【プロローグ】未来の鳥かご
目が覚めると、そこは鉄格子の嵌まった豪華な寝室。 足には鎖。目の前には、狂った瞳で愛を囁く男たち。
これは、最強のチート能力を持って異世界転生したはずの少女が、 愛という名の地獄(鳥かご)に堕ちるまでの物語
カチャン、という冷たく無機質な音が、重苦しい静寂を切り裂いた
それが私の足首に嵌められた鎖の音だと理解するのに、今の私はどれほどの時間を浪費しただろうか。
意識の浮上とともに、まとわりつくような絶望が足元から這い上がってくる。
豪奢な天蓋付きのベッド。
肌を滑る最高級シルクのシーツは、皮肉なほど滑らかだ。
窓には、決して開くことのない分厚い鉄格子が嵌め込まれ、外の世界を四角く切り取っている。
薄暗い部屋の向こう側、光の届かない場所で、愛おしそうに私を見つめる影が揺らいだ。
「……おはよう、澪。今日も顔色が悪いね」
鼓膜を甘く痺れさせる、蜂蜜のようにとろりとした声。
かつて私を優しくエスコートしてくれた、貴族のロミオ様だ。
彼は音もなくベッドサイドに近づくと、陶器のように白く冷たい指先で、私の頬をなぞった。
その感触に、背筋が粟立つ。
「でも大丈夫だよ。ここは安全だ。外の世界は汚らわしい害虫ばかりだけど……僕がこの部屋で、一生守ってあげるから」
彼の瞳は笑っていた。
けれど、その奥底にあるはずの理性の光は、とうの昔に消え失せている。
ロミオの背後に、影がもう一つ、亡霊のように佇んでいた。
腰に帯びた剣の柄に手をかけ、鋭い視線を扉の方角に固定しているのは、騎士のアステル。
「……侵入者の気配はありません。ですが澪様、ご安心を。貴女に近づく者は、男だろうと女だろうと、この俺が細切れにします」
かつて弱きを助け、正義を愛した気高き騎士。
そんな彼の面影はもうどこにもない。
今そこにいるのは、私という「聖域」を独占し、侵す者を排除するためだけの、悲しき処刑人。
重厚な扉が、低い唸り声を上げて開く。
入ってきたのは、この国で最も高貴な血を引く公爵家嫡男、エリオットだった。
その手には、不釣り合いなほど鮮やかな花束が握られている。
そして――花弁の瑞々しさとは対照的な、拭いきれていない赤黒い血の跡が、彼の白手袋を汚していた。
「世界が君を拒むなら、世界を壊せばいい。そうだろう? 愛しの澪」
花の香りと、錆びついた鉄の匂いが混じり合い、鼻腔を刺激する。
三人の男たちが、私を取り囲む。
逃げ場など、最初からどこにもなかったのだ。
彼らの瞳に映っているのは「私」ではない。
底のない漆黒の執着と、狂気という名の純愛だけ。
どうして、こうなってしまったのだろう。
私はただ、転生先で懸命に生きようとしただけなのに。
目の前の困っている人に手を差し伸べ、ささやかな幸せを願っただけなのに。
これは、神様の手違いで異世界に落とされた私が辿った、愛という名の地獄。
そして――あまりにも愛されすぎたがゆえに、どこへも逃げられなかった女の、絶望の記録だ。
お読みいただきありがとうございます!
いきなりのバッドエンド(?)から始まりましたが、これは少し未来のお話。 次回から時間を巻き戻し、「第1章 神の手違い」からスタートします。
なぜ彼女は監禁されてしまったのか? 爽やかな青年たちは、どこで狂ってしまったのか?
ここから始まる転落の記録を、どうか最後まで見届けてください。 少しでも「続きが気になる!」「雰囲気が好き」と思っていただけたら、 ブックマーク登録をして、次の更新をお待ちいただけると嬉しいです!




