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アイディールに捧ぐ物語  作者: 朝霧唯凪
第二章:紡がれる願い
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episode32:知らせを胸に

アルゼ様の家に着き、早く伝えたい一心で思いっきりドアを開ける。


「アルゼ様ー!!」


……あれ?


飛び出してくるかと思ったけど、姿が見えない。


「アルゼ様、帰りましたよー」


靴を脱いで上がると、


「チビ、おめでとー!!」


急にクラッカーを鳴らされた。部屋には飾り付けがしてあり、テーブルの上には明らかに私のために準備されたホールケーキが置いてある。


「……落ちてたらどうするつもりだったんですか?」

「証拠消すために、この部屋爆破する気だった」

「バクハ……」


この人何言ってんだという顔で、アルゼ様を見る。


「え、合格したんだよな?」

「合格しましたけど」


感動的な雰囲気になるかと思ったけど、予想とは違う合格報告になってしまった。


「いやぁ、よく頑張ったなぁ……」


少し涙目になっているアルゼ様。つられて私も涙目になる。


「ほんとに一年間お世話になりました」

「なあに言ってんだ。頑張ったのはチビだろうがよ。ちなみに何組だった?」


そう聞かれて、私はゴソゴソと封筒から書類を取り出す。


「A組らしいですね」


すると、アルゼ様はニヤッと笑う。


「A組は一番上のクラスだ」

「え、そうなんですか」


それは知らなかった。


「さすが俺様の弟子だな……」


そう言いながら、なにかモジモジしてるアルゼ様。


「何モジモジしてるんですか」

「いや、嬉しすぎてギューってしたいけど、セクハラにならないか心配で……」

「なるわけないじゃないですか」


私は呆れると、アルゼ様をギュッとした。アルゼ様はホッとして、ポンポンと頭を撫でてくれる。やっと感動的な展開になると思われたが……


ゴゴゴ……


アルゼ様の背後から、やばいぐらいの殺気を感じ始めた。


「ア、アルゼ様!背後から殺気が!!」

「やべ!シェルフィーネだ!」


私は慌てて体を離す。


……危ない、殺されるところだった。


アルゼ様から距離をとると、ようやく殺気が消える。


「ったく、シェルフィーネのやつ……」


アルゼ様が困ったように頭をガシガシかく。そんな時、グーと私のお腹が鳴り響いた。


あぁ、私の素直なお腹が……


恥ずかしがる私を見て、フッとアルゼ様が笑う。


「腹減ったよな。ケーキ食うか」

「いやいや、先に昼ご飯です」


ケーキを食べる準備をしているが、さすがに昼ご飯が先だ。そこは突っ込ませてもらった。


昼ご飯を食べ、少しして冷蔵庫に入れておいたケーキを食べる。

一番最初にいちごを食べるアルゼ様を見て、そこから食べるんだーと思っていると、


「そういえば、もうイアンとこ行けるんだよな。」


アルゼ様が口を開いて、尋ねてきた。


「ええ。無事合格したんで、安心して行けます。」

「あいつ喜ぶよ。伝えてやってくれ」

「アルゼ様は行かないんですか?」


言い方が気になって疑問を抱く。

行く、と言うかと思ったけど、アルゼ様は「うーん」と何やら唸った。


「え?行きますよね?」

「いやぁ、俺様が家出してからずっと気まずいままなんだよなぁ。」


何年前の話なんだ……!


「私が初めてここに来た時、仲良しだったじゃないですか」

「外からはそう見えるけど、本当はそうじゃないんだよ」


アルゼ様は腕組みをする。


「……明日の気分で決めるわ」

「気分って……」


それ絶対行かないやつでしょ……


と思ったけど、口に出すのは控えておく。


「とりあえず明日行く予定にするから、準備はしておいてな」

「了解です」


ケイペルへ行くには二日はかかる。

私は部屋に戻ると、この前買ってもらった大きめのカバンを取り出した。


次の日。鍛錬はなかったが、結局六時に起きてしまう。二度寝をしようとしても目が冴えて眠れない。仕方なく体を起こした。

下に降りて庭に顔を出すと、まだアルゼ様はいなかった。しかし─


「ん?」


ツリーハウスがたつ木の枝に、影があることに気付いて目をこらす。


「アルゼ様!?」


どうやらアルゼ様が木の枝に座っているようだ。私は靴を履いて木の下へと向かう。


「……何してるんですか、アルゼ様」


近くまで来ると、足を組んで瞑想していることが分かった。私の声を聞いて、アルゼ様はゆっくりと目を開けた。


「見て分かんねえ?」

「分かるわけないです」

 

即答すると、小さくため息をつかれた。


「頭の整理だよ」

「地面でやってくださいよ。危ないなぁ」


そう言った瞬間、アルゼ様の体が傾いた。そのまま上から落ちてくる。


「ちょっ!!」


慌てて立ち退くと、アルゼ様は、坐禅を組んだまま浮遊魔法で一瞬浮き、ポスッと地面に降りた。


「仙人みたいですね……」


つい本音が漏れ出る。


「それで、今日の気分はどうですか?」

「ううん……」

「まだ決まってないんですか?」

「うう……」


なぜか眉をひそめて、苦しげな声を上げるアルゼ様。


「言いたいことあるなら言ってください」

「……チビ」

「はい?」


アルゼ様は、私の服をガシッと掴んだ。


「……足痺れて動けない」


……なんだこの人。


私は何も言えず、呆れるしかなかった。 

しばらく介抱していると、アルゼ様がぽつりと呟く。


「イアンに、何て言えばいいんだろうな」

「んー、まずですね」


私は気になっていたことを尋ねる。


「家出から王都に帰ってきて、イアンさんの家に戻らなかったんですか?」

「……帰ってきてたことも言ってなかった」

「マジですか……」

「二年後に帰ってきてることバレたけど、どう謝罪を切り出せばいいか分かんなくてさぁ」


二年後……。よく気付かれなかったな。


眉を八の字にして言うアルゼ様。私は話をうんうんと、相槌を打ちながら聞いてあげる。


「しかも俺様こんなヤツだから、誠意のある謝り方も分かんなくてさぁ」


泣きべそをかきはじめるアルゼ様が、なんだか憐れに思えてきた。  


「アルゼ様、でもですね。イアンさんはアルゼ様のこと話す時、幸せそうに話してましたよ」

「……ほんと?」

「ええ。一緒に住んでいなくても、王都に戻ってきてくれたのが嬉しかったんでしょうね」

「うう……」


アルゼ様はゴシゴシと目を拭う。


……なんで、成人男性を慰めてんだろ。


そう思い出すと、急に気持ちが冷めてしまった。


「とりあえず、イアンさんのとこ行って、今言った気持ちを伝えるべきです。」

「……そうだよな」

「ほら、朝ご飯食べますよ。立てますか?」

「うん……ありがとう」


アルゼ様の手を引っ張って立たせる。こうして、ようやく一日が始まった。


「おし!馬車での長旅になるが、行くか!」


朝ご飯を食べ終え、無事に元気を取り戻したアルゼ様が荷物を掲げる。


「チビ。しばらく戻って来れんが、忘れ物はないか?」

「……あぁ!アルゼ様、財布忘れてます!」

「やべ」


自分が忘れ物してどうするんだ!


ドタバタしたものの、馬車に乗り、八時には王都を出発することができた。

イアンさんのところまでは二日かかる道のりだが、幸い馬車を乗り継いでいくので、体力を気にせず進めそうだった。


「久しぶりに王都の外に出るなぁ……」

「ずっと出れなかったからな」


城門を抜け、馬車に揺られながら街並みや遠くの山々を眺める。

道中は順調で、時折馬車の停車で軽く休憩を挟みつつ、二日目の夕方、ようやく目的地であるケイペルに到着した。


やっとイアンさんに会える……!


王都とは違う街並みを見ながら、胸の奥にしまったままの知らせを、私はそっと確かめるように息を吸った。

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