episode40:召喚の儀
第一儀式場の中に入ると、ひんやりとした空気が体を包んだ。
「うわぁ……」
私は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
思わず見上げてしまうほど天井が高く、暗闇に溶けて最上部が見えない。
そして目を引くのは、床に描かれている四つの巨大な魔法陣。円状の線と複雑な紋様が幾重にも重なり、遠くにいても微かな魔力の気配が伝わってくる。魔法陣の真ん中には、儀式用と思われる蝋燭が立っていた。
エマと辺りをしばらく見回していると─
「エマー!」
誰かがエマの名前を呼んで、走ってきた。途端に横にいたエマの顔がパッと明るくなる。
「エリッサ……!」
エマは申し訳なさそうに、チラリと私を見る。
「行ってきていいよ」
「ありがとうっ。また後でね!」
エマは走っていった。カルロスとフィンは気付けば遠くにいて、一人ぼっちになってしまった。
始まるまで端っこにいようかな……。
そう思って歩き出した時。
「ルウラ!」
誰かに肩を叩かれた。振り向くと、アナベルが立っていた。
「アナベル!来てくれてありがとう」
「いやいや、ルウラと話したいと思ってたから」
「えへへ……ん?」
不意に場内を見て、私はあることに気付いた。
「あれ、イザベラ来てない?」
辺りを見回すも、イザベラの魔力は感じられない。
「え、ほんと?」
「多分……」
気分でも悪くなったのかしら……
そんな時、空気がザワっとした。
「皆さん、こんにちはー」
入口の方から明るい声が響いた。途端にざわめきが止み、静まり返る。
入ってきたのは二人の先生だった。一人は若い先生。もう一人は……
「げっ……」
私たちを注意した、例の先生だった。
「あの先生って、召喚術学担当なの?」
コソッとアナベルに聞くと、首を傾げた。
「召喚術学は、あんまり担当の先生いないと思うんだけどなぁ」
お手伝いかな……
そんなことを考えていると、先生がパンパンと手を鳴らす。魔法陣の外に先生が立っていた。
「全員揃っていますか?そろそろ始めますよ」
イザベラ、早く来なさいよね!
私がドアをじっと睨んでいると、急に開いて一人の生徒が入ってきた。
「すみません、遅れました!!」
イザベラだ!
イザベラと目が合い、手招きするも無視されてしまった。
「大丈夫ですよ。今始めるところでした」
そう言って先生はふわりと笑った。その美貌に何人かの女子が悲鳴を上げる。
確かに美形だわ……
「では、まず自己紹介からしましょう。召喚術学担当、ルイス・ケリーと言います。今日はクラス合同で行うため、手伝いをお願いしました」
「ロイ・プライスだ」
眉をひそめて、ロイ先生が言う。
「今悲鳴を上げた女子たち、真面目にしないと評価下げるぞ!」
うわぁ、皆嫌そうな顔してるなぁ。
ルイス先生も苦笑いをしている。
「では、知っている方もいると思いますが、召喚の方法を説明しますね」
ルイス先生が説明してくれた精霊召喚の手順は、驚くほど簡単だった。
用意されているのは、刻印が施された一枚の紙だけ。指先をわずかに傷つけ、滲んだ血をその印に触れさせる。呪文を唱えながら蝋燭で燃やして、紙が完全に灰となった瞬間、床の魔法陣から精霊が現れるらしい。
「意外と簡単なんだね」
私が言うと、アナベルは首を縦に振った。
「そうだよ。でも、魔力の量で召喚できない人もいるのがよくないとこなんだよね。魔力が少なくても召喚できる方法があればいいのに。精霊がいるといないじゃ、どうしても差が出てきちゃうからさ。」
熱弁するアナベルを見て、私は目を瞬かせる。
「あれ、もしかしてアナベル、もう精霊召喚してるの……?」
恐る恐る尋ねると、アナベルは頷く。
「昔、召喚できる機会があってね」
「じゃあ、この後の召喚には参加しないの?」
私が聞くと、アナベルは首を横に振った。
「魔法陣は使わないけど、契約が結べているかの確認があるから参加するよ」
「なるほど」
そこで、先生が話を終えた。
「では、四列に並んでください。順番に行います。」
バッと、皆がルイス先生の方へ並んだ。私達も、こそっとルイス先生の所へ並ぶ。ルイス先生はそれを見て、肩をすくめた。
「……笑ってないで早く何とかしてください」
ロイ先生がルイス先生に言う。「偉そうに!」と、近くの女子が、文句を言っている。
「えー後ろの人は、ロイ先生の所へ行ってくれますか?」
「引っ張られたくなかったら早く来い」
運が悪いことに、私達は後ろの方だった。
「ルウラ……行くよ」
「はーい……」
アナベルに腕を引っ張られ、覚悟をしてスゴスゴと並ぶのだった。
ついに儀式が始まった。一番前の生徒が呪文を唱える。
「原初の契約を継ぎし名、アスティーヌの名において命ずる。我が手の下に集え、精霊よ─」
その呪文を聞いて、私はハッとした。
初代精霊使い、アスティーヌ。
大昔、自ら精霊を呼び寄せて名を交わし、その力を従えた唯一の魔法使い。
精霊は、魔法使いと直接契約することは絶対にないと聞いたことがある。
だから代わりに、最初に精霊と交渉・契約を成立させた、アスティーヌの名を借りて召喚しているのね。
気付けたことに頬を緩ませていると、アナベルが私の肩をチョンチョンとつついた。
「ルウラ。エマ・クリーンの番みたいだよ」
私は顔を出して、ルイス先生の前に立つエマを見る。
エマは、魔法陣の中に立つと、呪文を唱えながら紙を蝋燭で焚べた。ピカっと魔法陣が光る。
「あっ」
現れたのは、白いうさぎだった。エマとお揃いのエメラルドグリーンの瞳が、何とも愛らしい。しかし、近くの人が「大したことないじゃん」と呟くのが聞こえた。
「何よ、あんなに可愛いのに」
「首席だから、どうしても注目されちゃうみたいだね……」
しかし順調に進んでいく中、突然皆が笑った。
「あ……」
ルイス先生の前で、イザベラが俯いている。その下には、小さな羽のついた一匹のひよこ。どうやらそれで笑われているらしい。
「何がおかしいの……」
「召喚出来るだけでもすごいのに」
アナベルもご立腹のよう。しかし、冷静は保っているようで、ムキー!と怒って今にも叫び出しそうな私をアナベルが押さえた。
「ルウラ、寒いから落ち着いて……」
「ご、ごめん」
感情が荒ぶって、冷気を発散させていたみたい。私は慌てて心を落ち着かせる。
そして、私の番になった。ロイ先生が顔をしかめる。
やっぱ覚えられてますよね……
紙を受け取って血をつけると、魔法陣の中に入る。
「原初の契約を継ぎし名、アスティーヌの名において命ずる」
私は第一句を唱え、刻印を蝋燭で焚べる。
「……我が手の下に集え、精霊よ─」
唱え終わると、魔法陣が見たことないほど光り輝き始めた。周りの人が息を呑むのが聞こえる。
え、これ不発ですか!?
次の瞬間、光はさらに強まり、私は眩しさに包まれた。




