episode32:知らせを胸に
アルゼ様の家に着き、早く伝えたい一心で思いっきりドアを開ける。
「アルゼ様ー!!」
……あれ?
飛び出してくるかと思ったけど、姿が見えない。
「アルゼ様、帰りましたよー」
靴を脱いで上がると、
「チビ、おめでとー!!」
急にクラッカーを鳴らされた。部屋には飾り付けがしてあり、テーブルの上には明らかに私のために準備されたホールケーキが置いてある。
「……落ちてたらどうするつもりだったんですか?」
「証拠消すために、この部屋爆破する気だった」
「バクハ……」
この人何言ってんだという顔で、アルゼ様を見る。
「え、合格したんだよな?」
「合格しましたけど」
感動的な雰囲気になるかと思ったけど、予想とは違う合格報告になってしまった。
「いやぁ、よく頑張ったなぁ……」
少し涙目になっているアルゼ様。つられて私も涙目になる。
「ほんとに一年間お世話になりました」
「なあに言ってんだ。頑張ったのはチビだろうがよ。ちなみに何組だった?」
そう聞かれて、私はゴソゴソと封筒から書類を取り出す。
「A組らしいですね」
すると、アルゼ様はニヤッと笑う。
「A組は一番上のクラスだ」
「え、そうなんですか」
それは知らなかった。
「さすが俺様の弟子だな……」
そう言いながら、なにかモジモジしてるアルゼ様。
「何モジモジしてるんですか」
「いや、嬉しすぎてギューってしたいけど、セクハラにならないか心配で……」
「なるわけないじゃないですか」
私は呆れると、アルゼ様をギュッとした。アルゼ様はホッとして、ポンポンと頭を撫でてくれる。やっと感動的な展開になると思われたが……
ゴゴゴ……
アルゼ様の背後から、やばいぐらいの殺気を感じ始めた。
「ア、アルゼ様!背後から殺気が!!」
「やべ!シェルフィーネだ!」
私は慌てて体を離す。
……危ない、殺されるところだった。
アルゼ様から距離をとると、ようやく殺気が消える。
「ったく、シェルフィーネのやつ……」
アルゼ様が困ったように頭をガシガシかく。そんな時、グーと私のお腹が鳴り響いた。
あぁ、私の素直なお腹が……
恥ずかしがる私を見て、フッとアルゼ様が笑う。
「腹減ったよな。ケーキ食うか」
「いやいや、先に昼ご飯です」
ケーキを食べる準備をしているが、さすがに昼ご飯が先だ。そこは突っ込ませてもらった。
昼ご飯を食べ、少しして冷蔵庫に入れておいたケーキを食べる。
一番最初にいちごを食べるアルゼ様を見て、そこから食べるんだーと思っていると、
「そういえば、もうイアンとこ行けるんだよな。」
アルゼ様が口を開いて、尋ねてきた。
「ええ。無事合格したんで、安心して行けます。」
「あいつ喜ぶよ。伝えてやってくれ」
「アルゼ様は行かないんですか?」
言い方が気になって疑問を抱く。
行く、と言うかと思ったけど、アルゼ様は「うーん」と何やら唸った。
「え?行きますよね?」
「いやぁ、俺様が家出してからずっと気まずいままなんだよなぁ。」
何年前の話なんだ……!
「私が初めてここに来た時、仲良しだったじゃないですか」
「外からはそう見えるけど、本当はそうじゃないんだよ」
アルゼ様は腕組みをする。
「……明日の気分で決めるわ」
「気分って……」
それ絶対行かないやつでしょ……
と思ったけど、口に出すのは控えておく。
「とりあえず明日行く予定にするから、準備はしておいてな」
「了解です」
ケイペルへ行くには二日はかかる。
私は部屋に戻ると、この前買ってもらった大きめのカバンを取り出した。
次の日。鍛錬はなかったが、結局六時に起きてしまう。二度寝をしようとしても目が冴えて眠れない。仕方なく体を起こした。
下に降りて庭に顔を出すと、まだアルゼ様はいなかった。しかし─
「ん?」
ツリーハウスがたつ木の枝に、影があることに気付いて目をこらす。
「アルゼ様!?」
どうやらアルゼ様が木の枝に座っているようだ。私は靴を履いて木の下へと向かう。
「……何してるんですか、アルゼ様」
近くまで来ると、足を組んで瞑想していることが分かった。私の声を聞いて、アルゼ様はゆっくりと目を開けた。
「見て分かんねえ?」
「分かるわけないです」
即答すると、小さくため息をつかれた。
「頭の整理だよ」
「地面でやってくださいよ。危ないなぁ」
そう言った瞬間、アルゼ様の体が傾いた。そのまま上から落ちてくる。
「ちょっ!!」
慌てて立ち退くと、アルゼ様は、坐禅を組んだまま浮遊魔法で一瞬浮き、ポスッと地面に降りた。
「仙人みたいですね……」
つい本音が漏れ出る。
「それで、今日の気分はどうですか?」
「ううん……」
「まだ決まってないんですか?」
「うう……」
なぜか眉をひそめて、苦しげな声を上げるアルゼ様。
「言いたいことあるなら言ってください」
「……チビ」
「はい?」
アルゼ様は、私の服をガシッと掴んだ。
「……足痺れて動けない」
……なんだこの人。
私は何も言えず、呆れるしかなかった。
しばらく介抱していると、アルゼ様がぽつりと呟く。
「イアンに、何て言えばいいんだろうな」
「んー、まずですね」
私は気になっていたことを尋ねる。
「家出から王都に帰ってきて、イアンさんの家に戻らなかったんですか?」
「……帰ってきてたことも言ってなかった」
「マジですか……」
「二年後に帰ってきてることバレたけど、どう謝罪を切り出せばいいか分かんなくてさぁ」
二年後……。よく気付かれなかったな。
眉を八の字にして言うアルゼ様。私は話をうんうんと、相槌を打ちながら聞いてあげる。
「しかも俺様こんなヤツだから、誠意のある謝り方も分かんなくてさぁ」
泣きべそをかきはじめるアルゼ様が、なんだか憐れに思えてきた。
「アルゼ様、でもですね。イアンさんはアルゼ様のこと話す時、幸せそうに話してましたよ」
「……ほんと?」
「ええ。一緒に住んでいなくても、王都に戻ってきてくれたのが嬉しかったんでしょうね」
「うう……」
アルゼ様はゴシゴシと目を拭う。
……なんで、成人男性を慰めてんだろ。
そう思い出すと、急に気持ちが冷めてしまった。
「とりあえず、イアンさんのとこ行って、今言った気持ちを伝えるべきです。」
「……そうだよな」
「ほら、朝ご飯食べますよ。立てますか?」
「うん……ありがとう」
アルゼ様の手を引っ張って立たせる。こうして、ようやく一日が始まった。
「おし!馬車での長旅になるが、行くか!」
朝ご飯を食べ終え、無事に元気を取り戻したアルゼ様が荷物を掲げる。
「チビ。しばらく戻って来れんが、忘れ物はないか?」
「……あぁ!アルゼ様、財布忘れてます!」
「やべ」
自分が忘れ物してどうするんだ!
ドタバタしたものの、馬車に乗り、八時には王都を出発することができた。
イアンさんのところまでは二日かかる道のりだが、幸い馬車を乗り継いでいくので、体力を気にせず進めそうだった。
「久しぶりに王都の外に出るなぁ……」
「ずっと出れなかったからな」
城門を抜け、馬車に揺られながら街並みや遠くの山々を眺める。
道中は順調で、時折馬車の停車で軽く休憩を挟みつつ、二日目の夕方、ようやく目的地であるケイペルに到着した。
やっとイアンさんに会える……!
王都とは違う街並みを見ながら、胸の奥にしまったままの知らせを、私はそっと確かめるように息を吸った。




