episode53:課外授業Ⅲ
ーAnnabelー
森から出ると、左手の木々から蠢く影が見えた。目をこらすと銃口が見える。
風属性の私に、銃とかバカじゃないの?
発砲音が聞こえると、私は魔法を唱えた。
「風の衣よ、汝に力を与えよ─」
魔法を唱えた瞬間、銃弾がキインと音を立てて空中で制止される。
私はその流れを捻じ曲げ、突風で弾道ごと敵の方へ押し返した。
弾き返された銃弾が、木々の向こうで何かに当たる鈍い音と、痛みに苦しむ声が聞こえた。
しかし、銃声は止まらない。
一発、二発、立て続けに空気を裂く音が響く。
……まだいる。しかも複数。
「めんどくさいなぁ……」
私は一歩踏み出し、息を整える。
「虚空より風を起こせ、無数の刃、者を刻め─」
次の瞬間、私を中心に風が渦を巻いた。
目に見えない風の刃が無数に生まれ、森一帯へと解き放たれる。
木の幹が抉れ、枝葉が舞い散る。
あちこちから短い悲鳴が上がり、銃声が完全に止んだ。
代わりに聞こえてきたのは、木々を掻き分ける足音。森の奥へ、散るように遠ざかっていく。
「逃げたか」
私は息をつくと、周囲を見渡す。もう敵の気配は感じない。
「よし」
小さく呟くと、フィンとトロイの元へと足を急いだ。
ーLuuraー
「これ、道合ってるの……?」
歩き続けるカルロスに向かって言う。
ゴールへ向かってはいるものの、通れない道を避けて遠回りしているせいで、方向はどうにも曖昧だった。
「うーん、合ってると思うんだけど。」
「思うって……。私、方向音痴だからお願いね」
「僕も」
「はっ?」
私は足を止める。
「じゃあ、間違ってる可能性もあるってこと?」
「うん」
うん、じゃないわよ……
そんな時、遠くから発砲音が聞こえた。立て続けに数回鳴り響く。
「えっ、今のって」
「……銃だね」
カルロスが訝しげに言う。
「学園側が仕組んだのかな」
「いや、授業で想定されているのは魔法同士の攻防だ。命を奪いかねない銃の使用なんてルール違反だろ」
「確かに……」
じゃあこれは、本当のアクシデント……?
「今から、発砲音が聞こえた場所まで魔力探知をかける。」
「へっ?」
無茶な内容に、思わず目をぱちぱちさせる。
「ものすごいこと言ってるの自覚してる?」
「大丈夫。死人が出る可能性もあるから、あの場所に生徒がいるかどうか確認するだけ。」
「えっ、助けに行くってこと?」
「集中するから、しばらく黙っておいて」
そう言うと、カルロスは座り込んで目をつむってしまった。
どんだけ離れてると思ってんのよ……。
できなくはないけど、探知後は絶対気分悪くなるだろうな。
仕方なくカルロスの横に座ってしばらく待っていると、カルロスが目を開けた。
「あ、カルロス。どう?」
「生徒二名の魔力を感じた」
「え、大丈夫かな……」
「おそらく発砲場所にいるのは、フィンとトロイだ」
その言葉に固まった。
「え……ど、ど、どうしたら……」
「位置は把握したから早く行くよ」
慌てる私に冷静に声を掛け、カルロスはフラッと立ち上がる。
あんな離れた距離への魔力探知だ。本来ならすぐ立ち上がれるはずがない。
「やっぱり気分悪いんでしょ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない」
カルロスは、顔を顰めながらも颯爽と歩いていく。私は慌てて後を追った。
しかし、あと少しまで来たところだ。
「あらぁ、ルウラ・クラークじゃない?」
木々の中から人影が現れた。
「ロゼッタ……」
姿を見せたのは、ロゼッタのチームだった。クリスタルが目当てなのか、私たちは取り囲まれる。
「たっくさん持っていらっしゃいますわね。分けていただいても?」
「……こんな時に」
私は拳を握りしめる。
「ロゼッタ、さっきの銃声聞こえたでしょ。早く行かなきゃいけ……」
「奪いなさい」
チームの皆が手を伸ばしてくる。籠をガッと掴まれた。
「ちょっと離しなさいよ!」
「ルウラ!」
そんな中、カルロスが叫んだ。
「先にいけ!後で追いつくから」
「あら、味方を捨てて行っちゃうのかしら?可哀想ねぇ」
取り巻きがクスクスと笑う。それを見て「でも……」と私は渋る。
1対6。こんなの勝てるわけが……
「ルウラ」
低い声で名前を呼ばれて、私はカルロスの瞳を見る。そこには、迷いのない覚悟が宿っていた。
「ここは任せろ」
「……分かった」
私が地面に手をつくと、ズズズッという鈍い音を立てて、足元から巨大な氷壁がせり上がる。その勢いに身を任せ、押し上げられるように包囲の外へと飛び出した。
木々を掻き分けるように走っていると、空気が一変した。次の瞬間に強風が叩きつけてくる。
「何この風……」
飛ばされないように地面を踏ん張る。
誰かが応戦している……?
しかし、この位置からでは姿は確認できない。
風が弱まるのを待って、私は急いで足を進めた。
……ここか。
発砲場所と思われる場所に、ようやく着いた。風の魔法により、地面が大きくえぐれている。
この魔法を使った人、すごい力の持ち主ね……。
しかし、今気にすべきなのはそこじゃない。トロイとフィンはどこに行ったのか。
耳をすませてみると、森の奥から話し声が聞こえてきた。警戒しながら奥へと進む。
この声は─
「みんな!」
「ルウラ……!」
木の影をのぞき込むと、フィンとトロイ、アナベルがいた。私を見てホッとしたように息をつく。私も肩の力を抜いたが─
「えっ」
トロイの右腕が赤く染まっているのを見て、思わず息を呑んだ。
「トロイの腕……」
「銃で撃たれたんだ。……そういえばアナベル、飛行魔法使えるよな?」
フィンがアナベルに尋ねると、アナベルは頷いた。
「じゃあ、ゴールまでトロイを運んでくれるか?」
「分かった」
しかし、トロイが首を振り、大丈夫だと言うように立ち上がった。本人はゴールする気だが、足元はおぼつかないし、何より顔色が悪い。
チーム全員でゴールできないことを気にしているのだろう。失点はあるが、今はそんなことを言っている状況ではない。
「アナベル、トロイをお願いね」
「うん」
トロイが、申し訳なさそうな顔になる。
アナベルは、詠唱するとトロイを連れて浮かび上がった。
姿が見えなくなると、フィンが私に尋ねる。
「カルロスはどこにいるんだ?」
「あー……」
私が説明しようとすると─
「ごめん、遅くなった」
突然背後から、籠を大量に抱えたカルロスが現れた。
「ひっ!」
思わず身を引いてしまう。無事でいてほしいとは思っていたけど、ここまで無傷だとは思わなかった。
「え、あなた生きてるわよね?」
涼しげな顔をしていて、かすり傷さえ見当たらない。さっきの騒ぎが嘘のよう。
「うん、生きてるけど。それより皆無事だったの?」
フィンが詳しいことを説明してくれた。カルロスはホッと息をつく。
「よし、じゃあクリスタルもたくさんゲットしたし、このままゴールに行くか」
カルロスが、先頭に立って歩き出す。その後に続きながらずっと気になっていたことを尋ねる。
「いや、何で籠が増えてるのよ」
籠は、カルロスの分も含めて五つに増えていて、両腕にぶら下げられている。
「ごめん、残りの二つは奪えなかった」
「これだけ奪ったなら、ロゼッタチームが哀れに思えてくるわ」
話しながら歩いている途中、フィンが「……あれ?」と声を漏らした。
「何、可愛い子でもいた?」
「そんな訳ねえだろ。ルウラ、俺のことなんだと思ってんの」
「じゃあ、なんなのよ」
「いやクリスタルが……」
そう言って、フィンはカルロスの籠を指さした。太陽の光を反射しているクリスタルが、じわりと黒ずんでいる。
「カルロス、これ……」
「……まずいな」
カルロスが顔を強張らせる。
「長時間日光に当たると、劣化するのか」
「……マジかよ」
「急がなきゃ!」
もしかすると、黒ずんだクリスタルは点に入らないかもしれない。それだけは、避けたい。
慌てて走り出した、その瞬間だった。
……カチリ。
私の足裏に、嫌な感触が伝わった。
「……嘘でしょ」
次の瞬間、甲高い警告音が森に鳴り響いた。トラップを踏んでしまったよう。
「何やってんだよ、ルウラ!」
フィンが悲鳴をあげる。
「ごめん!!」
誰かに出くわす前に全速力で、この場から走り去る。
しかし、警告音は止まらず、森全体に居場所を知らせるように響き渡っている。
「最悪だ……」
その時だった。
木々の間から、複数の足音が聞こえてきた。眉をひそめて足を止める。
次の瞬間、木陰から人影が躍り出た。生徒ではなく、銃を持ったガラの悪い男が四人、いや五人も立っている。全員が口元を黒い布で覆い、布には印のような紋様が描かれている。
「こ、こいつらさっきの……」
後ずさりしながら、フィンが言う。
私たちを見て、一人の男が銃をくるりと回した。
「こいつら、標的のお仲間たちだよ」
ガサガサとした声に、逃げなきゃという焦りが生まれるものの、恐怖で体が動かなかった。
「おいおい、標的以外は殺したらダメなんだろ」
「ふざけんじゃねえよ。こいつらの仲間のせいで、こっちは一人やられてんだぞ」
標的─その言葉が、胸の奥で嫌な音を立てた。
「……ルウラ」
カルロスが小声で囁く。
「フィンと先逃げてくれ」
「何言ってるの。さっきとは状況が全然違うじゃない!」
「何かあったらキューブウォッチを壊すから、ほら早く行って」
仕方なく私は頷いて、恐怖で固まっているフィンの手を引っ張る。しかし─
「おっと、動くんじゃねえよ」
「ルウラ……!」
背後から来た男に、銃を突きつけられた。
この距離じゃ防御魔法を展開するより先に、弾が体を貫くだろう。
逃げることも防御することもできない。
……どうすればいいの?
心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。




