episode33:温もりに包まれて
「ここが……」
「おう、やっと着いたな」
ケイペルの首都に着き、30分ほど歩いてようやく目的地に辿り着いた。目の前には、一軒の赤い屋根の家が建っている。
「じゃあ、行きますか」
チャイムに手を伸ばそうとすると、アルゼ様に腕を掴まれた。
「ちょっと待て」
「……なんですか」
「なんて言うか、まだ考えてない!」
そう言われて呆れてしまう。
「ここまで来たんだから、腹くくってくださいよ」
「腹はくくれないぞ」
「意味分かるでしょ」
「すまん、三分!三分考える時間をくれ」
「三分も待てません!私はイアンさんに早く会いたいんです」
言い合いをしていると─
「あれ、うちになにか御用ですか?」
後ろから声が掛かった。振り向くと、バスケットを持った美しい女性が立っていた。
「どうぞー」
「お邪魔します」
イアンさんに会いにきたと伝えると、彼女は快く中に入れてくれた。
彼女はイアンさんの娘さんのようで、名前をサントレアと名乗ってくれた。
「私はルウラと言います。こちらは……」
「あの……アルゼと申します」
すると、サントレアさんはニコッと笑った。
「あなた達がそうなのね!」
ん?そうとは……?
「よく母からお話聞いてました。母はこちらです」
部屋に案内してもらう。
部屋に入ると、イアンさんが椅子に座って本を読んでいた。
「お母さん、お客様よ」
「ん?誰だい?」
イアンさんは、こちらに視線を送る。すると、私たちに気付き、驚いたような表情をした。
「ルウラちゃんとアルゼじゃないか!」
「お久しぶりです!」
「お久しぶりです……」
「久しぶりだねぇ!」
「あの、イアンさん」
再会の感動より、怪我の心配が先に来て尋ねる。
「お怪我は大丈夫ですか……?」
見た感じでは、足を固定してはいないけど……
すると、イアンさんは足に視線を向けた。
「あぁ、心配かけてごめんね。完治はまだだけど、もう歩けるよ」
「よかった……」
私はホッと息をつく。
「それでこんな遠いところまで来て、どしたんだい?」
「イアンさんにご報告があるんですけど……それより先にアルゼ様がお話したいことがあるそうなので」
後ろに立っているアルゼ様を、前に押し出す。
「い、いや俺様は……!」
「アルゼが?なんだい?」
なかなか前に出ないアルゼ様の背中を叩き、喝を入れると、私とサントレアさんは空気を読んで部屋を出た。
「上手く話せるんですかね……」
心配そうな私を見て、サントレアさんはぷっと吹き出した。
「ルウラちゃん、アルゼさんのお母さんみたいね」
「え……そう見えます?」
「ええ」
ニコニコと微笑んでいるサントレアさん。
……確かに、最近お母さんじみてきたんだよなぁ。
「二人の話が終わるまで、紅茶飲んで待ってましょ!」
私は手を引かれ、紅茶を頂くことになった。
「召し上がれ」
「ありがとうございます!」
サントレアさんが用意してくれた紅茶と、お菓子の前に座る。香ばしい紅茶の香りが部屋中に広がった。
「そういえば、ルウラちゃんって何歳なの?」
「15歳です」
「わあ、若いわねぇ」
フワリと笑うサントレアさん。
「15歳なのにしっかりしてるのね。私その頃、外で走り回ってたわよ」
「走り回る……?」
大人っぽくて上品なサントレアさんが、外を走り回る想像ができない……
「サントレアさんって大人っぽいですよね」
「そう……なのかな?」
自覚がないようでサントレアさんは、首を傾げる。
「私も大人っぽい女性になりたいなぁ……」
つい本音が漏れ出てしまう。すると、サントレアさんはクスッと笑った。
「可愛くいられるのは今のうちよ?」
「でも、早く大人になりたいんです」
「そうよねぇ。私もそう思ってたな」
「ですよね!アルゼ様に言ったらバカにされるんですけどね」
たわいもない話をしながら、私は紅茶を口に運ぶ。
初対面なのにも関わらず、話が盛り上がった。
数十分後、部屋のドアが開いて、イアンさんとアルゼ様が顔を出す。
「待たせたねぇ!」
なにやら嬉しそうなイアンさんと、照れて顔を赤くしているアルゼ様。
この様子から、ちゃんと話せたんだなと安心する。
「お母さんとアルゼさん。今紅茶入れるから座ってて!」
「助かるよ」
「……ありがとうございます」
サントレアさんがキッチンに立ち、二人が椅子に座る。
「そういえば、ルウラちゃん。なにか報告があるって言ってたね」
「あ、そうなんです!」
私は紅茶の入ったカップを置いて息をつくと、口を開いた。
「私、ヴェルディア学園に無事合格しました!」
「すごいじゃないか!!」
「すごい!!ルウラちゃん、おめでとう!!」
すぐにイアンさんと、サントレアさんが祝ってくれた。そしてサントレアさんが、出かける支度をし出す。
「お母さん、私ケーキ買ってくるよ!」
「お願いしてもいいかい?」
「ええ!」
困った。ケーキを用意してもらう展開になってきてるぞ。
「あの、アルゼ様にたらふく食べさせてもらったのでお構いなく……」
「じゃあ、夜ご飯はご馳走ね!」
「よっしゃ!」
はしゃいでいる二人を横目に、私はアルゼ様に耳打ちする。
「え、アルゼ様。これって今日泊まる感じですか……?」
「帰るつもりだが……」
「ですよね」
ヴェルディア学園の入学式まであと四日。そしてすぐに寮生活が始まる。準備もあまりできていないので、泊まってしまうとギリギリになってしまう。
「申し訳ないんですけど、今日帰ります……」
「え……?」
「泊まるんじゃないのかい?」
「……入学式が四日後にありましてですね」
二人が寂しそうな顔で、こちらを見てくる。
「まあ、仕方ないよね。わざわざ来てくれてありがとうね」
「いえ、私が会いたかったので!」
「嬉しいねぇ。それにルウラちゃん。アルゼに喝を入れてくれて助かったよ」
ニコニコしながら、アルゼ様を見つめるイアンさん。「こっち見るんじゃねえよ……」と、アルゼ様は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「夜ご飯は、軽くでもいいから食べて行きな!」
そこは甘えて、頂くことにした。
「……ごちそうさまでした」
軽くとか言ってたのに、豪華なディナーを頂いてしまった。
膨れたお腹をさすりながら、私は申し訳なくなる。
「ええっ、もう終わりかい?まだおかわりあるよ?」
「いえっ!もうお腹がはち切れそうなので!」
「チビは大げさだなぁ」
そう言って、ご飯をもう一杯おかわりしているアルゼ様。
……胃袋どうなってんだ。
私は息を吸う余裕もないほど膨らんだお腹を抑えて、フウと息をつく。
ごはんを食べ終わると、帰る支度を始めた。
「今日は、夜ご飯までありがとうございました!」
「お礼言うのは、こちらだよ。会いに来てくれた上に、久しぶりに賑やかで嬉しかったよ。」
またしばらく会えなくなるのか……。
私は寂しくなって、胸がジーンとしてしまう。
「しばらくは王都に戻らないから、また時間がある時に遊びに来てほしいな!」
「もちろんです!」
「あーまた来るわ」
「気をつけて帰るんだよー!」
それから私たちは、何度も頭を下げて家を後にした。
夜の首都は静かで、昼間より少し冷たい風が頬を撫でる。
「……楽しかったな」
「そうですね。あっという間でした」
「……チビ」
「なんですか?」
「……そのぉ」
なにか言いたげなアルゼ様。
「背中押してくれて助かった。チビがいなかったら、ちゃんとイアンと話せてなかったと思う……」
アルゼ様は、俯いてモゴモゴと話す。
なかなかこんな光景は見られないだろう。
私は微笑みながら、そんなアルゼ様を見つめる。
「えと、その……あ、ありがとう……」
「んふふ、いいんですよ」
「んもう、こっち見んなよぉ……」
「ここまで照れてるアルゼ様は、レアですからね」
ヴェルディア学園の入学式まで、あと四日。
私たちは温もりを胸に、再び帰路についた。




