episode52:課外授業Ⅱ
耳を裂く荒々しい咆哮と共に、ヴォルガンの爪が振り下ろされる。
「ルウラ!!」
カルロスが私の名前を呼んだ。
……大丈夫。
私は無意識に唱えていた。
「清き氷よ、我を護り、すべてを凍て阻め─」
途端に、地面から大きな氷壁が現れる。
「ぐっ……」
ヴォルガンの鋭い爪とぶつかり、その衝撃で洞窟内が揺れた。
「カルロス、もうもたないわ!」
魔力を多めに込めたのにも関わらず、数回の体当たりで氷壁は砕け散った。
再度振り下ろされた爪を、カルロスがどこからか取り出した剣で受け止める。カルロスの剣は細く、折れるかと思ったが意外と耐久力は高いようだ。
「ルウラ。こいつと戦うのは、時間が無駄かもしれない。撤退しよう」
「……そうね」
クリスタルはもったいないけど、魔力も温存しておきたい。
私はカルロスの意見に従うことにした。
しかし、撤退しようにも追撃が止まず、なかなか洞窟から抜け出せない。
仕方なく目くらましに、姿を隠す魔法を唱える。
「白く霞め、氷の霧よ、我が姿をもて隠せ─」
その瞬間、足元から白い霧がふわりと立ち上り、私たちの輪郭を覆い隠した。辺りが霧に包まれ、視界が一気に悪くなる。
「ルウラ。目が見えないんだけど……」
「こっち!」
私はカルロスの腕を引っ張って、洞窟を出た。
「ふぅ、無事に出れた……あれ?」
外を出ると、三人の姿が見当たらない。
「さっきの冷気で出れなくなったんじゃない?」
「いなかったけどな……」
「何かトラップに引っかかったのかもしれない。行こう」
「分かった……」
……全く困ったわね。
チーム全員が揃ってゴールしなければ意味がないが、ここからは三人の魔力は感じられない。仕方なく、カルロスについて行くことにした。
二人でしばらく歩いていると、カルロスが口を開いた。
「そういえばルウラはさ、アナベルのことどう思ってるの?」
「え、アナベル?」
急に尋ねてきて、私は聞き返す。
「あ、なるほどね」
私はニヤリとした。
恐らく、カルロスはアナベルが気になっている。女の私からしてどうなのかを聞きたいのだろう。
しかし、そんな私を見てカルロスが呆れたように言った。
「ルウラ。僕がアナベルのことを、気になってるって思ってるだろ。」
「いいのよ、照れなくても」
「はぁ……友達としては好きだけど、恋愛的な感情は持ってないからね」
「えーっ、そうなの!?」
驚く私に、「早く質問に答えてよ」と言ってくる。
「うーん、アナベルはねぇ。」
私の脳内に、笑顔のアナベルが浮かぶ。
「可愛くて小動物みたいで、妹にしたい子かなぁ」
「……そう」
「えっ?」
それだけ言うと、カルロスが急にスピードを上げて歩き出した。
「何を言ってほしかったのよ!」
私は訳が分からないまま、カルロスを追いかけた。
―FIN―
「何じゃここ!」
洞窟内で窪みを踏み、「あっ」と思った瞬間には崖の上へ転移していた。
ルウラとカルロスはもちろん、一緒にいたはずのアナベルがいない。
「トロイ、どうしようか……」
一応聞いてみるけど、トロイは無言のまま。
「ったく何か喋れよな……」
一人で話すとか悲しすぎるんだけど。
「とりあえず、俺はクリスタル探しに行くからな」
一歩踏み出そうとすると、トロイに首根っこを掴まれた。首が絞まり、「ぐえっ」と声が出る。
「おい、何す……」
手を振り払おうとしたが、足元を見て固まってしまう。片足は宙を浮いていた。ポロポロと足元の石が、崖の下へ転げ落ちていく。
「うわぁぁぁっ!!」
叫び声を上げながら、後ろに尻もちをついた。
「助かったよトロイ。マジでありがとう……」
半泣きで言うと、トロイは俺に手を差し出してくれた。その手を掴んで立ち上がる。
「お前めちゃいい奴だな」
トロイは微笑むと、歩き出す。そっちにクリスタルがあるのだろうか。とりあえずついて行くことにした。
しばらく歩くと、大きな岩場が見えてきた。トロイが岩の下を指差す。
「ん、何だ?」
よく見ると、岩場の影にキラキラと光り輝くクリスタルがあった。しっかり見ないと見落としてしまうくらい、岩の後ろに隠れている。
「やっぱトロイ、お前めちゃめちゃすげえよ!」
ガッとクリスタルを掴む。取れにくいが、洞窟よりはマシだ。
「俺クリスタル採るからさ、探すのはトロイにお願いしてもいいか?」
そう聞くと、トロイはグッと親指を立てる。
「おっけ、ちょっと待ってろ……あ、こっちにもある!」
クリスタルに夢中になっていると、突然トロイが俺の口を押さえた。
トロイに「なにすんだよ!」と言おうとしたその瞬間─
「……っ!?」
乾いた音と共に、銃弾が岩をかすめ、後ろで銃弾が爆ぜる。突然のことに心臓が跳ね、体が硬直した。
「これも授業の一つなのか!?」
音からして銃を使っているようだ。向こう側の木々の間から何か蠢くのが見えた。
敵の人数は分からないが、距離感からしてこちらを狙っているのは間違いない。
慌てて辺りを見回す。岩の影があるものの、二人隠れるには狭すぎる。
動けば撃たれるかもしれない。けど、このままでも安全とは言いきれない。
焦りが胸を締め付ける。
「おいっ……」
様子をうかがっていたトロイが俺の手を掴んで、近くの森に駆け込む。しかし、森の中に身を隠す寸前に─
「……っ」
ヒュッと空気を切る音と共に、トロイの腕を銃弾が切り裂いた。
「トロイっ!」
慌てて木の影に身を隠す。
「大丈夫か!?」
尋ねると、トロイは顔を顰めながらもコクコク頷く。腕を押さえた手の隙間から、ポタポタと血が落ちた。
「仕方ねぇ……」
キューブウォッチに目をやる。魔法を唱えて破壊しようとすると、トロイが俺の腕を掴んだ。
「これを使うなって?でもお前が……」
トロイが首を横に振る。
そんな時、また銃声が聞こえてきて、思わず身をすくめた。
威嚇射撃のつもりか。
息を潜めると、心臓の音がうるさく感じられた。深呼吸をして心臓を鎮める。
「どう考えても生徒の仕業じゃないよな……」
くっそ、俺が戦えたら……。
しかし、今更後悔しても遅い。
ルウラほど魔法は使えないし、魔法の発動が遅い俺は、下手に出たら撃たれて死んでしまう。
「ごめん、トロイ……」
敵は何人いるのか。目的は何なのか。
相変わらず銃声は止まず、この場から動けない。
そんな中、森の奥から足音が聞こえてきた。
「トロイ……」
聞こえるか?と身振りで尋ねると、頷かれた。
どうやら幻聴ではないよう。トロイも眉を寄せて、森の奥を睨む。
俺たちを狙う敵か、それとも誰かが助けに来たのかは分からない。
しばらく息を潜めていると、トロイが俺の肩をポンポンと叩いた。見ると、ホッとしたような顔をしている。
……敵ではないんだな。
ふぅと息を吐くと、人影がようやく見えた。
「え、アナベル……?」
走ってきたのは、アナベルだった。俺に気付いて、嬉しそうに手を振ってくる。
「おーい!」
「あっ、ばか!そんな大声出したら……!」
鋭い音が響いて、すぐそこを銃弾がかすめた。
「アナベルっ!」
慌てて名前を呼ぶが、アナベルは防御魔法で銃弾を防ぐ。安心して体の力が抜けた。
「あぁ、びっくりした……」
「これも授業の一つなの?」
俺と同じことを言いながらアナベルは、木の影に隠れる。
「えっ?」
そして、トロイを見ると目を見開いた。
「トロイ、血が……」
「銃弾にやられたんだ」
すると、アナベルはぎゅっと拳を握りしめた。
「アナベル……?」
「私、どうにかしてくるよ」
「はっ?」
予想外のことを言われて、放心する。
「いやいや敵の位置も数も分かんないんだぜ?危険すぎる」
「でもこのままじゃ動けないし、ルウラたちを探しにも行けないじゃない」
「でも……」
「フィン」
名前を呼ばれてアナベルの顔を見る。覚悟を決めた顔をしていた。
「大丈夫、銃弾が一般防御魔法で防げることは分かったから。トロイをよろしく」
アナベルはそう言うと、歩いていく。また、銃声が鳴り始めた。
「アナベル!」
名前を呼んでも、アナベルは戻ってこない。
今は、ただアナベルの無事を祈ることしかできなかった。




