episode41:小さな幸せ
辺りが眩しさに包まれ、あまりの眩しさに顔を顰めていると、狼のような精霊が現れ─
「えっ」
姿を消してしまった。魔法陣の輝きが薄まっていく。
「あの……ロイ先生」
「召喚失敗か?」
「いやでも狼が今……」
私は淡く光っている魔法陣に呼びかける。
「狼ちゃん、出ておいでー?」
すると、魔法陣が再度光り始めた。
何か出てきた!!
しかし─
「ん?」
狼と思いきや、現れたのは小さなリスだった。
「次席もそんなもんなんだな」
皮肉混じりに、ロイ先生が言う。
私は手を精霊に近付ける。小さな精霊は鼻を手に近付けてクンクンと匂いを嗅いだ後、手の上に乗ってくれた。
「可愛いー!」
「もう、行っていいぞ」
召喚が無事完了したため、私はその場を離れる。アナベルは時間がかからないらしく、すぐ精霊を召喚させ、私に駆け寄ってきた。
「ルウラ、お疲れ様!」
アナベルの腕には黒猫が抱えられている。黒猫と、菫色の瞳がお揃いだ。
「お疲れ様!可愛い黒猫ねぇ」
そう言うと、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
……えっ、言葉通じてる?
ドキッとしたものの、アナベルに話しかけられて私は意識を戻す。
「そういえば、ルウラさっきすごかったね。魔法陣めちゃくちゃ光ってたし!」
「最初、狼みたいな精霊出てきたんだけど、消えちゃったんだよなぁ」
「アナベルも見えたよね?」と聞くと、アナベルは目をパチパチさせた。
「私には何も見えなかったよ……?」
「えっ、おっかしいわねぇ」
けど、考えても仕方がない。話題を変えることにした。
「そういえばアナベル。その子、なんて言う名前なの?」
「ネコタローだよ!」
「ネコタロー……かわいい名前ね。私は……」
手の上にちょこんと乗るリスに目を落とす。つぶらな瞳と目が合った。
「リットにするわ。狼はラノーンよ」
「狼も名前つけるんだね。いいと思う!」
「でしょ!」と私は胸を張り、リットを肩に乗せる。しばらくアナベルと話していると─
「はい、皆さん静まってください!」
ルイス先生のよく通る声が響いた。
どうやら終わったみたい。
「これにて、召喚術学の授業を終わります。精霊には、それぞれ属性があります。これからの課外授業で精霊と行うこともあるでしょう。自分の精霊について知っておくようにしてくださいね!」
そうして、召喚術学の授業が終わった。
この後は10分の休み時間の後に、各クラスでこれからの授業についての説明がある。後ろ髪を引かれる思いでアナベルと別れて、教室に戻った。
教室に戻ると、カルロスとフィンは先に戻って来ていて、どっちも机に突っ伏していた。
「何してるの……?」
「なんか……疲れた」
顔を伏せたまま、フィンが答える。
「疲れたって、まだ一限しか終わってないわよ」
「うん……」
うんって……。
そこにエマが戻ってきたので、授業が始まるまでエマと話すことにした。
予鈴が鳴って休み時間が終わり、教室にマックス先生が入ってくる。
「召喚術学お疲れ様でした。」
「では」と言うと、マックス先生は、チョークを手に取った。
「これから課外授業について説明します」
課外授業!
私は胸をときめかせる。
「課外授業は、チームで行います」
マックス先生は、黒板に書き始める。
「チーム人数は、五~六人。同じクラスの人を入れても構いませんが、条件としてA組からD組までの生徒を必ず一名は入れること。」
すると、一番端に座っていた男子が手を挙げた。
「D組も入れないといけないんですか?」
マックス先生は、息をついて頷いた。
「もちろんです。入っていなければ、チームとしてみなしません。チーム編成の締切は、今日から二週間後。集まったらリーダーを一人決めて、担任の先生に報告しに行ってください。」
チームか……C組はアナベルを誘うにして……。うーん。
「なるべく早めに決めることをおすすめします」
マックス先生は最後にそう言って、この話を終えた。
その後、学校生活を送る時の注意点や場所、科目の説明などをされて、この授業は終わった。
今日は午前中で授業が終わりだったので、部屋に戻ることにする。エマに手を振って部屋に戻ると、アナベルとネコタローしかいなかった。
「ルウラ、おかえりー」
「ただいま!イザベラはまだ?」
「一回帰ってきてたみたいだけど、またどこか行っちゃった」
「そうなの……どうしたんだろうね」
少し仲が深まったと思ったのに……。
「ルウラ、あのさ。課外授業のこと聞いた?」
「うん。あ、アナベル!一緒のチームになりませんか!」
「あー!私も今言おうとしてたのに!」
残念がるアナベルを見て、思わず笑ってしまう。
「あ、そうだ。イザベラって何組か分かる?」
「うーん、C組にはいなかったような……」
B組か、D組か。
すると、急にドアが開いた。ビックリしてコケそうになる。
「イザベラ!」
後ろに、怪訝な顔をしたイザベラが立っていた。
「いつまで玄関で立ち話をしていらっしゃるの?」
「あ、ごめん」
靴を脱いで、部屋に上がる。
「イザベラって何組?もし良かったら……」
「一緒のチームには、なりませんわよ」
まだ言ってないのに、断られてしまった。
「あちゃー」
「それより、早くご飯食べたらどうです?きっとこれから……」
「ん?」
私が聞き返すと、控えめにドアがノックされた。
「はーい」
ドアを開けると、女の子二人が立っていた。
「こ、こんにちは。私たちC組の者なんですけど……」
「え、えっと。チーム組みませんか?」
後ろでアナベルが息を潜めて見ている。
「ごめんなさい。もう決まっているの」
「でっ、でも私たち……!」
「本当にごめんなさい」
私がもう一言謝ると、女の子たちは帰って行った。ドアを閉めると、イザベラはもういなくて、アナベルが不安げに私を見ていた。
「ルウラいいの?あの子たち、私よりきっと優秀だよ?」
「いいの。私はアナベルを選んだんだから」
アナベルは「ありがとう」と、嬉しそうに笑った。すると、またドアがノックされる。
「ルウラ・クラーク!!いるなら出てきなさい!!」
挑発的な言い方に、開けるのを戸惑う。
「ルウラ・クラーク!!」
しかし、大きな声で騒がれても迷惑なので、私は仕方なくドアを開けることにした。
「はい……」
ドアを開けると、茶髪をグルグルと巻いた女子が立っていた。後ろには、数人の女子がいて、こっちの様子を窺っている。
「ごきげんよう。あたくしロゼッタ・モーガンと言います。あたくしもA組ですの。どうかしら?」
まさかの同じクラス。こんな子いたっけ……。
「えっと……どうっていうのはチームのこと?」
「あったり前じゃない」
「……後ろの人たちは?」
尋ねると、ロゼッタは「フフン」と、自慢気に胸を張った。
「A組からD組の中から優秀な人材を選びぬいたのですわ。」
それは仕事が早いこと……。
「あなたが入ったら、このチームは完璧なのです」
「……何で私?」
げんなりして言うと、ロゼッタは髪の毛をフワッとはらった。
「あがり症のエマ・クリーンさんは、話しかけにくいもの。あなたが適任ってわけ」
それを聞いて、私はドアを閉めた。
「ごめんなさい、無理です」
「えー、有り得ないわ!!」
「ロゼッタ様、あんなやつ放っておきましょう!」
途端にブーイングが起こる。
……取り巻き化してるじゃない。
「ルウラ・クラーク!見てなさいよ、後悔させてやりますから!」
捨て台詞を残して、ロゼッタは去っていった。やっと、辺りが静かになる。
「すごかったね……」
アナベルが苦笑いしながら言う。私も苦笑いをして頷いた。
「お昼ご飯どうしようか……」
「私、外で何か買ってくるよ。ルウラここで待ってて」
「いやいや、何言ってるの。私も行くわよ」
すると、待ったをかけられた。
「ごめん、ルウラ。今日は、一人の方が早く帰ってこられる」
「……その通りですね」
ということで、お昼はアナベルに任せることにした。
「ルウラさーん」
アナベルが出かけたあとも、ノックが続く。
……イザベラが言いかけてたのはこの事だったのね。
私は、トホホと肩を落とすのだった。
「買ってきたよー!」
アナベルがご飯を買ってきてくれて、有難くいただく。
「ごめん、アナベル。お金払うわ。いくらだった?」
「そんなの気にしないで!ほら、早く食べよ?」
「うん、ありがとう」
イザベラは、もう食べて帰ってきたみたい。仕方なく、二人で食べる。
二人で食べていると、ポケットからリットが出てきた。ピザが気になるのか、匂いを嗅ぎ出す。
「えっ、精霊ってピザ食べれるの?」
「分かんないな……。食べれないことはないと思うけど。」
すると、リットは小さな手でそのままピザにかぶりついた。
「あっ……」
まさか本当に食べると思わなかった。
「ちょっと、お腹壊さないよね?」
慌ててリットを持ち上げる。口にケチャップをつけて、幸せそうにモグモグと口を動かしていた。
「大丈夫じゃないかな?」
「うん……大丈夫そう」
「……なんか」
アナベルがリットを見ながら、ぽつりと呟いた。
「ルウラみたい」
私は目をパチパチさせる。
「え?嘘でしょ、私こんなに食いしん坊じゃないわよ」
「いやぁ、ご飯食べてる時同じ顔してるよ。精霊って主人に似るんだねぇ」
「……」
私は、二枚目に手を伸ばそうとするリットを、じっと見つめる。
この食いしん坊め!
私は心の中で呟く。
今日は初めての授業で緊張したけど、こうして部屋でゆっくりと過ごす時間が、何よりの宝物だ。
小さな幸せを胸に、私は穏やかな気持ちで午後の時間を迎えた。




