episode48:騒がしい同居生活
そして、チーム編成締切日から二日が経ち─。
「うわーん!」
「朝からうるさいですわよ!!」
「だって、イザベラとは今日でお別れじゃん……」
引越しの当日となった。二週間以上続いたこの生活が、今日が最後だと思うと悲しい。
「ルウラ、イザベラ!ご飯届いたよー!」
「はーい」
もそもそと布団から出て、団欒スペースに向かう。
「寂しいのは分かるけど、会えない訳じゃないしさ。大丈夫だよ」
「そうよね……」
朝食をとって、いつものように朝の時間を過ごす。
今日は授業はなく、引越しだけの日となる。
自分の部屋で制服に着替え、カインのイヤリングを付けて部屋を出る。目ざとく、イザベラがイヤリングに気付いた。
「オシャレなイヤリングね。いつも付けてたかしら?」
「いいえ、荷物を整理したときに出てきてね。今なら似合うんじゃないかと思って」
「え、何それ!可愛いー!」
アナベルも気付いて、声をかけてくれた。
「ありがとう。大切な人からもらったの」
「ふーん、大切な人、ねぇ」
アナベルがニヤニヤとしている。イザベラもこちらを見て、微笑んでいる。
「な、何よ!」
私は思わず顔を赤らめる。
「この話はおしまいね!」
誤魔化すように視線を逸らして、強引に話題を切り上げた。
「ルウラ、そろそろ時間だよー」
「はーい」
八時前。この時間に、ここの寮の人は移動すると決められている。
私は返事をして、忘れ物がないかを確認して部屋を出る。アナベルがダンボールを持って立っているが、イザベラの姿が見えない。
「あれ、イザベラはまだ部屋?」
「うん」
どうしたんだろうと二人で待っていると、部屋の中からイザベラがようやく姿を現した。
「あの……ルウラ、アナベル」
両手を後ろに隠したイザベラが、恐る恐ると言った感じで、声を掛けてくる。
「ん?」
「どうしたの?」
「……これあげるわ!」
ズイっと、袋に入った髪飾りを渡された。私には淡い水色の大きなリボン、アナベルには三日月の髪留め。
「えっ、これめちゃくちゃいいやつじゃん!こんなの受け取れないよ!」
「そうよ!というか、私そんなの準備してない……」
アナベルと一緒に、ショボンと落ち込む。
「こっ、これあたし使わないからあげるのよ!余剰品をあげるだけだから!!」
使わないとか嘘だよね。見るからに新品だもの……。
「でも……」
アナベルは受け取ることに躊躇しているようだが、私は有難く受け取った。
「ありがとう、イザベラ。嬉しいわ」
ここで受け取らなかったら、イザベラは傷つくと思う。
「……じゃあ、私も貰うね。ありがとう、イザベラ」
「そんなもので嬉しいの?自分が求めていたものじゃないかもしれないのに……」
耳を真っ赤にしたイザベラが、尋ねてくる。
「髪飾りも凄く嬉しい。けど私は、私達を想ってくれるあなたの気持ちが嬉しいのよ」
横でアナベルもうんうんと、頷く。
「そう。良かったわ……」
それを聞いてイザベラは、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
最初はどうなるかと思ったけど、楽しく過ごせて良かった。
二人の笑顔を見ながら、私はそう思った。
寮を出て、イザベラと「またね」と別れる。寂しさを抱えたまま、私とアナベルはブロンズ棟へと向かった。
「ここみたい」
しばらく歩くと、こじんまりとした建物が見えてきた。歴史を感じさせるレンガ造りで、派手さはないが、長く使われてきたことが一目で分かる建物だ。
「よし、入るわよ」
「うん!」
ブロンズ棟に足を踏み入れると、外よりも少しひんやりとした空気が肌に触れた。中は静かで、私たちの足音だけが響く。
廊下を歩きながら内装を見回していると、後ろから声が掛かった。
「二人ともひどい猫背だね」
「あ、カルロス」
後ろに、大きめのバッグを持ったカルロスが立っていた。しかし、他の二人の姿は見当たらない。
「あれ、フィンとトロイは?」
「トロイは知らないけど、フィンは寝坊したみたいだから置いてきた」
「ええ……」
大丈夫かな……
「てかさ、あのひよこ何なの?」
「へっ?」
カルロスは私達を追い抜かして、階段を登り始める。
「プリント届けてくれたはいいものの、すっごいビリビリになってて解読不可だったんだけど」
……ひよこちゃん。
「後、窓に体当たりしてきたと思ったら、窓ガラスが割れて寮長にずっと説教されてたんだけど」
「申し訳ないです……」
ひよこちゃんっ!!
「ま、まあ、カルロスがここに居るってことは、プリントの内容は一応伝わったってことでしょ?」
アナベルが慌てて言う。
「代償がでかすぎるんだよ……」
「ごめんよ……」
謝り倒して許してもらい、やっと部屋がある階に着いた。廊下は静まり返っていて、他の部屋から人の気配は感じられない。
この棟を使っているのは私達だけなのかな……。
一瞬そんな考えが浮かんだが、そんな訳ないか。と吹き飛ばした。
部屋番号は341。先生にもらった鍵を使って、部屋を開ける。
「うわあ」
予想以上に広く、綺麗な部屋に思わず感嘆の声を漏らす。
真ん中に広い共用スペースがあり、テーブル、ソファ、キッチンがある。その左右には、男子部屋と女子部屋に繋がるドアがあった。
「男子は、どっちとか決まってるの?」
先に靴を脱いだカルロスが言う。確か決まってなかった気がする。
「いいや?」
「じゃあ、右側行く」
カルロスは、右側のドアを開けて入っていった。
全く、せっかちねぇ!!
ため息をつくと、私も靴を脱いで左側のドアを開ける。
「えっ、広っ!!」
アナベルも後ろから顔を覗かせる。
「すごいねぇ!」
中には広々とした廊下が通っており、三部屋の個室がある。
「アナベル、どこの部屋がいい?」
「私、奥がいいな」
「了解!」
アナベルは奥から一つ前の部屋、私は一番手前の部屋に決めた。
扉を開けると、机とベッドとクローゼットが置かれていた。奥には窓があり、そこから差し込む日差しが、部屋を明るく照らしていた。
一人部屋なのに、この広さ。さすがヴェルディアね。
私は荷物を置くと、部屋を出た。
共用スペースに戻ると、カルロスはソファにどっかりと座ってくつろいでいた。
「あれ、フィンとトロイはまだなの?」
「うーん……」
眠そうな声で答えるカルロス。眠いなら自室で寝なさいよ!
私はため息をつくと、ドアに手を伸ばす。しかし、私がドアノブを掴むより先に扉が開いた。
「……っつぅー!!」
ゴンと鈍い音と共に鼻に激痛が走り、私は蹲る。
「うっわ、ルウラ大丈夫か!?」
現れたのはフィンだった。後ろからトロイが顔を出す。
「悪い、顔当たったか?」
「ばな、おれでばい?」
「うわっは、めちゃ腫れてる」
フィンが笑いそうなのを堪えている。
「何笑ってんのよ!本気で痛かったんだからね!!」
「すみませんでした……」
私は鼻を抑えたまま、左側の部屋を指さす。
「男子はあっちの部屋。詳しいことはカルロスに聞いて」
「はい……」
フィンとトロイは、靴を脱いで上がる。そこへ、アナベルが部屋から出てきた。私の腫れた鼻を見て、目を見開く。
「えっ、ルウラ。鼻どうしたの!?」
「フィンにやられました」
「ごめんて……」
「……もういいわよ。荷物置いてきなさい」
トボトボ歩くフィンの肩を、トロイがポンポンと叩いている。パタンと閉まったドアを見て、アナベルがハッとしたように言った。
「あ、私シーツとって来ようと思ってたんだ」
「なら、私も……」
「僕が行くよ」
ウトウトしていたはずのカルロスが、私の言葉を遮った。
「え、行ってくれるの?」
「うん。アナベルと二人で取ってくるから、ルウラは待ってて」
「……分かったけど」
そこで私はあることに気付いた。
もしかして、カルロスってアナベルのこと……。
口角が緩む私を見て、カルロスが言った。
「ルウラ。君が想像していることはないから、変な妄想しないで」
「いいのよ、カルロス」
首を傾げているアナベルを「行ってらっしゃい」と送り出すと、私はソファにポスッと座った。
あー、これは座り心地が素晴らしいソファだわ……
私が寛いでいると、フィンとトロイが男子部屋から出てきた。
「あれ、二人は?」
「シーツ取りに行ったわよ」
「あ、そうなんだ」
フィンはそう言うと、ソファの上にあったクッションを手に取る。何をするのかと思いきや、トロイとキャッチボールならぬキャッチクッションを始めた。
「ちょっと、何してんの?」
「楽しいぜ。ルウラもするか?」
「する訳ないでしょ」
フィンは「ちぇっ」と言うと、トロイに投げ返す。しばらくして、投げる力が強くなってきた。ぴゅんぴゅんと宙を舞うクッション。
「私に当てないでよ」
そう言った時だ。フィンが投げたクッションが私の顔にクリティカルヒットした。
「ひっ……ごめんルウラ」
「あなたねぇ……」
私は、当たったクッションを握りしめる。
「女は顔が命なのよ!見てこの鼻!まだ腫れてんだから!!」
私はクッションに魔力を込める。ペキペキと、クッションが凍っていった。
「……おいおい、それ備品だろぉ?」
「備品で遊んでいたのは、だぁれ?」
私は、クッションをポイッとフィンに投げた。
「っべてぇー!!!」
フィンが悲鳴をあげる。トロイは、慌ててフィンの救助に向かっている。
「ふんっ」
そんな時に、アナベルとカルロスがシーツを持って帰ってきた。
「え……」
この状況が飲み込めず、固まる二人。
ここだけ見たら私が悪者に見えるな……?
「いやいや、これは私が悪いんじゃなくて!!」
どうして、いつもタイミングが悪いんだ!
私は慌てて弁明するのだった。




