色彩が失われています。まるでドス黒いインクで塗りつぶされたように」
「許せん……。一人の少女に、そんな業を背負わせるとは」
皇女様は義憤に燃え、私の肩を強く抱いた。
「澪。私がお前を保護する。帝都にある私の離宮なら、彼らの手も届かない。最高位の結界術師も手配しよう」
「でも……そんなことをしたら、皇女様まで巻き込んで……」
「友を見捨てるくらいなら、皇族の地位など捨ててやる。……今夜だ。今夜、闇に紛れてここを出るぞ」
逃亡計画が決まった。
深夜、警備の交代の一瞬の隙を突いて裏口から脱出する。
この部屋は今、呪われていない唯一の聖域。
私は久しぶりに、分厚い雲の切れ間から差す、希望の光を見た気がした。
◇
しかし。
私たちは甘かったのだ。
彼らの執着が、すでに常識の範疇を遥かに超え、人としての倫理観などとうに捨て去っていることを、見誤っていた。
部屋の外。廊下の角の薄闇。
追い出されたはずの三人の男たちは、帰ることなく、亡霊のようにそこに佇んでいた。
「……聞こえなかったな」
「ああ。防音結界か。小賢しい真似を」
ロミオが温度のない声で冷ややかに呟く。
エリオットは壁に耳を押し当て、苛立ちに爪を立てていた。壁紙が裂ける音が微かに響く。
「中で何をしている? あの神官、澪に触れていないだろうな? その薄汚い手で、私の女神を……」
「落ち着け、エリオット」
アステルが、獣のような低い唸り声で言った。
彼は無意識のうちに、腰の剣の柄を撫で回している。
「皇女と神官。あの二人は邪魔です。澪様の純粋な心を惑わせ、我々から引き離そうと画策している」
三人の視線が交差する。
普段は澪を巡って互いの喉笛を喰いちぎらんばかりの彼らだが、この瞬間、恐ろしいほどの強固な連帯感が生まれた。
「澪は優しすぎるんだ。悪い虫がついていることに気づいていない」
「なら、私たちが払ってあげなければ」
「害虫駆除ですね。……今夜、やりましょう」
ロミオが優雅に、しかし瞳孔を開いて微笑み、エリオットが狂気に目を爛々と光らせ、アステルが音もなく剣を少しだけ抜く。
彼らの結論はシンプルで、絶対的だった。
――澪を連れて逃げようとする「泥棒」は、たとえ皇族だろうと神官だろうと、生かしてはおけない。
壁一枚隔てた向こう側で、聖域を血で染めるための、最悪の殺意が研ぎ澄まされていた。
「害虫駆除ですね」
怖すぎます。普段は澪を巡って殺し合い寸前なのに、邪魔者を排除するときだけ完璧なチームワークを見せる三人。 皇女様もキャス様も、完全に「虫」扱いです。
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