episode58:日常の影
結果発表から二日が経った。明日は、期末テストがある。
その日の授業が終わり、期末テストを控えている私は、誰よりも先に教室を飛び出した。
今日は魔法薬学の教科書を読み直して……
勉強の計画を立てながら廊下の角を曲がると、マックス先生と鉢合わせをした。
「あ、さようなら」
ペコリと頭を下げて、横をすり抜けようとすると─
「ルウラ・クラーク」
なぜか名前を呼ばれた。
「何でしょう?」
振り向くと、先生は私に手招きをしてスタスタと歩いていく。
……え、これはついてこいということ?
立ちすくんだままの私を見て、マックス先生は大袈裟にため息を着いた。
「……話したいことがあります。ついてきてください」
そうならそう言ってください……
そう思いながら、私はマックス先生についていった。
連れていかれたのは近くの資料室だった。資料が入った大きな棚が所狭しと並んでいる。
後から入った私が扉を閉めると、マックス先生は口を開いた。
「急にすみません。この前の特別賞のことなんですが」
「はい……?」
「実はルウラ・クラーク。あなたにだけバッジがあるんです。」
私がキョトンとしていると、マックス先生は透明な袋に入ったバッジを渡してきた。
「!?」
それを見た私は、思わず後退りをする。なんとそのバッジには王家の紋章が入っていた。
「いやいやいやいや、何ですかこれ」
「バッジです」
いや、そうじゃなくて……
「何で王家の紋章が?」
「黒屍結社の下っ端を捕らえたことに対する、王家からの感謝の印です。」
「まあ、下っ端ですがね」と先生は、付け加える。
……下っ端ですみませんね。
「え、でもこれって私だけなんですか……」
皆も頑張ったのに……
しゅんとする私に、マックス先生はバッジを握らせる。
「あなたの優しさは間に合っています。国からのものですから貰っておきなさい、というか貰え」
「あ、はい……」
今のは褒められた、のか……?てか圧がすごいんだよな。
「それから……特待生に興味はありませんか」
特待生という言葉を聞いて、私はバッと顔を上げた。
「と、特待生ですか!」
「ええ。今のあなたの功績なら、これから特待生を目指すことも十分出来るはずです。」
どうしよう、護衛を目指していることを言うべきか……。
「別に興味ないならいいですよ。お貴族様以外は、特待生を目指す人などほとんどいませんから。」
「あのー、私特待生目指してるんですけど……」
そんなこと言われたら、言うしかないじゃないか。
すると、先生は片眉を上げた。
「何かなりたいものがあって?」
「えーっと王家の護衛になりたいなぁ、なんて」
指をこねくり回しながら言うと、先生は唇の端を上げた。
「護衛ですか、王家のねぇ」
「な、何ですか」
「いいんじゃないですか。条件を満たしさえすれば、特待生にはすぐなれます。」
アナベルも言ってたな……。
「言っておきますが、国家護衛選抜試験は今年の冬休みにあります。」
「ええっ」
もうすぐじゃない!?
驚いて素っ頓狂な声を出してしまった。
「今年受験できなければ、次は四年後になるでしょう」
四年後、か。
「もし今年受けたいなら、冬休みまでに条件を満たすこと。」
「はいっ」
「図書館に護衛試験についての資料があるので、時間がある時に行ってみてください」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、先生は扉を開けた。
「それから期末テストは、全部満点取りなさい。では……」
ん、なんか最後にすごいことを言われたような……?
私はバッジを胸元に入れると、資料室を出た。
護衛試験は、九ヶ月後。特待生の条件は、全教科A判定をとること。課外授業諸々でバッジを三つ以上集めること。校長先生の推薦を受けること。
まずは、明日の期末テストが大きく成績に関わってくる。
「頑張れ、ルウラ・クラーク……」
自分を鼓舞すると、私はブロンズ棟へと足を向けた。
ついにテスト当日。教室に向かうギリギリの時間まで教科書を見直す。
「ルウラー、そろそろ行くよ?」
「はーい」
教科書を鞄に詰めて、部屋を出る。共用スペースに行くと、もう皆揃っていた。
「お待たせ!行こうか」
五人揃ってブロンズ棟を出て、教棟に入る。
「頑張ろうねー!」
健闘を祈ってアナベルとトロイと別れると、三人でA組の教室に向かった。
「あーあ、俺今回古代言語学やばいんだよなぁ」
後ろを歩くフィンがつぶやく。
「何言ってんのよ。あなた頭だけはいいんだから大丈夫でしょ」
「え、ひどい。今の聞いた?」
「カルロスはどう?」
カルロスに話を振ると─
「全教科90点台は取れる」
真顔で言われた。
「バケモンいるし……」
肩を落とすフィン。
「俺クラス分けやばいかも……」
フィンがそう言ったところで教室に着いた。いつもより遅く来たせいで、生徒はほとんど揃っている。
「おはよー」
エマとアウラに挨拶をして席につく。同じタイミングでマックス先生が入ってきた。
「おはようございます。今日から期末テストですね。まずは、テストを受けるに当たっての説明を行います」
荷物のこと、準備物のことを軽く説明された。先生は、「それから……」と話を続ける。
「不正行為防止のため、魔法を感知できる精霊を使役しています。どんな悪知恵を使ってもすぐ分かります。そんなことはしないように。」
先生は説明を終えると、テスト用紙を配り始めた。
一限目は魔法薬学。教科書の内容に加え、応用が問われるらしいから難易度は高め。けど、ここで取れたらいい評価が取れるはず。
「開始」
先生の合図で一斉にテスト用紙をめくる。
一問目を見た瞬間、私は小さく息を吐いた。見覚えのある問題だ。私は即座にペンを走らせた。
「そこまで」
チャイムと同時に先生が指示して、皆がペンを置くと先生が回収を始める。
問題数が多くて時間はギリギリだったが、全て埋めることができた。
……なかなかいい点がとれそうだわ。
枚数を数え終わった先生が休憩の許可を出し、教室を出ていく。その途端にフィンが突っ伏した。
「俺、もうダメかも……」
「ダメって、まだ一教科目じゃないの」
「結構勉強頑張ったんだよ。けど、時間足りなかった……」
「あー、時間は確かに足りなかったわね。カルロスは時間足りた?」
「一問……」
「ん?」
ボソッと言われ、聞き返す。
「一問間違えた」
「一問だけかよ!ふざけんなっ」
バシッとフィンが机を叩く。
「私も自信はあるけど、そこまで点は高くないかもなぁ」
やっぱりカルロスってバケモンだわ……。
「もう頭いい人怖い……」
またフィンは机に突っ伏するのだった。
二限目の古代言語学、三限目の魔法史、四限目の魔法工具のテストが終わった。
今日はお昼で終わりだけど、作るのが面倒なので売店で昼食をとることにする。
「あ、俺サンドイッチ買ってくるわ」
「昨日も一昨日も食べてたじゃない」
「別にいいだろ!」
「僕もサンドイッチにする」
「じゃあ、ここで分かれましょう」
二人と別れて、今日はオムライスの店に向かう。近くの席に座って一人でもぐもぐしていると─
「ご一緒してもよろしくて?」
「げっ……」
珍しく一人のロゼッタが、正面に座ってきた。
「失礼ですわね」
「何かご用?」
「お話したいことがありまして」
「話したいこと?」
私が聞き返すと、ロゼッタは頷いた。
「あなたのチームメンバーのことですわ」
私は何が言いたいのか分からず、目をぱちぱちさせる。
「その……」
眉をひそめて視線を下に落とすロゼッタ。言うのを迷っているよう。こんなロゼッタ見たことがない。
「どうしたの?」
不審に思って、身を乗り出す。しかし、ロゼッタが放った言葉は想像つかないものだった。
「あなたのチームの中に、少し……妙な行動をしている方がいますわ」
「えっ?」
言ってる意味が一瞬理解できなかった。
「みょ、妙って……?」
「それは……」
ロゼッタの視線が揺らぐ。言いかけた瞬間─
「あ、ルウラいたー!」
サンドイッチを手に持った、フィンとカルロスがやって来た。
「ではまた─」
ロゼッタはそれに気が付くと、行ってしまう。カルロスは、真顔でロゼッタの姿を見送る。
「え、何話してたの?」
「いやちょっと、ね」
「ふーん」と言ってフィンは座ると、サンドイッチを取り出していそいそと食べ始めた。
「うわっ、こっちカルロスの分だったわ!すまん!」
「……別にいいよ」
「ちょっと待て!何このサンドイッチ!めちゃ辛いんだけど!?」
騒いでいるフィンを横目に、私はロゼッタの言葉を思い返す。
妙な行動─。
それは私たちに害をなすものなんだろうか。
きっと深い意味はないわよね……。
そう思おうとしても、その言葉だけは胸の奥に沈んで離れなかった。




