【第9章】悪魔の真実
決闘前夜、夢の中に現れたのは「黒い翼の少年」。 彼は嘲笑いながら、この能力の真実を告げます。 「君の輝きは、男たちの脳を物理的に焼き切っているんだよ」 祝福だと思っていたものが、最も残酷な呪いだったと知った時、澪は……。
決闘前夜。
緊張と恐怖で弓の弦のように張り詰めた私の意識は、泥のように重い浅い眠りの中で、不意に奇妙な空間へと引きずり込まれた。
そこは、第1話で神様と会った無機質な白い部屋によく似ていた。
けれど、決定的に、何かが腐っていた。
壁も床も、ドス黒い赤色に脈打ち、血管のように蠢いている。
そして、中央の玉座に座っていたのは、あの軽薄な青年神ではなかった。
「やあ。楽しんでいるかい? 愛されヒロイン生活は」
漆黒の翼を背負い、美少年という皮を被った「悪魔」が、真っ赤なリンゴを音を立てて齧りながら笑っていた。
その口元から、果汁のような鮮血が滴り落ちる。
「……あなたは?」
「僕はシステムの管理者みたいなものさ。あの馬鹿神が適当に投げ込んだ君というバグだらけの魂を、少しばかり調整してあげたんだよ」
悪魔は細い指をパチンと鳴らす。
空間が歪み、空中に映像が浮かび上がる。
ロミオ様、アステル、セイルさん……私が出会い、狂わせてしまった男たち。
彼らの目は一様に泥のように濁り、背後には赤黒い瘴気が揺らめいていた。
「教えてあげる。君に与えられた能力『最強の魅力』の正体を」
彼は歌うように、残酷な真実を紡ぐ。
「君がそのチートな力を行使するとき、君の魂の輝きは強すぎて、物理的に男たちの脳髄を焼いてしまうんだよ。彼らの理性を焼き切り、生物としての本能を『守りたい』『奪いたい』『犯したい』という方向へ、限界を超えて極大化させる」
「言ってみれば、魂に対する致死性の劇薬だね」
「……そんな」
「しかも副作用つきだ。一度焼かれた脳の回路は、二度と元には戻らない。君が力を使えば使うほど、彼らの執着は深く、重く、逃れられない鎖になる」
絶望で、喉が張り付き、呼吸が止まった。
じゃあ、ロミオ様たちが狂ったのは、全部私のせい?
私が「生きたい」と願って足掻いた結果が、これ?
私が彼らを壊したの?
「酷い……どうしてそんなことを」
「酷い? 最高傑作じゃないか。男たちは君のためなら国だって喜んで滅ぼすし、笑って死んでくれる。君はただ玉座に座って、世界中から愛されていればいいんだよ」
悪魔が滑るように近づき、冷たい指で私の顎を強引に持ち上げる。
「諦めなよ。明日の決闘も、どうせ君は力を使う。そうすれば、対戦相手の騎士たちも、観客も、全員が君の虜だ。完璧な逆ハーレムの完成だね」
ふざけるな。
そんなの、愛じゃない。ただの洗脳だ。ただの地獄だ。
私は吐き気を堪え、彼の手を力任せに振り払った。
「……お断りよ」
「ん?」
「私は愛玩人形じゃない。誰かの所有物にも、コレクションにもならない。私は、私の足で生きたいの!」
悪魔はきょとんとして瞬きをし、それから愉しげに、三日月のように口角を吊り上げた。
「へえ、威勢がいいね。……じゃあ、精々足掻いてみなよ。この出口のない鳥かごの中で」
◇
ガバッ!
私は弾かれたようにベッドから飛び起きた。
心臓が早鐘を打ち、全身が冷や汗でびっしょりと濡れている。
シーツが肌に張り付く感触が不快だ。
夢じゃない。あの悪魔の言葉は、紛れもない真実だ。
私が力を使えば、呪いが広がる。パンデミックのように。
でも、明日の決闘で力を使わなければ、私はなぶり殺しにされるか、敗北してロミオ様の永遠の所有物になる。
詰んでいる。完全なチェックメイトだ。
どうすればいい?
誰も殺さず、誰の脳も焼かず、それでいて勝つ方法は?
「……【賢者スキル】、起動」
私は震える声で呟き、脳内の深層ライブラリへとダイブした。
神様がくれたおまけの知識。この世界の全ての理が記された膨大なデータベース。
文字の海を泳ぐ。
検索ワード:『呪い(チャーム)を発動させずに物理干渉力を行使する方法』
……検索結果:0件。
検索ワード:『認識阻害』『因果律操作』
……検索結果:該当候補多数。
しかし、効果範囲が狭すぎる。効果時間が短すぎる。
私は焦りで親指の爪を噛む。鉄の味がする。
もっと、根本的な解決策はないの?
相手に「私」を見られなければいい。
私の力が「私の魅力」として認識されなければ、彼らの脳は焼かれないはず。
検索ワード:『世界法則の局所的書き換え』
ピロン。
一つの魔法が、深淵の底でヒットした。
【禁呪:世界改変】
詳細:指定範囲内の物理法則、および認識法則を一時的に書き換え、再定義する。
使用例:『術者の姿を風景と同化させる』『術者の力の行使を自然現象として誤認させる』等。
これだ。
この魔法を使って、決闘場という空間のルール(定義)そのものを書き換えてしまえばいい。
『私がどれだけ力を使っても、それはただの突風や、光の屈折という自然現象である』という世界を作れば――魅力の呪いは発動しない!
ただし、視界の隅で注釈が赤文字で激しく点滅している。
※警告:消費魔力甚大。
脳への負荷により、持続限界時間、約60秒。
たったの1分。
私の測定不能の魔力(MAX)をもってしても、世界の理を騙せるのは60秒が限界。
そのわずかな刹那の間に、公爵家の精鋭騎士10人を、殺さず、傷つけすぎず、完全に無力化しなければならない。
「……上等じゃない」
私は震える拳を強く握りしめた。
できるかできないかじゃない。やるしかないんだ。
キャス様との、「普通の人間」として生きる約束を守るために。
私が、私自身であるために。
私は白み始めた夜明け前の薄暗い部屋で、静かに、けれど熱く、命を燃やす覚悟を決めた。
「理性を焼き切る」
比喩表現かと思いきや、物理的に脳の回路を焼いていたとは……。 ロミオ様たちが話の通じないヤンデレになったのは、ある意味で澪のせい(不可抗力ですが)だったという救いのなさ。 「大人しく愛されていればいい」という悪魔の囁きを拒絶する澪、格好いいです。
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