episode7:星夜祭のお誘い
次の日、ファリンネが言っていた通りで熱が出た。
「うぅ、つらいよぉ……」
風邪の時とは違う体のだるさで、私はうなってしまう。
ファリンネが額のタオルを変えてくれる。
「お嬢様。何か食べられるものはありますか?」
「ア……アップルパイ」
「却下致します。」
即答しやがった……
「何おぅ……」
「ゼリーでも持ってきますね。」
「うん……」
ファリンネは、タオルを持って部屋を出ていった。
魔力が回復した感じが全くしない。これホントに熱下がるんだろうか。
すぐにファリンネがりんごのゼリーを持ってきた。私は体を起こして受け取る。
「食べさせてあげましょうか?」
「自分で食べれるから!」
「あら、残念。」
何を残念がっているんだろ。
もそもそとゼリーを食べていると、部屋のドアをコンコンと、叩く音が聞こえた。
「はーい……」
「俺です。入ってもよろしいでしょうか。」
カインの声だ。
「ねぇ、ファリンネ。うつらない?」
「魔力切れによる発熱ですので大丈夫かと。」
一応確認しておく。
なら安心。ゼリーもちょうど食べ終わった。私はすぐに頷いた。
「いいよー……」
答えた途端、扉からカインが顔をのぞかせる。
「こんな時にすみません、ルウ様。」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「ちょっと話したいことありまして。」
カインは、ベッドの横に腰を下ろした。昨日の悲しげな表情は影もない。
ファリンネは音を立てずに、部屋を出ていった。
「南の森のことなんですけど。」
「うん」
「昨日、街への買い物がてらいろんな人に聞いてみたんですけど、誰も綺麗な景色の話を知らなくて……。近所のおばあさんに聞いたってほんとですか?」
「……うん。どんな人とどこで話したとかは覚えてないんだけど、ホントに教えてもらったの。三つの森の中で綺麗な景色が見えるとこがあるって。それと……」
「それと?」
私はモジモジしながら、小さな声で言う。
「好きな人できたら二人で見なさいって……」
「……ルウ様は、俺のこと好きなんですね。」
「そ、そんなんじゃないっから!」
声が裏返って、顔が一気に赤くなる。カインは、面白そうにニヤニヤしている。
「じゃあ、また今度北の森と西の森にも行きましょうか。」
カインからの誘いに私は目をぱちぱちさせる。
「え……一緒に行ってくれるの?」
北の森や西の森は、ここからはやくても3日はかかる。行こうと思って行ける距離ではないのだ。
「俺もその景色気になりますし。それに……ルウ様の気持ちにも答えないといけませんしね。」
「んもー!」
恥ずかしさに耐えきれず、布団で顔を隠す。カインは、クスッと笑って立ち上がった。
「じゃあ話したいことは話したんで、そろそろ行きますね。」
「うん」
「あ、そういえば明日、街で星夜祭があるらしいですよ。もしルウ様の体調が良かったら一緒に行きましょ。」
星夜祭─それは一年でいちばん星が輝く夜に行われる、レーゲルトの伝統祭。
その夜、人々は星を見上げて祈りを捧げ、願いや誓いを胸に灯す。星の光がもっとも強く降り注ぐとき、その想いは天へ届くと信じられていた。
「行きたい!!」
「ルウ様の体調が良かったらですけどね。今日はちゃんと寝とくんですよ。」
「年下のくせに子供扱いしないでよね。」
「二歳差なんて変わんないでしょ。では。」
カインが部屋を出ていくと、静けさが戻った。
ほんの少しだけ胸の奥が寂しくなる。けれど、すぐに明日の星夜祭のことを考えて気を紛らわせた。
「行けたらいいな……」
そんなことを思いながら、私は目を閉じた。
その夜、熱がまだ下がらない私をファリンネが寝かしつけてくれる。
「ルウお嬢様。明日カイン様と星夜祭に行かれるのですか?」
「な、何……聞いてたの?」
焦って言うと、ファリンネはあさっての方向を向く。
ファリンネもとうとう人間らしくなってきた。どこで覚えたんだ、そんな技……!
「行かれるのは旦那様と行った以来ですかね。」
「そうねぇ。確か5歳ぐらいだったかなぁ。あの時は人の多さに酔った記憶しかないわ。」
そこで私はハッとする。
「なぁに、ファリンネ。あなた、もしかして星夜祭行きたいの?」
「とんでもございません。そんなお嬢様とカイン様の“でえと ”を邪魔するなんて。」
「で、でーと!?」
「二人で行くということは、つまりそういうことでしょう?」
無表情のまま、ファリンネは首を横に傾げる。
デートか……。
私は顔を赤くしてしまう。
「まあ、熱が下がったらですけどね。奥様も心配しておられましたよ。」
「……うん」
顔を見せてくれないお母様を思い出して、私は少し暗くなる。
「……弁解のために言っておきますが、奥様はお嬢様が寝ている間お見舞いにいらっしゃってました。」
「え……」
「ということで、早くお休みになってください。本当に熱が下がらなくなりますよ。」
「……そうね。ありがとうファリンネ。おやすみなさい。」
「おやすみなさい、ルウお嬢様。」
私は、目を閉じた。




