episode38:縮まった距離
入学式の後、先生からこれからの学園生活の説明をされた。今日はこれから自由時間だけど、明日には授業が始まる。
毎朝8時には教室に集まること、そして明日は精霊召喚の授業があること。先生はそう言って、最後に「今日はゆっくり休めよ」と付け加えた。
説明が終わり、解散の指示が出された。人の流れに沿って、大聖堂を出る。
「すごいね。ルウラ、次席だったのかぁ」
「私もびっくりしたわ」
「ルウラ、特待生になれそうだね」
部屋へと戻る道を歩きながら、うきうきした様子でアナベルが言う。
「え、何それ」
特待生という言葉を出されて、私はキョトンとした。
「あれ、特待生目指してるんじゃないの?」
「え?」
「ん?」
「……特待生っていうのは」
お互いに首を傾げる私たちに痺れを切らしたのか、横にいたイザベラが口を開いた。
「成績が良かったら、王家関係の仕事につける切符を掴めるのよ」
イザベラは、ピッと指を立てた。
「例えば、騎士とかメイド、後は料理人もそうらしいわ」
「それよー!!!」
私は思わず叫んで、イザベラの手を取る。ギョッとして、イザベラが身を引いた。
「ちょ、ちょっとイザベラ!詳しい話聞かせて?」
「それはいいですけど……」
イザベラの声が小さくなっていく。私はイザベラの視線を辿って、恐る恐る振り返った。
「ヒイッ!」
後ろに、さっき睨まれた男の教師が立っていた。鋭い視線で、私を見下ろしている。
「あの……何か用でしょうか」
空気が凍った。何か、しくじったよう。
「黙って部屋に戻れ!!」
イザベラは、「すみません!」と頭を下げると、私とアナベルの首根っこを掴んで撤退した。
「バカじゃないの?あの場面であんなこと言うなんて」
部屋に戻ったあと、イザベラに小言を言われる。
「……おっしゃる通りです」
「あたしにもとばっちりが来るので、勘弁して貰えます?」
「まあまあ、ほら紅茶飲む?」
アナベルが雰囲気を明るくしようと提案するが、イザベラの鋭い視線に射抜かれた。
「さっき飲んだでしょう」
「……おっしゃる通りです」
なぜかアナベルも、ズーンとなっている。
そんな時、部屋のチャイムが鳴った。
返事をしてドアを開けると、先輩だろうか。大量のプリントを手に抱えた、背の高い女性が立っていた。
「こんにちは。寮長のメイヴンです。」
「こ、こんにちは」
緊張しながら挨拶を返すと、メイヴンさんはプリントを差し出してきた。
「こちらに寮でのルールを書いているので、必ず目を通しておいてください。」
「では」と言うと、メイヴンさんは去っていった。
プリントを見てみると、文字がびっしりで驚いた。
「うわ、大変そう……」
ざっと目を通すと、朝食や生活のルールなどが記載されていた。
「これ守らなかったらどうなるのかな」
「ううっ、ルール全部頭に入るかなぁ」
二人であせあせしていると、イザベラが私の手からプリントを奪い取った。少し目を走らせ、すぐに突き返される。
「……あたし学友とご飯食べてきますので」
そう言ってイザベラは部屋を出ていく。その後ろ姿に、私は慌てて声を掛ける。
「えっ、イザベラ。特待生のこと教えてくれないの?」
「アナベル・フリッツに聞いたらいいのでは?」
パタンと、ドアが閉まる音が聞こえた。
うーん、初日じゃやっぱり上手くいかないよね……。
私はそう思いながら、アナベルに向き合う。
「ということで、アナベル教えてくれる?」
「了解」
アナベルは、ポスッとソファに腰掛ける。
「まず、条件すら満たせば、誰でもいつでも特待生になることができるの。その条件が三つあって、一つ目が全教科全てA判定を取ること」
「全部?」
「全部」
最初から難題がきたわね……。
「二つ目が、校長先生から推薦を受けること」
ダリ校長先生ね。ふむふむ。
「三つ目が、課外授業諸々でゲットできるバッジを集めることだね」
「バッジか……」
「ちなみに何個集めればいいかは、毎年授業の難易度によって数が変わるらしいから、そこは先生に聞いた方がいいよ」
なるほど……
「まあ、特待生の説明は、先生がしてくれると思うから知らなくても大丈夫!」
「そうよね、ありがとうアナベル」
私が教えてもらったことを心の中で繰り返していると、アナベルが私の顔を覗き込んだ。
「ちなみにルウラは、特待生になって何がしたいの?」
「えっ……」
私は戸惑う。高望みしてるとか思われないかな。
そんな私を見て慌ててアナベルが言う。
「ごめんね!言いたくなかったら言わなくていいよ」
「えっと……私、護衛目指してるの」
「護衛っ!?」
アナベルが驚いて大きな声を上げた。私は、「しぃっ!」と唇に指を当てる。
「まだ秘密よ」
「はーい。でもルウラならなれると思う!」
アナベルが、私の背中をポンッと叩いてくれる。
「ありがとう」
さっきの先生に、目をつけられたような気もするが……。あぁ、もう不安だわ……。
「じゃあ……ということで」
アナベルが、勢いよくソファから立ち上がった。
「一緒に、昼ご飯食べに行きませんか!」
「ご飯!行きます!」
私もソファから立ち上がる。
……何食べようかな!
ご飯のことで頭がいっぱいになり、不安が一気に消え失せた。
売店に行くことになり、学園案内図を見ながら向かう。ちなみに、入学時に支給された学園通貨を使って買い物ができる。多めには支給されたが、計画的に使わないと後が怖い。しかし、身分に関係なく全員同じ金額なので、お金が理由で揉めることはなさそうだ。
「うわあ……」
売店に着いた瞬間、私たちは思わず立ち止まった。端から端まで店が立ち並び、多くの生徒で溢れかえっている。
「……すごいお店の数だねぇ」
アナベルが感嘆して言う。
「どれから行く?私、三年間でここ全部コンプリートしたいわ」
「確かに……」
ムフフと、二人で笑い合う。
「あっ、あれ美味しそう!」
「どれ!」
「こっちも美味しそう!」
「ルウラ、あっち行ってみようよ!」
あちこち歩き回り、結局ご飯を食べることができたのは15分後だった。
「いただきます!」
私は、チーズが入った焼きパンを頬張る。口に入れた瞬間、チーズがトロリととろけた。
「めちゃくちゃおいひい……」
向かい側では、アナベルが甘辛ソースがかかった串焼きを頬張っている。
「はぁ、幸せ……」
期待はしていたけど、こんなに美味しいとは!!
「アナベル、明日も食べに来ようね」
「うん!!」
食べ終わるとお腹がいっぱいになっていて、惜しみながらも売店を後にした。
夜ご飯まではまだ時間があったので、学園内を探索して過ごす。
アナベルとは、入学初日とは思えないほど自然に話せるようになっていて、あっという間に時間が過ぎ去った。
「ただいまー」
夕方になって部屋へ戻ると、部屋の中からいい匂いが漂ってきた。
「……え?」
覗いてみると、イザベラがキッチンに立っていた。
「材料を買ってきたので。簡単なものですが」
そう言って差し出された夜ご飯に、私とアナベルは顔を見合わせる。
「すご……!」
「イザベラ、ありがとう!」
思わず声を揃えると、イザベラは少しだけ視線を逸らした。
団欒スペースで、三人で食卓を囲む。
「おいしー!」
「おいしいねぇ!」
アナベルと二人で言い合っていると、イザベラがチラリとこちらを見た。
「明日の晩ご飯は、頼みますわね」
「毎日これ食べたいなぁ」
「黙らっしゃい」
その夜食べたご飯は、昼とはまた違う、落ち着いた美味しさだった。
明日から、いよいよ授業が始まる。不安もあるが、今日の一日を振り返ってみると、なんとかやっていけそうな気がした。




