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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第三章:ヴェルディア学園
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episode56:歪みの兆し

しばらく鞍にしがみついていると、大きくそびえ立つ王宮が見えてきた。

エリオットさんは、ゆっくりスピードを落とし、門の前に私とマックス先生を降ろしてくれた。


「私はここまでの案内となっております。もうすぐで護衛の方が来ますので、門の外でお待ちください」

「分かりました」


エリオットさんは、「では」と微笑むと、飛び去っていった。


「あ、ありがとうございましたー!」


私がお礼を言って見送ると、マックス先生がぽつりと呟いた。


「あなたが降りて安心したでしょうね……」

「あのー先生?聞こえてますよ」


その時、重たい音が響いて門が開いた。茶髪で髪をひとくくりにした、気難しそうな男性が顔を出す。鎧は先ほどの騎士と似ているが、装飾が異なり、整然とした立ち姿からただ者ではない雰囲気が漂っていた。


「ルウラ・クラーク様と、マックス様ですよね。」


尋ねられて、私たちは頷く。


「私はヒューゴ・デイビスと申します。案内しますので、中へお入りください」


促されて、私たちは中へ入る。私たちが入るのを見ると、ヒューゴさんは門を閉めて歩き始めた。


……うわあ。


好奇心で胸を弾ませながら、初めての王宮を見回す。門を抜けた先には、広い石畳の空間が広がっていた。

噴水の水音と、小鳥のさえずりが静かに響き、辺りには無言で見張りをする兵士が立っている。

視線を上げると、奥に王宮本館が見えた。


「す、すごい広いですね……」


ビクビクしながらマックス先生に言う。先生は初めてじゃないのだろうか。視線をまっすぐ前に向けたまま、「そうですね」とだけ答えた。


「こちらです」


本館へ向かうのかと思いきや、ヒューゴさんは、本館とは反対方向へと歩き出した。

王宮本館から離れるにつれ、周囲は次第に静かになり、装飾も簡素なものへと変わっていった。

城壁に沿う通路の先で、ヒューゴさんは立ち止まると、何やら呪文を唱える。


「えっ……」

 

詠唱に反応して、何もなかった場所が静かに歪む。そこから、地下へと続く石の階段が現れた。


「今から牢に入ります。口を慎むようにお願いします」


私はキュッと口を閉める。

階段を降り始めると、通路の両脇にある松明が独りでについた。カツカツと、階段を降りる足音だけが響き渡る。

ふと上を見上げると、さっき通ってきた道の痕跡はなく、暗闇だけが漂っていた。


「ルウラ・クラーク。ちゃんとついてきなさい」

「すみません……!」


マックス先生に小声で注意され、私は慌てて後を追う。

少し歩くと、奥まで延々と続く牢屋の影が見えてきた。松明の揺れる光が、鉄格子にかすかに反射しているだけで、周囲は静まり返っていた。

ゆらゆらと揺れる松明の明かりだけが頼りで、辺りはとても薄暗い。


怖いなぁ……


周りを見ないように俯いて進んでいく。その時、牢の中の人影が動いて、思わずビクッとした。そんな私を見て、マックス先生が私の腕を引っ張る。


「……牢の近くを歩きすぎです」

「す、すみません……」


しばらく歩くと、冷気が漂ってきた。この魔力は……


「着きましたよ」


ヒューゴさんに声を掛けられ、私は右側にある牢を見る。鉄格子の中には、凍った男たちが一人ずつ捕らえられていた。


「これは、あなたが凍らせたので間違いありませんか?」

「……はい」

「足元だけ凍らせておくことはできそうですか?」


無茶なことを言いますね……


「やってみますけど、できたとしても冷たすぎて気絶しちゃうかもしれません」


ヒューゴさんは、少し悩む素振りを見せた。


「なら、全て溶かしてください。できますよね?」


冷たい視線で私を見下ろす。……圧がすごい。思わず身を縮めそうになる。


「……できます」


ビクビクしながら私が答えると、ヒューゴさんは牢屋の鍵を開けた。さすがのマックス先生も目を見開く。


「扉を開けてするんですか?」

「大丈夫ですよ」


私は、マックス先生に言う。


「そもそも触れなければ溶かせないので」

「ですが……」

「何かあったら助けてくれますよね?」


二人に尋ねると、ヒューゴさんは頷き、マックス先生も心配そうに頷いた。


「では、いきます」


私は牢の中に入り、大きな氷に手を当てる。


え─?


氷に手を当てた瞬間、表面がざらついていることに気が付いた。誰かが溶かそうとした?


それに─


胸の奥がきゅっと締めつけられた。冷たいはずの氷に、暖かくて懐かしい魔力を感じる。心臓がドクドクと早鐘のように打ち、手のひらが微かに震える。


……そんなはずない。


今はそんなこと考えている場合じゃない。胸のざわめきを振り払うように、私は詠唱を始めた。


「氷の精霊よ、闇の中から汝に光を与えたまえ─」


唱えると同時に、氷の透明度が失われていく。

白く、柔らかな光がにじみ、その光が氷の内部をゆっくりと侵食していった。氷が溶け切り、男の身体が傾く。


よし、無事溶かせた……。


ほっとしたその瞬間だった。凍っていた男の目がぎょろりと動く。


「えっ」


普通は、意識を失うはずだよね?


「ルウラ・クラーク!早く出なさい!」

「あ、はい!」


急いで牢から出ようとすると、ヒューゴさんが私の腕をぐいっと掴んで剣先を向けてくる。


「ちょっとまっ……!」

「ギャッ!」


私の後ろで悲鳴が聞こえた。後ろを振り返ろうとする前に、身体が引っ張られた。すぐにガチャリと鍵をかける音が響く。


「すみません。無事ですか?」


剣を鞘にしまってヒューゴさんが尋ねてくる。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「……普通は、意識失うんじゃなかったんですか?」


急なアクシデントに、マックス先生が呆れて言う。


「そう、なんですけど……」


もしかして短詠唱で凍らしたからかな……。


考えている私を見て、ヒューゴさんが言った。


「今ので、溶かすときのリスクが分かりました。これで結構です」

「え、まだ凍っている人いますよね……?」


全員溶かすつもりだったんだけど……?


「一人で結構です。他はなんとかします。……マックス様、ルウラ様を連れて行って貰えますか?代わりの護衛が階段前で待っておりますので」


マックス先生は、頷いて私に目を移す。


「分かりました。では……」

「ちょっと待ってください!」


……聞かなければならないことがある。


私はマックス先生の声を遮り、ヒューゴさんに問いかける。


「誰か……あの氷を溶かそうとしましたか?」

「はい?」


もしかしたら……と、心臓が早鐘のように打つ。


「私が触れる前に、溶けかけた跡がありました」


ヒューゴさんは、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。


「知っているような魔力を感じて……」


ヒューゴさんは黙って私を見つめている。沈黙がどんどん重くなる。


「もし知っていたら教えてください。その人は、今……」

「答えられません」


ヒューゴさんの冷たい声が、私の言葉を遮った。胸がぎゅっと締めつけられ、言葉が詰まる。


絶対に何かを知っている……なのに、教えてくれない。


不安と疑念が、心の奥で波紋のように広がった。


「お願いします。今生きてるかだけでも知りたいんです……」

「何があったかは知りませんが、あなたが知るべきことではない」


ヒューゴさんは顔色一つ変えずに切り捨てた。突き放されて、私は何も言えなくなる。


「……ルウラ・クラーク、帰りましょう」

「……まだ帰れません」


マックス先生が静かな声で言うが、私はそれを拒絶した。


「ルウラ・クラーク」


先生が私の肩を強く掴んだ。


「行きますよ。これ以上……迷惑をかけないでください」


私はハッとしてマックス先生を見る。口元は固く結ばれ、目は私のことを心配しているようだった。


「……すみませんでした」


私はヒューゴさんに頭を下げると、マックス先生と共に来た道を戻った。


どうか無事でいて─


あの魔力の感触だけが、いつまでも手に残っていた。



護衛の方に送ってもらい、無事学園に戻ることができた。


「お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください」


疲れた様子のマックス先生に言われ、ブロンズ棟に戻ることにする。


「お疲れ様でした」


先生にそう言って、ブロンズ棟の方へ足を運ぼうとすると─


「待ちなさい。どこに行こうとしてるんですか?」


先生に声を掛けられた。


「え?だから部屋に戻ろうと……」

「あなたの棟はそっちじゃないでしょう?」

「え?」


私は目をパチクリさせ、少しの間沈黙が降りる。そんな時、にゃあという猫の鳴き声が聞こえた。


「え、ねこ?」


辺りを見回すが、猫の姿は見当たらない。心の片隅でざわつくものを感じつつ、視線をマックス先生に戻すと、先生は呆然と立っていた。


「先生?大丈夫ですか?」


呼び掛けると、マックス先生は私を見て眉をひそめる。


「あれ、何でこんなとこに……?」

「先生?」


マックス先生は、顔を顰めたまま歩いて行ってしまった。私はぽかんとして先生を見送る。


まあ、先生もそりゃ疲れているわよね……。


私は不思議な気持ちのまま、部屋へと戻る。

風がザワザワと木の葉を揺らし、何かを告げているようだった。

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